4限目:⁠終業式でさえも、お兄ちゃんがいっぱい!?

 あれから。

 平穏なのか、ドタバタなのか、毎日が目まぐるしい勢いで駆け抜けていったけれど、あっという間に今年度も、あとわずか。来週は終業式だ。

 そんな中で、私はある夜の日に急に大旦那様から呼び出しを受けた。大旦那様の書斎を訪れるなんて、いつぶりだろう。そもそも、顔を合わせて話すことすら数ヶ月ぶりのような気がする。


 ――でも、きっといい話ではない。この予感は、当たる。


 昔から、私は不思議と『先を読む』ことが無意識に出来ていた。何故か、先への“光”が見えるのだ。その不思議な特技を生かそうと、大旦那様は私を囲碁や将棋といったプロの世界へ導こうとした。

 しかし、ダメだった。私は、あの世界には入れない。周囲は、対局一つ一つに人生のすべてをかけるかのように神経を尖らせ、死にものぐるいで練習を繰り返す。そして、相手に負けるとすべてが崩れ去ったかと思うほどの涙を流す。でも、私は何もしなくても“見えてしまう”。何もせずとも、勝ててしまうのだ。そんな自分が、あんな魂をぶつけ合う世界に馴染めるわけでも、情熱をそそげるわけでもなく、いたたまれない思いで逃げ出してしまったのだった。そんな私を見て、大旦那様はたいそう呆れ、以後、関心を向けることはなくなった。

 そんな昔のことを思い出しながら歩いていると、大旦那様の書斎のドアが見えてきた。深く、ゆっくりと深呼吸をして扉を軽く叩く。


 ――コンコンコン。


「入れ」

「……失礼します」


 何度来ても、緊張する。恐る恐る入室すると、木製のロッキングチェアに体を預けていた大旦那様がギロリとこちらへ顔を向けた。前置きもなく、おそらくあの話をいきなり出されるのだろう。


「手短に聞く。お前は、囲碁や将棋のようなプロの世界を目指すことはないのだな?」


 ――やっぱり。私の不甲斐ない状況を見て、大旦那様はいよいよリミットをかけようとしている。


「王番地家は、代々優れた者だけがその名跡を名乗ることができる。つまり、凡庸なままでは、我が一族の者として値しない」

「……はい。存じております」

「その上で、もう一度だけ聞く。お前はその独特な個性を、王番地家のために使う気はないのだな?」

「……私には無理です。私は、何もできません」

「……わかった。それでは、お前は義務教育が終わった段階で、我が王番地家の養子縁組を解消とする」


 有無を言わさぬその命令は、私のまぶたの裏から大粒の涙を溢れさせようとする。

 予想はしていた。でも、私は…………




「やっぱ、何もわかってねーな。アンタ」


 ダンッ!!

 部屋中の空気を切り裂くような鋭い声。と同時に、重厚な書斎の扉が瞬く間に蹴破られ、見たこともないくらい赤く激昂した表情と、青く静かな、しかし身も震えるような表情を浮かべる九人のお兄ちゃんたちが、一斉になだれ込んできた。

「……騒々しい。お前たちは呼んでいない。出てけ」

 大旦那様は目の前に急に現れた光景に一瞬だけ怯んだ様子だったが、すぐにいつもの淡々とした口調で突き放した。しかし、お兄ちゃんたちは怯む気配もなく、立て続けに大旦那様へ思いをぶつけていった。

「ハッ、出ていくとも! 光と一緒になっ! オレたちも養子縁組を解消するからな!」

「お互いのために、“円満に”協議離縁といきましょうか。離縁調停や離縁訴訟なんて、一族の恥でしょ?」

「なっ!? 何を馬鹿なことを言っているのだ! 誰が、ここまでお前たちを育ててきたと思ってる!」

 お兄ちゃんたちのトンデモナイ主張に、流石の大旦那様もギョッと驚く反応を示す。しかし、お兄ちゃんたちの主張は止まらない。

「育てた、ねぇ……。金だけ出しただけでしょ?オレたち、誰もアンタに育ててもらったなんて思ってないし」

「そっそー。『親父』なんて名で呼んでるけど、アンタを父親だと思ったことなんて一度もねーよ。アンタを父親だと思っているのは、光ちゃんだけさ」

「――なっ!?」

「光だけですよ。光だけが、貴方を家族として見てくれているのです。知らなかったでしょ?」

「僕たちの存在意義は、光から生み出されたものだ。だから、光がいなくなるんだったら、自ずと僕たちも消える」

「ふざけるなっ!! お前たちは、この王番地家の後継者候補なのだぞ! それを――」

「そんなものに興味はない。大体、貴方もわかっているはずだ。後継者に一番相応しいのは誰なのか」

「うぐっ! しかし、其奴は結局のところ欠陥品……」

「先を読む力、バタフライ・エフェクトを感じ取れる者。我々凡人には持ち得ようもない、物凄い神秘の力。、もう一度よく考えられた方がよろしいですよ?それでは」


 そう言うと、お兄ちゃんたちは私を大事に、大事に抱え上げ、そのままお屋敷を後にしたのだった――。








「ええっ!? お兄ちゃんたち、一年間だけの臨時の先生じゃないの!?」

「誰が、そんなことを言った」

「特別免許状の有効期限は、10年間もあるんですよ」

「少なくとも、中学卒業までは光ちゃんとずーっと一緒だよ♡」

 あの日から、一週間。今日は今年度の最後の日、終業式だ。てっきり、お兄ちゃんたちの教員生活はこれで終わりだと思っていたのに、まだ続けるの!?

「あー、朝から晩まで光りんと肌身離さずの生活、最、高っ!」

「それ、日本語おかしくありません? 言いたいことはわかりますけど」

「ねーねー、光ちゃん。この春休みどこ遊びに行く? 何なら海外へ一緒に行こうよ!」

「豪華客船世界一周旅行なんてのは、どうだろうか」

「春休みだと日程が少なすぎませんか? 日本の学校も他の国のように、二ヶ月くらい休暇があっても良いと思うのですが」

「光とこれからもずーっと一緒にいられるなんて、オレたちは何て幸せなんだ!」



 ……うそでしょ? 春休みも、二年生になっても、これから先も、ずっとお兄ちゃんたちベッタリついてくる気!?

 冗談じゃないっ! 私は、恋も、部活も、勉強も、『お兄ちゃんたちから離れて』キラキラした学校を送りたいの!


 ……今度こそ、平穏な、普通の学校生活を送れるように、高校は寮付き女子校を目指す! 今決めたっ!


 溺愛生活、断固反対っ!!


 絶対に!!




                    (完)

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溺愛生活断固反対!!〜お兄ちゃんs'に愛され過ぎて困ってます〜 たや @taya0427

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