第50話 宴
「酒は行き渡ったか? それでは王よ、乾杯の音頭をお願いします」
傭兵の1人が皆に飲み物が渡った事を確認した。ここは中央広場で剣の台座がある場shにアルフィアスたちはいる。皆が見渡せる位置だ。確認していた傭兵がアルフィアスへ乾杯の音頭を頼んできた。
「え? 私が……?」
これに困惑したアルフィアス。どうして自分なのか、と見回す。別に自分じゃなくてもいいのではと思っているからだ。しかし、誰もが期待した目で見てきていた。王の言葉が聞けると。さらに困惑するアルフィアスはセツヤたちに助けを求めるように視線を送った。アルフィアスとしては乾杯の音頭などしたくなかった。エルトスの事を考えると相応しくないと思えるから。
「何かを言ってから乾杯するだけだよ。王はアルフィアスなんだから……乾杯の音頭は君がするべきだよ? それに何でもいいんだ。アルフィアスの言葉が聞きたいんだから」
レイが木でできた杯を掲げてみせながらそう言った。辛いだろうレイの想いに気づいたアルフィアスは少し考えて――。
「この魔物の氾濫で亡くなった人たちがいます。私はまだ弱い、未熟な王です。そんな王を守って死んでいった者たちへ顔向けができません。それでも……今、私は生かされている。皆に感謝を伝えたい。ありがとう。そして――」
アルフィアスは頭を下げる。すすり泣く声もどこかから聞こえてきた。家族を亡くしたのだろう。静まり返った場にアルフィアスは心の中でエルトスへ謝罪した。
(ごめんなさい……! 私なんかのために命を投げ出させてしまって……)
そして顔を上げたアルフィアスは持っている木でできた杯を高らかに掲げた。目尻に涙が見えたが誰も指摘はしない。アルフィアスの気持ちもわかっているから。それでも立ち上がって欲しいと皆は思っている。
「死んでいった者たちに報いるように……ここに杯を掲げよう! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
アルフィアスが杯の中にある酒を一気に飲み干した。周りの者たちも一気に飲んでいく。セツヤは成人していないので果実水だ。それを少しずつ飲んでいるセツヤは横目で初めて酒を飲むアルフィアスを心配していた。すると一緒に戦った者たちが近寄って来て……。
「小さな英雄殿! 見事な戦いぶりでございましたぞ!」
「俺はもうお前の勇姿に惚れ惚れとしたね!」
「2人で突っ込んでいくのは驚いたぞ!」
騎士や傭兵たちがセツヤを取り囲み話し出す。手を握られて上下に振られたり、肩を組まれたりとされながらセツヤは苦笑する。時おりアルフィアスへ視線を向けると初めての酒に目を白黒させて美味しそうに飲んでいるようには見えない。それでも注がれた分は必死に飲んでいるようだが。その姿をレイが笑いながら酒を飲んでいた。レイの飲む速度が速いが大丈夫だろうかと心配するセツヤ。
どうにかしてこの場を離れてアルフィアスたちの下へ行きたいが、放してもらえるとは思えなかった。
「皆さん、落ち着いてください。そんなに一斉に言っても聞けませんよ?」
間を通って隣に来たラルフリットが助け船を出してくれた。騎士や傭兵は顔を見合わせてから頷いて謝りながら離れてくれる。笑い声が絶えないまま他の者たちの下へ行き、話しかけている。
「助かったよ」
セツヤはお礼を言いながらアルフィアスたちへ視線を向ける。その行動にラルフリットは微笑んだのだが、フードでセツヤには見えなかった。
「……どう、思いますか?」
ラルフリットもアルフィアスたちへ視線を向ける。セツヤは腕を組んで首を横に振った。その顔には心配が色濃く出ている。
「絶対に無理しているな。たぶんレイは酒に溺れて気を紛らわせようとしている。アルフィアスは……笑みを浮かべているが辛さは隠せていない」
「そう、ですよね。どこかで発散できればいいのですが……」
「無理、だろうな……」
2人を心配しながら宴は朝方まで続いた。その間のアルフィアスとレイに話しかける者はいたが他愛ない話をしてはどこかへ行っていた。皆わかっていたから。セツヤとラルフリットも皆が心を痛めているアルフィアスたちに何かしてあげたいと思っている事はわかっていた。だが、今の2人をどうにかできるとも思えない。
陽が昇り出した頃にお開きとなった。その場で眠る者もおり、誰かが毛布をかけてくれている。
そんな中でアルフィアスたちは一睡もせずに街を出ようとしていた。
「うぅぅ……頭が痛い」
レイは頭を押さえながら気持ち悪そうにしている。3人は西門へ向かう。すると背後から――。
「行かれるのですね」
騎士の1人が西門の前で話しかけてきた。その言葉に無言で頷いてみせるアルフィアス。騎士を見る事はなく、ただ前を向いている。
「我々の想いとしてはこのエルレイスの街に留まって欲しいと思っています」
足を止めたアルフィアスは振り返ってこの場に来ていた皆を見ている。だが、アルフィアスは首を横に振った。
「私は王に相応しくない」
騎士が反論しようと口を開きかけたが、アルフィアスが手で制した。その目は悲しみに暮れていて……騎士にはどうする事もできないのだとわかる。
「私は、旅に出ようと思っている。もっと強くなって……皆に王だと、王に相応しいと思ってもらえるように」
「そう、ですか……王よ、我々はあなたがいつか立ち上がった時に――」
騎士たちは……いや、この場にいる皆が跪いて頭を垂れた。
「必ず力になる事を約束しましょう」
「……ありがとう」
騎士たちは言わなかった。誰よりも王に相応しいのはあなただ、と。きっと今のアルフィアスには届かないから。
現にアルフィアスは歩き出した。その後ろをレイとセツヤがついて行く。西門の出口にはラルフリットがいた。
「ここでお別れですね」
ラルフリットは別れを言ってきたが……。
「……ラルフリットもよかったら一緒に来ないか?」
セツヤが誘ってくる。これに驚いたラルフリットはいいのかとアルフィアスを見た。アルフィアスは頷いてみせる。
「好きにしなさい」
それだけ言って遺灰の入った壺を持って西門を出て行く。この言葉は拒絶ではなかろうかと思ったラルフリットだったが……セツヤは頷いてくれる。そして近くに来て小声で告げた。
「ラルフリットの力が必要だ。俺とレイだけではアルフィアスを守り切れるとは思えないから」
確かに今のアルフィアスは何をするかわからない。危機に陥った場合を考えると戦力は多い方がいい。
っらうフリットは少し考えて……頷いた。
「わかりました。末席に加えて頂きたい」
こうして4人はエルトスの家へ帰って行った。
嫉妬ニアンと無自覚セツヤのハーレム物語 冬乃夜 @yukiya1989
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