第四話  行休 〜こうきゅう〜

 その日のいぬの刻(夜7〜9時)


 バキバキッという大きな……木が壊れる音で起きた。

 古志加こじかが驚いて寝ワラから飛び起きると、家の戸を蹴破けやぶって、大柄なおのこたちが三人、暗い室内に押し入ってきたところだった。


「誰だ! 出てけ!」


 オレは大声で怒鳴ったが、


「ぐ!」


 おのこの一人に喉をつかまれて、片腕で宙づりにされてしまった。

 すごい力だ。

 

「郷長さまの屋敷に、おみなを借りていくぜ。

 一晩たったら返してやるよ。」


(なんだって?! どういう事だ!)


 足をばたつかせてると、母刀自の悲鳴がきこえ、悲鳴がくぐもった声になった。


「は、は、と……。」


 苦しい息で母刀自のほうを見ると、もがく母刀自が大きな麻袋に頭から入れられているのが見えた。


(やめろ! やめろ!!)


 オレはもがき、自分を釣り上げているおのこの手に力いっぱい噛みついた。


「イテェ!」


 手の力が緩んだ。必死にもがき、おのこの手から自由になった。

 寝ワラを蹴散らし、母刀自に駆け寄ろうとし……。

 ガァンと後ろから頭を殴られた。

 頭に火花が散り、倒れ伏し、おのこたちの足音が去るのを感じながら。


(母刀自……!!)


 気が遠くなった。




     *   *   *




鶏甘売とりかいめ! 鶏甘売とりかいめ!」


 教えてもらったばかりの鶏甘売とりかいめの家の戸を叩く。

 月に照らされた夜。

 寝静まった郷。

 非常識な時間だとはわかってるけど。


「──どうしたの?」


 中から怪訝けげんそうな顔をした鶏甘売とりかいめが顔をだした。


「助けて! 母刀自を!

 ついさっき、郷長さまの家に借りてくって、おのこたちが来て、さらっていったんだ!」


 鶏甘売とりかいめはアッと息をのんで────。

 その後、あぁ……と苦い顔をした。


「一晩たったら家に返す、って言ってなかった?」

「言ってたよ、でも、でも……!」

「郷長さまの、悪いくせなのよ。時々、目をつけた郷のおみなを……。何人も餌食えじきになったわ。明日の朝には返してもらえるから……。」

「そんな! 助けて!」

「あたしにだって、どうにもできないわよ! 死にはしないから。ホラ、自分の家に帰って、朝まで待ってな!」


 鶏甘売とりかいめはぐいとオレを押し出し、戸をかたく閉ざしてしまった。


(そんな……。どうにもできないの……?

 母刀自……。母刀自……!)


 オレは頬を涙でらしながら、ふらふらと自分の家に帰り、家の中に膝をたてて座りこみ、頭を膝にもたせかけた。

 小さく小さくなって、座りこんだ。

 夜風がガタガタ家をふるわせた。

 一人は怖い……。

 一人は怖い……。


(母刀自……。

 早く帰って来て……。早く……。)


 そのまま眠れず、十月の夜気にふるふると震えながら、夜明け近くに、ふっ、と眠りに落ちた。






 ───古志加こじか……。






 母刀自の声が風にのって聞こえた気がして、オレは飛び起きた。

 壊れたままの戸の外から、ドサッと人の気配がした。

 もつれる足どりで朝の光が満ちる外にでると、二人のおのこが馬に乗り去って行くのが見えた。

 戸の近くには、母刀自がごろりと仰向けに寝かされていた。

 目をつむり、息をしていなかった。

 首に酷い青あざがある。


(え……?)


 あわてて駆け寄る。

 触る。

 温かい。

 温かいけど……。

 息をしていなかった。




    *   *   *




 狂ったように鶏甘売とりかいめの家の戸を叩く。


「もう、いい加減に……。」


 と、迷惑そうに戸を開けた鶏甘売とりかいめの両手をガッと捕まえる。


「助けて!

 母刀自が帰ってきたけど、息をしてないの。でも、死にはしないって言ったじゃない。だから死んでない。死んでないから……助けて!」


 鶏甘売とりかいめがひっ、と顔をひきつらせ、オレの手を乱暴に振り払い、どんとオレの肩を押した。


「あんたおかしい……、おかしいよ!

 もう来ないでくれ!」


 と、戸を強く閉めてしまった。

 尻もちをついたオレは、手についた土を払い、起き上がる。


(オレは、諦めない……。)


 死にはしないよ、って言ってた。

 死にはしないはずだ。

 まだ体だって、温かい。

 息が止まってるだけで、何か薬草とか、何かまじないとか、とにかく何かで、きっと息を吹き返すはずだ。きっと誰か、その方法を知ってる人がいるはずだ。

 死にはしないんだから。

 だから誰か、誰か。


「助けて……!」




    *   *   *




 オレは諦めなかった。

 郷のすみからすみまで、救いを求めて訪ね歩いた。

 しかし皆、


「息をしてない。」


 と言うと目をむいて、オレを追い払った。

 おかしい、狂ってる、と口々に言われた。

 それでも諦めない。

 彷徨さまよい歩き、雪がちらちらと振り始め、陽は天に登り、の刻(午後1〜3時)頃か。

 郷の……、ほとんどの家を訪ね終わってしまった。


「誰か、誰か、助けて……。」


 と乾いた口でつぶやきながら、もう、この道が来た道か戻る道かわからない。

 つまづいた。

 転び、倒れ。

 ……起き上がる体力がない。

 雪の地面に倒れ伏しながら。


(まだ、何かあるはず、まだ、まだ……。)


 突如とつじょ、閃いた。

 まだ、郷長の屋敷に行ってない。

 どうして今まで気がつかなかったんだろう。

 そこが一番可能性があるではないか。

 そうだ。行こう。

 頭をぐっと上にあげ、


(あ……。)


 景色がぐるっと回った。

 そのまま気を失った。





    *   *   *




 ※行休こうきゅう……次第に死に近づくこと。


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