第六話
(まったく、やっかいなことになった。)
と
寝わらの上に寝かされている、三十歳くらいの
(ひでぇことしやがる……!)
腕のなかの
まさか同じ日のうちに、
可哀想に、もう……、気がふれかけているのかもしれない。
開放してやると、ひっく、ひっく、としゃくりあげながら、両手を胸の前で握りしめて、
「立派な若さま……。あのくるみをもう一つだけください。お願いします。」
と静かに言った。
三虎は
「ありがとうございます。」
古流波の顔は涙と泥、全身は泥水にまみれている。
ちなみに、古流波の
古流波は、ふらふらと寝わらの上の母親に近づく。
その足は、歩き通したのだろう、
くるみを手に握りしめ、母親をじっと見つめ、
「……えへへ。」
と笑った。ゆっくり涙を流し、しかしとても嬉しそうに、
「
柔らかい衣を着た、清潔な、立派な若さまさ。
美味しいくるみも、もらったんだ。
食べたことない、甘くて、不思議な味のくるみ……。びっくりするようなくるみ。……気になるでしょう?」
とん、とくるみを母親の唇の上に置いた。
「これだよ。……ふふ。良かったねぇ……。」
少し笑ってから、目を閉じ、感情が削ぎ落ちた顔で、静かに、
「立派な若さま。ありがとうございます。
もうここまでで、けっこうです。」
と大人びた口調で言った。
三虎は立ち尽くす。
このままほっといたら、この
「
「兄弟はいません。父は、ある日いなくなりました。もう一年近く前になります。」
と言った。
本当に一人か。
あまりに哀れだ。
三虎は決めた。
「母刀自を埋めてやれ。」
とハッキリ言った。
「オレが手伝ってやる。埋めないわけにいかないだろう。
と訊くと、首を横に振った。
「オレだけに掘らせるな。
お前も掘れ。それで母刀自を埋めたら、オレと来い。面倒を見てやる。
オレは
オレの主は
「へ……。」
それ以上言葉が出ない。
* * *
陽がゆっくり西に傾くなか、家の裏に穴を二人で掘り終えた。
二人で母刀自のところに戻り、三虎は
そして、その貝合わせを開け、中身の黄色い
オレに手をだすように言い、そのふたすくいの練り香油をくれた。
すごく甘い、花の匂いがフワリとした。
これは
「すごく良い匂い。」
「
だけど
うん、と頷き、オレは母刀自の頬に練り香油を擦り込んでやった。
そこには艶がうまれ、
「ふふ……、良かったねぇ、良かったねぇ……。」
こんなに良い匂いで、母刀自はきっと心から喜んでいる。
なぜか三虎が後ろでブルッと肩を震わせた。
三虎が母刀自を土のなかへ運んでくれた。
そして、朱色の麻袋を母刀自の胸のところへ、ポン、と投げ入れてくれた。
(あのくるみ、全部……!)
「い、いいの……?」
「
と三虎が言い、土を
「ちゃんと埋めてやれ!」
と三虎に
泣きながら、土を全部戻し終えて、
「良し。」
と三虎は言った。
そして、またぐいと腕をひかれ、その胸に抱きとめられた。
(!)
引き入れられた力は強かったが、抱きしめる力は優しかった。
そして、背中を優しくポンポンと叩いてくれた。
「あ……!」
瞬時に身が震え、泣き声がせり上がってきた。
再び、三虎の胸で泣く。
抱きしめられながら、
背中を優しく叩かれながら、
泣くのは、
こんなにも心地が良い。
今日この日、
くるみの人がいてくれて良かった。
一人だけで泣くより、
ずっと良い……。
どうして、こんなに優しくしてくれるの?
母刀自以外に、
こんなに優しくしてもらったの、
初めてだよ……。
オレは、母刀自の
陽が落ちて、真っ暗になる頃、見たことのない立派な塀と
馬を降りてすぐ、
「おまえら、面倒を見てやれ。」
と、十六人の
「み、み、三虎……!」
「口はついてるだろ。説明は自分でしろ。オレは忙しい!」
そして三虎はさっさと行ってしまったので、
「
とオレは全て自分で説明せねばならなかった。
母刀自の話をすると、じわっと涙が出てきた。
話し終えると、十六人の
皆は、ここ
「うんうん、大変だったなぁ、可哀想に……。」
と言ってくれた三十代なかばの
頬骨がはり、体格ががっしりしている。人が良さそうな顔をしている。
「ここにいれば、食事と寝るところの心配はねぇからな。」
と笑顔で言ってくれた二十歳すぎの
背が高く、ひょろりとして、目が細い。
一人であの家で過ごすより、誰か
* * *
悲鳴が聞こえ、
口を布で塞がれたのだろう、
悲鳴がくぐもった声になる。
(母刀自!)
体が動かない。
動け……! 動け……!
二人の
(やめろ、やめろ───ッ!)
「おい、
若い
大きく息を吸い、瞬時に目が覚める。
は……、は……。
己の息が荒いのがわかる。
目の前に、三虎が無表情にこちらを覗き込んでいるのが見えた。
顔が近い。
「夢だ。うなされてたぞ。」
つう、と目から涙が伝うのがわかる。
「夢……。」
「そうだ。」
母刀自の夢だ。
……助けられなかった!
ごめん、母刀自……。
「うぅ……っ。」
泣きだしてしまう。
三虎が、ハァ、とため息をつき、となりの寝わらに横になった。
「今日はここで寝る。」
と腕を頭の後ろで組みながら言う。
「えぇっ、三虎、自分の部屋があるのにッ、どういうことッ。」
と
「うっせぇ。なんだか今日はやたら寒気すんだよ。ここなら、あったけぇ。」
「それは
と
「馬鹿、うっせぇ、うっせぇ。」
と三虎が
皆が笑う。
オレはすん、と鼻をすすり、涙がひっこんだ。
三虎が隣にいる。
少しくっついても良いだろうか。
ちょっと身を擦り寄せる。
この人、この胸でオレを泣かせてくれたし……。
あの温もりをもう少し追いかけたくて、三虎の着てる衣をちょんと手でつまむ。
昼の衣と違う。
澄んだ薄い藍色の……
お
三虎は、清潔な良い匂いがした。
甘く深く、天にたなびいていきそうな香り。
親父とも、たむろしていた
そのまま、ちょんと手で三虎を捕まえたまま、安心して、ふぅっと眠りに落ちた。
* * *
自分の脇に、すこやかな寝息をききながら、三虎は目を開く。
「なんか、ひょんなことから、こういう流れになってなぁ……。この
「いえ、別に……?」
と荒弓がかえす。
「たった一人で、しばらく母刀自の
皆が沈痛な面持ちになる。
「まあ、支障のない限りで、ここで頼む。もし面倒見きれないなら、
少々気がふれていても、オレが言えば、一人分くらいの働く口はある。
「可哀想な子じゃないですか。任せてくださいよ。」
荒弓が言い、皆頷いてみせる。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330661677863880
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