3限目:⁠三者面談でも、お兄ちゃんがいっぱい!?

『      三者面談のお知らせ


 ○○の候、保護者の皆様には益々の御健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて、第一回の保護者面談(三者面談)の日程についてご案内します。

           記

 日時 ○月○日〜○月○日 午後一時〜午後四時三十分まで。

 下記の欄に、第三希望までご記入いただき、○月○日までに学級担任にご提出ください。なお、………                 』





 ……はぁ。配布された手紙を見て、何度も深いため息をつく。

 どうしよう。小学校の時はお兄ちゃん達が保護者代わりとして交代で来てくれたけど、今回は同じ学校の教師。とてもじゃないけれど、保護者面談に来てもらうことは出来ない。

 そうなると、あとお願いできるのは『父親代わり』となっている大旦那様だけ……。


 王番地 長道ながみち。六十八歳。


 王番地家は代々続くその地域の有力者であり、特に長道が当主となってからは製造業を中心に多種多様な分野にまで手広く事業を拡大させ、一大財閥にまで昇りつめていた。

 一族きっての切れ者。常に表情を変えず、冷徹に物事を対処していく王番地家当主が、周囲に何も相談せず急に養子を取ったのは、今から十五年前のこと。しかも、いきなり九人も。当時、かなりの大事になったらしいが、当の本人は『慈善事業の一環として、才能ある子どもに一流の教育を受けさせて最大限伸ばしてあげることに、何か問題でもあるのか』と動じず。そして、私は兄たちに遅れて今から五年前にこの王番地家に引き取られた。ちなみに、大旦那様だけではなく、私たち兄妹全員誰とも血は繋がっていない。赤の他人だ。

 でも、兄妹の中で私だけが異質だ。兄たちは多くの養子候補者の中から『才能ある子ども』として見出され、この王番地家に引き取られたと聞いている。しかし、私は違う。私だけは、何の取り柄もないだ。確かに、『少し変わった特技』は持っているが、今現在それが勉強や運動面に生かされているわけでもなく、何か人のために役立てられているわけでもない。兄たちとは違いあまりに平凡過ぎる私を見て、王番地家一族の人たちは疑念の声を上げていた。


『何故、こんな子が』


 ――それは、私が教えてほしい。

 兄たちと比較されるのは昔からのことだし、事実だからそのことに関して特に嫌な気分を持ったことはない。あるのは、自分に対する卑下の気持ちだ。兄たちとはまるで違う自分が、何故この家に引き取られたのか。周囲の人たちは、何かの手違いだろうと陰でヒソヒソ囁いていた。私もそう思う。いまだに大旦那様と会話をする時はほんの僅かな時間しか許されていないし、そもそも私だけ大旦那様を『父の名称』を使って呼ぶことは禁じられている。私だけ、距離を置かれているのだ。

 そんな状況だから、今回の三者面談の件を大旦那様に伝えることはできない。仕方なく、担任の小林先生には家の特殊な状況を説明し、私だけ二者面談に。面談で話した内容は、後で文面にして大旦那様へ郵送してもらうことにした。



 ……のはずだったのに。



「〜〜っ!? 何で!? 何で、またお兄ちゃんたちがここにいるのよっ!?」


 お兄ちゃんs'、全員参加。三者面談どころか、十一者面談になっている。ズラリと並んで座っているお兄ちゃんs'を見て、担任の小林先生も若干引き気味だ。


「せっかくの面談なのに、保護者が同席しないのはおかしいでしょう?」

「そっそー! 水くさいなぁ光ちゃん。愛する妹のためなら、いくらでも時間を割いてあげるのに」

「小学校の頃は順番制で参加していましたけれど、今は同じ学校にいますからね。全員で出席する方が効率も良いかと」

「余計な争いも起きないしな」

「我々は、みな平等。仲良く分け合う平和主義者だからな」

「大体、親父の奴がいつもあんな渋っ面の表情だから、光ちゃんが怖がっちゃうんだよなー。もっと笑顔で接すればいいのに。スマイル、スマイル!」

「笑顔……それはいささか気味が悪いですね」

「キモッ」

「俺たちが光りんを愛しているんだから、あんな奴どーだっていいだろ。さっ、小林先生。妹の普段の可愛い様子について教えてください!」

「は、はぁ……」


 九人いっぺんに話しかけられ、小林先生もたじたじの様子だ。これじゃあ、ろくに先生と話もできない。

「もーーーーッ! 煩いから出て行ってっ!」


 頭にきた私は、お兄ちゃんs'の背中を無理やり押して、教室の扉の外へ締め出そうとした。とっておきの常套句を使って。


「これ以上ここにいたら、明日から手作りのお弁当作り止めるからねっ!」

「「「帰りますっ!!」」」



 ガタガタと大きく椅子を引く音を立てながら、慌てて外へ飛び出す九人の兄s'。その光景を見て、小林先生はクスクスと笑い声を上げていた。


「普段はとてもクールに授業をこなしているのに、あなたの前ではお兄様たちも、たじたじなのね」

「はぁ……。ご迷惑をおかけします」

「いいのよ。私も、あなたの楽しそうな表情が見れて嬉しいわ。光さん、入学してから結構しかめっ面なことが多かったわよ?」

 小林先生は、そう言いながら持っていた一学期振り返りプリントを机の上に広げた。

「中間テストは少し残念な結果だったけど、他の小テストや課題プリントはコツコツ取り組めているから、そこが光さんの良いところね。班活動や委員会活動にも真面目に取り組んでくれているし。後は、もっといろんな場面で“自分“を出してもいいのよ?少し消極的なところがあるようだからね」

 流石は、担任の先生。生徒一人ひとりのことをよく見て、その内情も掴んでいる。

「そうですね……。自分でも、もっと積極的になりたいとは思っているんですが……」

「……お兄さんたちに遠慮してるとか?」

「いえっ! お兄ちゃん、兄たちは関係ないです。甘やかし過ぎなのはアレですけど、授業では他の子たちと分け隔てなく接してくれますし」

 そう。あんな兄たちだが、学校の中で周囲の目がある時は妹の立場も考えて、依怙贔屓えこひいきするといった行動は見せない。普通の距離感で関わってくれている。だから、私も今まで特に嫉妬じみた態度を取られることもなく、平穏な学校生活を送れている。……地味すぎて、周りから抜け落ちているだけの気もするが。

 でも、とにかく、消極的な行動は兄たちのせいではない。自分自身の問題なのだ。

「二学期からは自分の将来のこととか、少しずつ進路学習のようなこともやっていくし、自分で積極的にやりたいことが考えられるように、これからは少しずつ自分を出していきましょうね。じゃあ、今回の面談はこれで終わり。気をつけて帰ってね」

「……はい。ありがとうございました」


 私は小林先生に軽く頭を下げると、やや重い足取りで帰路へと向かって行った。


 やりたいこと。入学式の時は、いろんなことにチャレンジしたいと思っていたが、今は、何も思いつかない。でも、無理やりにでも捻り出さなきゃいけない。小林先生から『自分の将来のこと』と言われた瞬間、私にはそれは遠い未来の話ではなく、現実的な時間の流れを感じさせるものになっていた。







 だって、おそらく私は、中学卒業と同時に、この王番地家から出ていくことになるはずだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る