第三話 柘の櫛 〜つみのくし〜
山を降り、
たくさんの人が道の横にゴザをひいて、いろんな品物を並べている。
食料、
オレは、ゴザに座った塩売りの
「ねぇー、その塩と、この
「ああ、塩一
「ええっ、高いよォ、もう少し負けて。」
「うーん……、塩一壺と、豆一
と、
「悪くない! けど、もう一声!
雉二羽あげるから、塩
豆食べたい!」
交渉がまとまった。
つい盛り上がってしまった……。
オレはニコニコしつつ、塩と豆を
「あれ?」
あたりを見回す。
母刀自は市では、あまり喋ろうとしない。
オレが口がわりになっているから、いつも一緒に行動するのに……。
とキョロキョロしていると、人波のむこうに手をふる母刀自を見つけた。
「母刀自!」
こっちだよ。
二人で市を歩きながら、美味しそうな握り飯を見つけた。
「うちの握り飯は
鹿の干し肉をじゅうっと
……旨いよ?」
と言うので、もう口の中に唾が湧いてきた。
豆一握り分、二袋と、握り飯二つを交換して、その場ですぐ母刀自と一緒に食べた。
(また次もこの
と固く心に誓った。母刀自も、
──美味しいね、美味しいね、
と言い、二人で目をあわせて、ふふふ、と笑った。
市から帰り、荷ほどきをしていると、
──ワーホイ!
と母刀自が嬉しそうに、手のひらにのるコロンとした壺と、
金色は、小さい小さいものだけど、
──この
こちらの小さい壺には、
「母刀自。……いくら?」
───うっ。
母刀自は動きを止め、声が消え入りそうに小さくなった。
──この二つで鎌三本。
「高い! 高すぎる!」
無駄遣いはよろしくない。
オレに叱られ、母刀自はしゅん、と肩を落とし、
──まあ、そう言わないで、
いえ、あなたがそう言うだろうとは、わかってたわ。
と言いながら、こちらの顔を自分の袖で優しくふいた。
いつもの
──それでも、本当に欲しかったのよ。
だって、こんなに良い細工の
ね?
あまり気はすすまなかったが、母刀自の好きにさせてあげる。
後頭部に
背中の中程まであるクルクルのくせっ毛は、ボワンと広がりつつ、腰の上まで届いた。
母刀自は、小さな壺から、椿油を手にとり、オレの髪に塗り、櫛で梳き、それを丹念に繰り返した。
たくさん油を塗ったので、あたりに薄く油の匂いが
母刀自はオレの髪を
「ふはむやおや〜、はえ……、」
──
はれ、
と鼻歌を唄いだした。
珍しい。
母刀自は、滅多に……、いや、ほとんど歌をうたったことがなかった。
よほど機嫌が良いのだろう。
「母刀自、綺麗な歌だ。」
と、なんだか胸が切なくなりながら、笑顔で言うと、
────ふふ。
母刀自も笑う。
母刀自は笑いながら、オレの髪を結い上げ、顔にも薄く、優しい手つきで油を塗ってくれた。
風にあたるとしょっちゅう切れて血がでる唇にも、小指でちょん、ちょんと油をたっぷり塗った。
そしてオレの頬を両手で包み、限りなく愛にあふれた眼差しでオレを見つめた。
────あたしの
これからは、もっと
あなたは
余裕ができたら、
あなたは、こんなに可愛いのだから……。
(母刀自、オレはそんなんじゃない。
ちゃんと、母刀自を守れるオレでいたいんだ……。)
そう思ったが、母刀自の上機嫌を壊したくなかったので、黙ることにする。
その後も母刀自は唄いながら、自分の髪、オレとそっくりなクルクルのくせっ毛を
たしかに、髪がつやつやになり、茜色の西日に反射している。
そうやって、二人で一壺分の椿油を一回で使い果たしてしまった。
母刀自は、うっとりとした顔で、艶のでた己の髪を何回も触っていた……。
(母刀自、綺麗……。)
最近の母刀自は、なんだかますます綺麗だ。
あの自分勝手な父が、どれだけ母刀自から
今は、生気が満ちて、
とは思ったが、オレはなんだか自分が似合わないことをしているようで、翌朝にはすっかり髪を
顔もわざと汚した。
オレはそれですっかり落ち着いたのだが、母刀自は
オレは
「昨日はその木綿の袋なかった。それも買ったの?」
と母刀自に鋭く聞く。
───まあ! 違うのよ、これは……。
母刀自は目を見開き、その後悲しそうに笑った。
瞳がきらりと光る。
──この撫子色の木綿はね、違うのよ……。
「ふうん。」
そんな綺麗な色の木綿、うちにあったの?
と思ったけど、オレはパッと背を向け、家の外へ出る。
もうその
オレにはやめてほしい。
──
と母刀自が家の中から叫んだけど、オレはもう庭の畑だ。
↓私の挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659619998782
↓かごのぼっち様から、ファンアートを頂戴しました。
かごのぼっち様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077113601887
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