第五話 軽裘肥馬
※
または、常にとても富貴な様子。
* * *
雪道を東へ
脇目もふらず、馬を
先頭を行くは、雪よけの白い
後に続くは、黒い
愛想のかけらもなく、はれぼったい目、ニコリともしない唇で、とっつきにくそうなことこの上ない。
二人とも、上等な身なり、立派な
先頭を行く
後に続く
* * *
三虎は、大川さまのあとに続き、雪道を駆る。
(今の時刻は、
大川さまは、姉上のところを
……大丈夫だろうか?)
常ならぬ大川さまの様子が心配な三虎だが、馬は止めない。
まだ大川さまは
(母想いの大川さまに、ゆっくり
三虎がそう考えていると、ふと、
「……うお!」
衣の中のはだかの胸に、薄い
(……雪か?!)
いや、首もとは濡れていない。
(なんだ……?)
三虎は馬を駆りながら、あたりを見廻す。
と、道の
おそらく
「大川さま!」
前を走る大川さまを呼ぶが、大川さまの
(ちっ、見えてねぇのか。)
手綱をぱんと打ち、馬脚を速め、大川さまに並ぶ。
「おい、大川さま、おい、止まれ!」
「あ、三虎……。どうした?」
ようやく馬を止めた。
「あそこに人が倒れてる。」
「それは……!」
大川さまが息を呑んだ。
三虎は馬を戻す。
イイイン、ブルルッ。
回頭した大川さまの馬がいななき、大川さまが後ろをついてくるのを、三虎は背中で感じた。
* * *
肩を誰かに揺さぶられてる。
「……おい! おい!」
若い
目の前にオレに呼びかけている
十七、十八歳くらい……?
知らない人。
頬をぱん、ぱん、と叩かれた。
「飲めるか。」
口もとに
水が流れ出し、
(あ!)
考えるより先に口が水を求めた。
夢中で
若い
身なりが立派で、黒いなめらかな毛皮の下に、
清潔感が、知っている
側にもう一人、やはり十七、十八歳くらいの、立派な白いふさふさの毛皮の下に、紫色の衣をまとった
その
「は……。」
口に何かを押し込まれた。
「ゆっくり噛め。」
何か小さめの、硬いもの。舌に触れると、甘く、なにかピリリとした刺激を感じた。噛むと、コリッと軽快な歯ざわりがし、
(くるみ……。)
だがこれは食べたことのない味のくるみだった。
甘さが濃く、複雑で
「もっと欲しい。」
つい目を見開いて言ってしまった。
「これ、何……?」
口をもぐもぐさせながら問うと、
「くるみに蜂蜜と
とぶっきらぼうに教えてくれた。
けいひ……。薬草の名前、なのかな。
とにかく高価そうな響きだった。
そこでハッと頭が
「
と一気に言った。
立派な身なりの若さま二人が顔を見合わせる。
「何かあったようだな。」
立ってる人が、くるみをくれた人に言う。
「このまま捨ておくこともできまい……。とにかく
「一人で大丈夫ですか?」
くるみをくれた人が間髪入れず、立ってる人にむけ、
「雪道で足を滑らせませんか?
一本道ですが脇道に迷いこみませんか?
無事に屋敷につけますか?
と一気に言った。
肌が雪のように白い人、大川さまと呼ばれた人は、何か言いたげに顔をしかめた後、苦笑して、
「心配するな。大丈夫さ。
もう……父親だからな。」
と、なんだか少し寂しそうな笑い方をした。
オレは二人の立派な若さまを必死に見つめる。
初めての良い感触。
この人たち……助けてくれそうだ!
「お願い、ここからすぐのところの山の
大川さまは笑顔でこちらを見て、
「私はいけないが、三虎を向かわせよう。万事良く運んでくれる。」
と言ってくれた。
(やった!)
後に残った、三虎と呼ばれた人は、こちらを見て、ため息……、かなり大きいため息をついた後、
「名は?」
とこれまたぶっきらぼうに聞いた。
「
オレはこたえた。
家はあっち、と歩こうとすると、ぐいと腕をとり、馬の上に乗せてくれた。
道すがら、何があったか全部話した。くるみの人は、渋い顔をしたが、何も言わなかった。
家についた。もどかしく馬を降ろしてもらい、
「母刀自! ごめん時間がかかって……!」
叫びながら家に入る。オレが寝わらに引きずって寝せてあげた母刀自に駆け寄り、……顔色が青い。
「あ……!」
震えながら、頬にふれる。冷たい。
冷たい……。
もう、冷たい……。
「
くるみの人が言った。
し、死んでる……?
「死んでるの……?」
カタカタと震えながらつぶやき、
(死にはしない、って言ってたじゃない。)
「死んだの……?」
そうなの……?
「そうだ。」
くるみの人が肯定した。
そうなのか。
そこで閃いた。
きっとまだ、この辺りに母刀自の魂があるはず。
オレを置いて遠くに行ったりしないはずだ。
それを捕まえて、体に戻せば、あるいは……。
いや、手で
震えつつ、両手を握りしめ、両腕を自分の胸に押しつけながら、素早く
「え……?」
すごい力だった。
すらりと細身で、背もうすいのに、抱きしめられると、十歳のオレはすっぽりと
ぴっちりと隙間がないように、深く強く抱きしめながら、くるみの人──三虎は大声で、
「しっかりしろ、
と名を呼んだ。
オレは驚きすぎて声がでない。
力が強く息ができない。
母刀自以外に抱きしめられたのは初めてだ。
優しくて柔らかだった母刀自と全然違う……。
もっと強く、かたい。
とく、とく、と
あたたかい……。
「しっかりしろ!
また
はい、と返事をしようとして……。
あふれでてきたのは泣き声だった。
「うわぁぁぁん……!」
そのまま涙を流し、声を振り絞って泣き、体の力を全て泣くことに
自分で立っていなくても、三虎が立たせてくれた。
だから体の力を抜き、体を三虎に預けて、がむしゃらに泣きたいだけ泣いた。
(母刀自……! 母刀自……!)
泣きやむまで、三虎はずっとそのままでいてくれた。
* * *
↓私の挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660189675038
↓かごのぼっち様よりファンアートを頂戴しました。
かごのぼっち様、ありがとうございました!
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818023213319080677
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