妹VSお兄ちゃんs'②
勝てない。
初めて、負けた。
将棋も、チェスも、オセロも。トランプなどのカードゲームすらも。ありとあらゆるテーブルゲームやカードゲームに挑戦しても、何一つ勝てない。そんなバカな……。世間一般から見ていわゆる『飛び抜けた才能』を持っている俺たちが、たかが遊びの部類に入るものに太刀打ちできないなんて。
――あの綿菓子のように、ふわふわと甘く柔らかな表情を浮かべた『妹』に。
親父、父と称しているあの王番地長道の元に、養子として妹が迎い入れられたのは今から五年前。俺たち九人兄弟はすでに成人し、国内どころか世界中を飛び回っていたから、“実家”に新たな養子が来ていることにすぐには気づかなかった。というか、興味もなかった。
そもそも、王番地長道が俺たち九人の兄弟を養子として引き取ったことが美談とされているようだが、実際は単なる飾り駒。後は、後継者育成ってとこか。王番地長道には実子がおらず、他の親族から後継を立てると思いきや、俺たち養子の中で一番秀でたものを跡継ぎとすると抜かしやがった。そのくせ、子どもの世話を自らする気はさらさらなし。なので、俺たち兄弟はこの王番地家に引き取られはしたが、すぐに英才教育や専門的な指導ができるアカデミーへ入れられたので、お互いのことをよく知らないまま十年以上が経過していた。兄弟といっても希薄な関係。お互いのことなど興味関心はなく、なんなら、この王番地家の跡目相続にもまったくの無頓着だ。王番地家の親族どもは、それぞれお気に入りの兄弟を引き込み後継者争いに有利な立場を取りたがっているようだが、自分たちには関係ない。王番地家に引き取られる前も、引き取られた後も、家族愛や無償の愛情というものにまったく触れる経験がなかったため、全員が非常に冷めた内面を抱えて過ごしてきたのだった。
――それが激変したのが、今から三年前。あの、世界中でパンデミックが起きた年だ。
仕事も公演も海外渡航も、どこにも行けない。たまたま全員が日本で過ごしていた時に、起こったあのとてつもない出来事。外出禁止令が出てからは何をするにもままならず、仕方なく“実家”に全員が顔を揃えると、見たこともない小さな三つ編みの女の子が、ちょこんと俺たちをお出迎えしてくれた。
『おかえりなさい、お兄ちゃん』
その一言で何人かは地面に崩れ落ちたが、全員が骨抜きにされたのはその日の夜の余暇活動でのことだった。小さい子の相手などしたこともなく、『お兄ちゃんと遊びたい』とせがまれても全員がオロオロしていたが、その場しのぎでトランプでも……という話になった。
すると、どうだろうか。小さい子相手に本気を出すわけにはいかないと手を抜いていたつもりだったが、何度やっても勝てない。終いには、全員が本気になって勝負を挑んだが、大惨敗。大の大人が、こんな小さな子に手のひらでくるくると踊らされているように感じられた。でも、その子は厭味ったらしい反応をすることなく、満面の笑顔で、にこにこと笑いかけてくる。
『とっても、楽しかった! ありがとう、お兄ちゃん』
――初めての感覚。
――負けたことへの高揚感。
――もっと、もっと。次へチャレンジしたい。
できて当たり前の俺たち。他者との競争で何一つ負けたことはない。だからだろうか。何を達成しても、特に内からこみ上げる感情など何一つなかった。それが、アッサリと。硬い殻が破られ、内々に秘めていた感情がドバっと溢れ出てしまう。もう、止められない。
『妹』と出会ってから、俺たちは初めて勝ちたい相手、目指したい目標を持つことができた。同時に、活力ある生活、“生きている”実感も持てた気がする。『妹』と出会ってから、日常的な会話も、くだらない兄弟喧嘩も、俺たち兄弟は普通の家族が体験することができた。あの子が、俺たちを繋いでくれる唯一の“光”。
だから、守るんだ。俺たちが。
大事な、大事な、『溺愛する妹』を――
「はい、詰み。終わりだよー」
「うえっ!? ウソだろッ!? 何手先まで読んでんだ!?」
「お兄ちゃん、わたし、もう、ねむいんだけどぉ……」
「も、もう一回っ! 泣きの一手! お願いしますっ!」
…………。今日も、俺たちは『妹』に勝てない。
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