第七話  オレ、ここでやっていけそう。

「大川さまと三虎? お二人とも十六歳だぞ。」

「ええっ! お二人とも背が高いから、オレ、十七、十八歳かと思ってた……。」

「ははは! たしかに、そう見えるな!」


 次の日、おそらくオレの父親と同じくらいの年齢の荒弓あらゆみから、オレ──古志加こじかは色々、教えてもらった。


 

 オレが今いるのは、上毛野君かみつけののきみの屋敷を守る上毛野衛士団かみつけののえじだん

 衛士団は、四つに分かれていて、卯団うのだんは、その一つ。


 四つの衛士団を統率する、衛士団の頂点、上毛野かみつけのの衛士えじ団長だんちょうは、石上部君いそのかみべのきみの八十敷やそしき

 三虎の父親だ。

 副団長は、石上部いそのかみべのきみの布多未ふたみ

 三虎の兄だ。


 さらに、三虎の母親は、上毛野君大川かみつけののきみのおおかわさまの乳母ちおも

 三虎は産まれた時から大川おおかわさまの従者で、乳兄弟ちのとなのだ。


「大川さまは、上野国大領かみつけのくにのたいりょうの一人息子だ。

 押しも押されぬ跡継ぎなんだぞ。」

「ええと……、郷長よりエライんだよね?」

「当たり前だろ! 郷長の上が、郷長を何人も見てる、小領しょうりょう。その小領しょうりょうを何人も見てるのが、大領たいりょう大領たいりょうは国に一人しかいない、豪族の頂点だ。

 こう言えばわかるか? 古流波こるは。」


 オレは荒弓に、こくこく頷きつつ、


「ヒェェェ……。」


 と言葉を失った。




 昨日会ったのは、本物のすごいとこの若さまだった。






 三虎みとらは、上毛野衛士卯団かみつけののえじうのだんちょうだが、大川さまの従者の方が優先らしい。

 卯団うのだんは、卯団大志うのだんのたいしである荒弓あらゆみが、実質、仕切ってるそうだ。


 三虎は、二、三日に一回、短い時間顔をだし、一緒に稽古したり、警邏けいらの仕事につき添ったりするという。

 それでも、三虎が十二歳の頃から卯団長うのだんちょうとして迎えているので、


 「卯団うのだんの皆は三虎が大好きなのさ。」


 と、荒弓あらゆみは優しい笑顔を浮かべた。


(荒弓って、いい人そうだ。

 オレ、ここでやっていけそう……。)


 






 オレは、卯団うのだん下人げにんのような扱いで、ここに置いてもらった。

 やることは、掃除や、洗濯や、片付け。

 あと、上毛野君かみつけののきみの屋敷の庭に、卯団うのだん用の小さな畑があるので、そこの世話。




 オレは、卯団の人と同じ食事を、一日二回、毎日食べさせてもらえた。

 

「畑から収穫した野菜を足してるから、古流波こるは一人増えたって、皆の食べるぶんは減らないさ。遠慮すんな。」


 と、ひょろっと背の高く、細目の薩人さつひとは言ってくれた。


(この人も笑顔が優しい。目、細い。)


 本当に、お腹いっぱいになるまで食べても、誰からも、文句もイヤミを言われなかった。


 皆良い人たちだった。






 オレは、皆が警邏けいらから帰ってくる頃合いを見計らって、お湯を沸かし、使える桶全部にお湯を入れて、となりにはし布をそえて、入口から入ってすぐのところに置いておいた。

 初めてそれを見た皆が、


「えっ。」


 と驚いたので、オレも、


「えっ。」


 とあわてて、近くの湯桶ゆおけに手を入れた。


「ちゃんと、温度はちょうどいいよ……? 足をぬぐうでしょう?」


 親父とその仲間たちは、お湯が冷たくなっているとオレをよく殴ったものだが、皆はなぜかホロリと笑い、


「いい子や……。」

「うんうん、これからもよろしくな。」


 と喜んでくれた。


 皆良い人たちだった。





     *   *   *





 上毛野君かみつけののきみの大川さまとまた会ったのは、ここに来て二日後、たつはじめの刻。(朝7時)


 朝の見廻みまわりに衛士えじの皆と出かけるのだという。


 大川さまは、おそろしく目鼻立ちが整っている。

 切れ長の黒目がちな瞳。

 優美な顔立ち。

 雪のような白い肌。

 オレが生きてきたなかで見た、一番綺麗な人だ。おのこだけど……。

 大川さまは、髪の毛を上半分束ねもとどりとし、銀色の複雜な模様の貴石でできたかんざしを挿している。

 まっすぐな美しい髪下半分は、胸下までさらりと垂らしている。


 三虎は大川さまの影のように、いつもぴったりと寄り添っている。

 大川さまは、大豪族らしく堂々としながら、優しそうに笑っているのに比べ、三虎は腫れぼったい目、神経質そうな眉、ムスっとした口もとで、いつも不機嫌そうなので対照的だ。


 二人とも立派な身なりで、背筋がピッと伸び、身のこなしに隙がないので、とにかく格好いい。


 大川さまの美貌、三虎の凛とした雰囲気で、二人がいるところだけ、冴え冴えと光り輝いているようだ。


 初めて会ったときも、親父や百姓ひゃくせいたちと違う、と思ったけど、卯団うのだんの皆と比べても、やはりこの二人だけ違っていた。


 大川さまが、こちらを見て、柔和に笑った。

 

「おまえか、あの時の……。」

「はい、古流波こるはといいます。命を救っていただき、ありがとうございました。」


 オレは頭を下げた。


「成長したら、ここで卯団うのだんに入るが良い。励めよ……。」


 そう、大川さまは言ってくださった。








    




     




 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093080751553087

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