第289話 鈴村家のお話 3

 何時もの様に鈴村夫妻は、娘が騎乗する馬が桜花賞へ出走し、ミナミベレディーとタンポポチャが接戦を演じ2頭揃ってゴールする様子をテレビで観戦していた。


「最後は2頭揃ってゴールしたな。どっちが勝ったんだろうか?」


「どうかしら? でも、兎に角無事でよかったわ。前に落馬しそうになったのも同じGⅠレースだから、心配していたのよ」


 娘のレース結果よりも、無事に走り終えた事に二人は安堵する。そして、テレビ画面の中では、競り合った2頭が仲良く並んでグルーミングを始める姿が大きく映しだされる。


「あら、香織が騎乗している馬だわ」


「そうだな、まだ結果が出ないから馬を映しているんだろう」


 テレビの解説者達も2頭の結果予測と共に、笑いながら2頭の仲の良さを強調していた。


「馬同士が此処まで仲が良いのは珍しいのか」


「みたいね。でも、見ていてほのぼのとするわね」


「確か、グルーミングと言うのだったな」


 正敏が今回購入していた競馬雑誌には、桜花賞の特集とは別枠でミナミベレディーとタンポポチャ2頭の話が掲載されていた。また、雑誌内では2頭の馬をモデルにした4コマ漫画まで載せられている。


 そして、テレビでは電光掲示板に1着と2着の番号が入った。


「おお、香織が勝ったぞ?」


「ほんと、勝っちゃったわね」


 女性騎手がGⅠを勝利すると言う快挙に対し、知識も実感も無い二人は淡々と番組を視聴し続ける。そんな二人とは違い競馬番組では、解説者達が女性騎手初のGⅠ勝利に素直に驚きの声を上げる。


「またインタビューが放送されるわね。香織の事だから、緊張してガチガチなんじゃないかしら?」


「あまり人前で話をするのが得意じゃないからな」


 思いっきりのんびりとした様子の二人とは違い、テレビでは驚く事に速報で香織が桜花賞を勝利した事が流れる。


「お? 速報で流れたぞ?」


「女性騎手がGⅠ勝利って、そんなに凄い事なのかしら?」


「まあ、滅多には無い事なんだろうが、速報で流れるのは凄いな」


「今度あの子が帰省したら、頑張ったお祝いに、ちょっと豪華なすき焼きでもします?」


「体重だ、食事制限だ何だと言う姿が目に浮かぶな」


 正敏の言葉に、またもや幸子が頬を膨らます。


「まったく、お祝いし甲斐の無い子だ事。まあ、帰ってきた時に何か考えます」


 明らかにふてくされた様子で答える幸子に、正敏は苦笑を浮かべるのだった。


 その後、香織のインタビューを観て、表彰式は放映されずにテレビ番組は終了した。表彰式の様子は、競馬チャンネルであれば観る事が出来るだろう。ただ二人ともインタビューまで観れた事に満足し、テレビを消して各々が自分の事を始めるのだった。



 そして、翌日。正敏が会社へ出勤すると、顔を合わせた社員達から朝の挨拶もそこそこに、香織の桜花賞勝利のお祝いの言葉を言われる。


「社長、おめでとうございます。お嬢さんが遂にGⅠジョッキーになりましたね! 国内では女性初の偉業ですよ」


「桜花賞勝利おめでとうございます! 凄いですね。香織さんが遂にGⅠジョッキーですか」


「昨日、ニュースで流れた時には吃驚しました。まさかお嬢さんが桜花賞を勝つとは、社長も嬉しいでしょう」


 古参の、香織を幼少の頃から知っている社員は、特に香織の桜花賞勝利を喜んでくれる。


 ただ、前に香織がGⅢを勝利した時は、此処まで大袈裟になっていなかった事から、やはりGⅠを勝利すると言う事は凄い事なのだと、正敏は改めて実感する。


「ありがとう。あまり私は競馬に詳しく無くてね。凄い事なんだろうが、それよりも無事にレースを終えてくれたことが嬉しいよ。まあ、この心配は毎週のようにあるんだがね。妻何かは、レースに勝つ事よりも、そろそろ引退して結婚でもしてくれないかと祈ってるよ」


 正敏はそう返事を返すのだった。


 そして、昼の休みを利用して、近くの書店へ向かい今日発売の競馬週刊誌を購入した。


「おお、何か凄いな。特集まで組まれているぞ」


 競馬雑誌では、桜花賞のゴールシーンが大々的に表紙となっていた。そして、雑誌の中では桜花賞特集が組まれている。その内容のメインはやはり馬についてであるが、騎乗した香織の写真も何枚か載せられ、過去の騎乗実績などが書かれている。


「ほう、チューブキングの名前は、私でも知っているな」


 香織が騎乗した馬ミナミベレディーが特集で組まれ、血統を含め色々と書かれている。その中に正敏でも知っている馬の名前が出て来た。


「成程、やはり強い馬の血統は強いのだな。しかし、香織は良くそんな凄い馬に騎乗させて貰えたな」


 それでも記事を読み進めて行くと、香織に騎乗依頼が行った経緯なども書かれている。


「う~む、血統と言うのは良く判らんな。父の父やら、母の父やら、ただ強い馬の子供が必ずしも強いとは限らないのか」


 それでも、今ここでチューブキングの血が繋がったGⅠ馬が誕生した事を、記事を書いている記者が喜んでいる事は伝わって来る。それを、何となく読みながらも、正敏として注目するのはやはり娘の記事であった。


「ほう、中々良く評価してくれているな。それに、やはり女性がGⅠを勝利する事は凄い事なのか」


 特に、桜花賞と言う3歳牝馬限定のGⅠを女性騎手が勝利する。その事に何やらロマンだ何だと書かれているが、其処の所は全く理解できない正敏であったが、兎に角頑張ったと言う事だけは理解出来た。


「まあ、幸子はどう言うか判らんが、これで引退は更に延びたかもしれないな」


 一通り特集記事を読み終えた正敏は、雑誌を鞄に入れながら、そんな事を思うのだった。

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気が付いたら競走馬に生まれ変わっていました。でも、競馬の知識は0なんです! 南辺万里 @beityen4569

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