2限目:テスト勉強にも、お兄ちゃんがいっぱい!?
あの衝撃の日から、約一ヶ月。中学校生活にはようやく慣れてきたが、家でも学校でも毎日九人の兄たちと顔を合わせることは、未だに慣れない。いや、慣れたくないっ!
今は中間テストの直前なので、『質問期間』と称して放課後にそれぞれの教科の先生から勉強でわからないところをじっくり教えてもらえる貴重な期間となっている。篠花学園では各階ごとに教科エリアが設けられ、生徒たちはそれぞれの専門教科の教室へ移動して授業を受けるスタイルだ。なので、この『質問期間』の時は先生方も教務室ではなく、各教科エリアで待機して生徒たちの質問を受けることになっていた。勉強に不出来な私は、せっかくの機会なので、お兄ちゃんたち以外の先生からご教授願おうと試みた。
……しかし、結果は撃沈。行く階行く階、すべて『お兄ちゃん』だらけ。
「〜〜何で、お兄ちゃんたちしかいないのっ!? 私は他の先生から教えてもらいたかったのにっ!」
「愛する妹のために、じっくりテスト勉強に付き合うことは別に変なことではないはずだか?」
「そうそう。光りんに“個別指導”できるなんて、お兄ちゃん張り切っちゃうなー!」
「夕焼け色に染まった放課後に、残された教師と教え子。二人の時間は背徳に、しかし誰にも遮ることのできない濃密で甘美な……」
「ハイハーイ! ストーップッ! ここはR18指定でーす。光ちゃんとは健全なお付き合いを心がけましょー」
「ずるいなぁ。僕の担当教科は今回のテストに含まれていないから、光に手取り足取り教えられないじゃないですか」
「別に教科にこだわらなくても、オレたち大体の内容は教えられるからOKじゃね?さあ、光ちゃんっ!こっちにおいで♡」
「ちなみに、今回僕たちがこの『質問期間』を受け持ったのは、テスト作成に携わってしまったら光にあらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないことを防ぐためなんですよ? すべては光のためなのです」
「『テスト問題漏洩』なんてまったく持ってあり得ないが、我が愛する妹に変な噂を立てられてもよくないからな」
「というわけで、光の愛するお兄ちゃんがここにいることは全然問題ナシッ!」
「あるに決まってるでしょーっ! ってか、『光の』って何!?」
そもそも、どうして兄妹で同じ学校、しかも全員が教科担任になれたのか。兄たちから詳しく話を聞き出すと、それは昨今の教育現場とこの学園の状況が色濃く影響しているようだった。
ここ近年の教員不足。それは、この篠花学園も例外ではなく、去年は遂に年度途中で授業を受け持つ担当者が不足する事態になっていたそうだ。文武両道を掲げ、しかも特色ある
そんな時、この学園の卒業生であり、学園長の親族でもある王番地家当主から、こんな話が持ちかけられた。
『四月より、王番地家の末妹が篠花学園に入学するため、その守り役として一族の人間を教員として派遣したい。もちろん、末妹の学級を受け持ったとしても、評価評定は他生徒と同様、公平公正に行うことを約束する』
傍から見るとトンデモナイ話だったが、学園長の親族、しかもこの学園創立に深く関わっている一族からの話のため無下にはできない。よくよく話を聞いてみると、教員として九名もの人材を派遣し、担当教科も家庭科以外の科目を教えることが可能とのこと。全員教員免許は取得していなかったが、『優れた知識や技能、経験を持つ社会人』として能力的に不足はなく、特別免許状を取得できる条件を満たしているとのことだった。
確かに。『優れた知識や技能、経験を持つ社会人』であることは、妹の私が一番理解していた。
国語担当の霧お兄ちゃんは、最年少で世間で超有名な文学賞を受賞し、新作が刊行されれば飛ぶように売れるというベストセラー作家。
数学担当の春お兄ちゃんは、超一流外資系企業で働き、エコノミストとしてTVの経済番組にもレギュラー出演中。
英語担当の薫お兄ちゃんは、英語以外の多言語も話せるマルチリンガルとして、日本と海外を行き来する通訳者として活躍中。
理科担当の明お兄ちゃんは、大学病院で勤務医を経験後、現在はフリーランスの医師として主に王番地家経営の複数の病院を掛け持ち。
社会担当の怜お兄ちゃんは、大学在学中に司法試験に合格し、今は企業内弁護士として王番地家一族が経営している会社に勤務。
体育担当の夕お兄ちゃんは、剣道一筋の道を極め、段位はすでに五段。今は道場で子どもたちに教える傍ら、王番地一族が経営している警備会社の役員も兼任。
音楽担当の空お兄ちゃんは、国内でもトップクラスの音楽大学を首席で卒業後、海外留学をして国際コンクールでの受賞を重ね、単独リサイタルも開催。
美術担当の紫お兄ちゃんは、幼少期の頃から国内の有名な絵画コンクールで数多く入選し、ギャラリーで個展を開催しては、描いた絵が法外な値段で取引されている。
技術担当の葵お兄ちゃんは、システムエンジニアとして某有名ソフトウェア開発を行い、AIを活用した新たなプログラムを組み込む仕事にも携わっている。
……うん。能力不足どころか、過剰なくらいだ。
しかも、眉目秀麗の容姿も合わせ持ち、この間なんて『華麗なる一族の九人兄弟』なんて雑誌の特集まで組まれていた。そこに私は含まれなかったけどね、うん。
そんな神様が二物も三物も与えているお兄ちゃんs'を、学園中の生徒(主に女子)が放おっておくわけがない。毎日、物凄い黄色い声援が飛び交っている学校生活だ。もちろん、私の苗字も同じだからすぐに妹とバレた。けれど、私はお兄ちゃんs'とは違って、ただただ『平凡』なごく普通の中学生だ。特に優れた学力や才能があるわけでもない。そのため、入学式後一ヶ月で、私は周りの風景に同化してしまい、まったく意識されなくなっていた。
……うん。仕方ない。いつものことだ。
もう昔からのことなので、こういったことは日常茶飯事。むしろ、私としては普通に中学校生活を送りたいから、願ったり叶ったりだ。『王番地家の末妹』というだけで奇異な目で見られたり、嫉妬の眼差しを受けたりすることもある。風景に同化して気づかれないくらいがちょうど良い。
……なのに、お兄ちゃんたちは私をまったく離そうとしない。離れようとしない。とにかく、構いまくってくる。ほんとーに、勘弁してほしいっ!
結局、テスト勉強期間中は家でも学校でも、お兄ちゃんs'は『オレが教えるっ!』と言って互いに譲らずひと騒ぎを起こしたため、私はまったく勉強に集中することができず、中間テストの結果は散々たるものになってしまった。
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