第三話 扈発 〜こはつ〜
そのまま春が来て、夏が来て、秋。
十月。
オレは十歳になっていた。
あの日、畑仕事をしていると、四十代くらいの
「あの……、あなた、
「はい、オレが
「あのね、
あなたのところは、前に来たら、親父さんが怒鳴って追い返すものだから……。」
気配を察して、母刀自が家から出てきた。
「はい、いはへていははきまふ。」
「えっ? なんて?」
と郷人が
「はい、行かせていただきます、と言いました。
オレが……、あたしが、言ってることはわかります。
あたしに話して下さい。
あたしのことは
母刀自がそうとしか言えないので……。」
すぐに郷長の家へ行くことになった。
「簡単なご飯と、労賃はいただけますからね。
初めてでしょ? あたしは
と
広い部屋に足を踏み入れた
「※
手手にや 昼は手に
夜は我が手手にやは 手手にやは。」
居間の柱に結ばれた糸は、両腕を大きく広げた長さの棒を、四本、空中にぶら下げ、最後は女達の腰で結ばれている。
女達は両足を前に投げ出して腰掛け、右に座った女が、横糸を通したひらべったい木を、唄にあわせて。
しゅう。
左にすべらせ、左の女は素早く左手で木をつかまえる。
とん、とん。
長い棒に渡された、大きな
「わぁ……!」
初めて来た。思わず声がもれる。
女達が唄うのを止め、入り口に立ったオレ達をいっせいに見た。
「見ない顔ね。」
「あの離れの、山の家よ。最近、
それで呼びに行けたんだけどね。」
「よほひくおれあいしまふ。」
「あらっ。」
「大変ねぇ。」
「よろしくね。」
と言ってくれた。なかの一人が、
「
と聞くので、オレは真っ赤になってしまった。
はじめて、全然
「め……、
と小さい声で言った。
ここに集まった
それに比べ、オレと母刀自は、
きっと、皆の目には、みすぼらしく見えているだろう……。
その上、オレは、顔も衣も土で黒く汚れ、衣は
(とても場違いな気がしてきた……。
オレは全然、
と、うつむいていると、
「さ、二人一組よ。こっちへ来てちょうだい。」
母刀自と並んで座らされ、きゅっ、きゅっ、と白い糸で腰を結ばれた。糸の先は居間の柱と繋がっている。
母刀自がしげしげと、
「随分大きいんですね?」
「
だから二人がかりで、幅広い布を織るのよ。
はい、
と
「二人の息を合わせることが大事だから、歌を唄いながら調子をとるのよ。こうよ。」
「
玉ならば
手手にや
夜はさ
ここまで一人が唄ったら、次の
と、入り口で始めに聞いた唄を教えてくれた。
しゅう。
唄にあわせて、
母刀自はすかさず、
とん、とん。
オレと母刀自は、上手に織れてる。
初めての、
唄いながら母刀自をそっと見上げると、母刀自も温かい微笑みを返してくれた。
布を織り終わり、褒美の山菜の握り飯はとても美味しかった。
「それで、四人次々に死になさったって……。」
「あぁ、恐ろしいねぇ、なんて怖い
と
ちゃんと労賃の塩壺を二人分もらって、なんだか誇らしく、
(こうやって、どんどん、普通の
と思いつつ、帰路についた。
……今思えば。
あの時きっと。
目をつけられていた。
* * *
※参考……古代歌謡集 日本古典文学大系 岩波書店
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