キャッシュ・レジスタンス

渡貫とゐち

想像を越えてはこない。

「『お客様は神様だろ』――

 なんて自覚して言っている人がいるけど、冷静に考えてみれば、その手に持つ商品が欲しいのは『神様』の方で、お店が『売らない』と言ったら、困るのは神様の方だよな?」


「まあ……欲しいから商品棚から取って、レジに持っていっているわけだからな……、文句を言って店を『出禁』にでもなったら、買えない側は困るわけだろ――

 でもお店側もさ、競合店舗に自分の客を取られたくないから、『神様』なんて言ってるわけじゃんか。出禁にして、その神様がめちゃくちゃお金を落とす人だったらさ――ライバル店が儲かっちまうじゃないか。それは店側としては損になるだろ?」


「それは今は考えない」


「それは今は考えない!?」


 都合の悪いところに蓋をされた……、つまり町にお店が一つしかなく、そこに生活必需品の全てが詰まっていると考えるってことか……。

 確かにそういう状況であれば、果たして『神様』はどっちなんだって話になる。


 お店は過剰なサービスをしなくとも、店を利用する客がいることを知っている。


 ライバル店がいないのだから、極論、乱暴で失礼な態度を取っていてもいいわけだ。


 生活必需品がなくて困るのは町の人々であり、このお店に嫌われたら、いくらお金があってもなにも買えなくなる……。だからお店に、客が『媚びる』ようになる。

 売ってくださいとお願いするような状況になるかもしれない。


 お店側の独裁だ。


 お店側が独占しているせいでもあるが。


「根本は、そういう関係性だと思うんだよな……、店が気に入らないなら、自分の力で狩りにいくしかない。野生の世界ではそうだろ?

 都合良く、お金で取引できる場があるとは限らない。今日を生きるための食糧を自分の力で手に入れなくちゃいけない環境だった……――それが、『お店』が生まれて、危険な狩りをしなくとも食糧を手に入れることができるようになっていった。

 最初は両立していたんだろうぜ。自分で狩りをして、たまに店を利用して楽をするみたいに。だけどいつからか、店を利用すること、それ一本にみなが絞っていったんだ」


 店が独占したのではない。


 周りが狩りをしなくなったから、店が独占しているように見えているわけか。


 やがて店が増え、客は選択肢を増やすようになっていった……、たくさんある選択肢の中からどの店を選ぶのか……。その選択が、店側の生死を分ける判断材料になってしまったわけだ。


 だから、店は客を獲得する方向へ、力を入れざるを得なかった……商品のラインナップ? 商品の質? もちろんその差で勝負に出たところもあるだろう……、だが、種類も質も、やがて塗り替えられてしまう。

 互いに上回っていっても、いずれ天井につく。

 そうなれば、個々の店で差を出すことが難しくなってくる……じゃあ他になにがある?


「……なるほど、人から人へのサービスしかないのか……」


 気づけば、上の立場にいた店が、客よりも下になってしまっていた。

 客が、店がないと生活が回らなくなっていた環境から、店側の方が、客がこなければ回らない環境になってしまっていた。

 それを知っているからこそ、客は強気に出られる……、商品を欲しがっているのはお前のくせに――確かに金を払うのは客だが、そもそも商品を確保しているのは店なのだから、媚びる必要はないが、強気に出られる立場でもないはずだ――対等。


 店と客は、対等のはずなのに……。


「星の数ほどある店を一度、全て撤廃して、一つにまとめてみたら、クレームなんて減るんじゃないか? 文句があるなら買うな、と出禁にして、自分で作るか狩りをすればいいじゃないか、と選択肢を与えてあげればさ――

 お店があることが、どれだけ恵まれた環境にいたのか自覚してくれると思うんだよな。店が一つになるから、人は殺到するだろうけど、『騒ぐなら売らない』と言えば、全員がきちんとルールを守って、整列して買ってくれると思うけど……どう思う?」


「それはそれで、店員側が横暴になる気がするな……、気に入らないからお前には売らない、なんて言われたら、客にはどうしようもない。

 不満を力に、武器を取られて店が襲われたらひとたまりもないだろ。どっちかの立場をうんと強くするのは危険だよ……だから……今のままでいいのかもしれないな……」


「理不尽なクレームを許すのか?」


「全員分のクレームを聞いているわけじゃないだろ。

 聞いた上で無視しているものだってあるし、ニコニコしながら聞き流してる店員もいる。文句を言う客がいれば、それを相手にしていない店員もいる。

 分かりやすい対立はないが、水面下で互いに不満という剣を持って、鍔迫り合いをしているようなものなんじゃないか……?

 バランスとしてはいいと思うぜ? 長年、これで回ってきたんだ、完璧な環境なんて存在しない。だから大きく見えた不満も、近づいて見れば小さなものの積み重ねであることが分かっている今が、一番良いバランスだと思うぜ?」


 分かっていれば対処も受け流すこともできる。

 皮肉にも、クレームというたくさんのデータがあるのだ……対策もできるというものだ。


 当然、対処する、しないの線引きも存在している。

 既に不測の事態ではなくなっているのだ。


 ――さて、そろそろ客がくる。

 雑談はこれくらいにして、レジに向かうとしよう。



 ―― 完 ――

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