第二話 母刀自であるあたしの胸中は複雑だ。
夜しか古志加と会えない日も多かったけど、古志加が三虎を頼りにして、心から懐いてるのが良くわかった。
あたし以外、身体を触らせなかった子が──もっとも、うちはガラの悪い
涙を流し、三虎がぬぐう。
古志加は安心しきった顔を見せる。
良かった、と思うと同時に、
何日か経った頃。
夜、三虎が、
魂だけになったあたしには、よーく見えてるんですからね!
うちの子を放っておいて、そんな処に行って!
案の定、古志加は夜中に一人で起きて、三虎を探して泣き始めてしまった。
もうっ! 許さないんだから!
古志加、待っててね、この母刀自がすぐ三虎を連れてきてあげますからね!
あたしはさーっと夜を駆け、
* * *
「あ、わ、わ、わあ!」
三虎は慌てて布団から起き上がった。
隣で寝ていた
「いかがなさいましたの?」
と驚いた。
三虎は細かく震えながら、
「何でもない。なぜか寒気がしてな。うう。今日はもう帰ろうかな。」
といつもより早めに、脇目も振らず屋敷へ帰った。
湯殿に行こうかな、さっぱりするし、と思ったが、なぜかまた、ぞわわっと胸のあたりが冷えて、不思議と、
「
という気持ちになった。
もう今日は、オレは衛士舎じゃなく、自分の部屋で寝よう、半端な時間に帰ってきたし、と思っていたのだけどな。
* * *
すごすごと衛士舎へむかって歩きだした三虎を、ふわふわと空中から見下ろし、あたしは、ふんす! と鼻息をはいた。
どんなもんよ、母刀自の手腕は。
とはいえ、今のあたしは、鼻で息をしているか怪しい。
お腹も減らないし、物音も耳で聞いてるのかどうか。
第一、自分では普通に喋ってるつもりだけど、そんなはずはないのだ。
あたしは舌足らず。
上手に喋れない。
───りょうぶにひゃべれらい。
そのようにしか、喋れないのだから。
あの
今、あたしは普通に喋れているのだろうか? 良くわからない。
誰もあたしの声を聞いてくれないから。
古志加とお喋りがしたい。
そう心から思い、時々、夢枕に立ち、古志加を膝枕させ、夢らしく、普通にお喋りを楽しんだ。
「ふふふ、母刀自。」
と古志加は嬉しそうにあたしの膝に甘える。
でも、あたしが夢から去ると、悪夢を見てしまう事が多い。
「あ……、や……、母刀自……!」
と泣きながら寝言を口走り、時には力なく腕を振り廻す。
あたしは古志加の側にいるのに、その腕を抱きとめてあげることすらできない。
どういうわけか、古志加の胸に飛び込んで、背中に抜けても、三虎ほど古志加は冷気を感じないようだった。
涙ぐんで、
───古志加、古志加。
とあたしは必死に声をかける。
「
そういう時、三虎は古志加の隣ですぐ起きて、小さめの声で鋭く言い、空中を掻きむしる細い腕をしっかり掴まえ、暖かい胸に古志加を抱き寄せた。
「夢、夢だ、
何回も、三虎は根気強く、そう声をかけた。そう時間はかからず、古志加は落ち着き、三虎の衣を握って、また眠りにつく。
三虎が古志加の涙を拭う。
あたしは、ずっと古志加の側に寄り添っているのにね。
何もできない。
死んじゃって、ごめんね。
そして、とうとう。
古志加は
女官として働いていけるよう、色々教えてくれた。
そして、あたしが大好きだった唄を、舌足らずになってからは、とんと歌わなくなった唄を、古志加に教えてくれた。
古志加は泣いた。
(母刀自。)
と古志加があたしの事を思って、悲しんでいるのがわかった。
───泣かないでね、古志加。それなら、ちょっと古志加の側を離れるけど、母刀自は、故郷へ行ってくるわね。
懐かしい、
あたしはぐんと空を駆け抜け、南へ、南へ。魂をさらに飛翔させ、甘い風香る、あたしの故郷にやってきた。
あたしは光となり、風となり、子供の頃遊んだ野原を見つけ、すーっとその草むらを一直線に駆け抜けた。
柔らかいにこ草の先端を撫でながら、身を翻し、栗の木の
近くの小川の水面に遊び、光がきらきら反射するのに合わせ、ひらひらと舞った───あたしはこの小川で洗濯をし、
───ふふふ。
微笑がもれる。まるで肺が甘い風をいっぱいに吸い込んだみたいに、気持ちが良い。
───あたしの故郷。あたしは、たしかにここで育った。
あたしは、ここにいたのよ。あの
ふわふわと、
* * *
かごのぼっち様からファンアートを頂戴しました。
生前の福成売の様子ですが、きっと古志加の夢のなかでは、二人はこのような顔をしていたと思います。
かごのぼっち様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077113601887
私の挿絵です
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077136885289
「あらたまの恋 ぬばたまの夢」
第一章 くるみの人
第七話
https://kakuyomu.jp/works/16817330650489219115/episodes/16817330650624873086
第二章 蘇比色の衣
第四話
https://kakuyomu.jp/works/16817330650489219115/episodes/16817330650671678644
の母刀自から見た光景です。
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