第10話 テイマーと魔法使い

 海棲竜シー・サーペントの背から、傲然と見下ろす次女。

 巨大な泡の中で優雅に微笑む長女――


「あなたがたが有名なロンボルト姉妹ですか……」

「お! ウチらのことを知ってたか!」


 彼女らは、単に名家の娘というだけではない。

 二人ともこの若さにして、町に10人もいない中位の攻撃型スキル持ちなのである。

 

「それで、噂に高いお二人が俺になにか御用でしょうか?」


 次女のトリミンがにやりと笑んだ。

 特に合図したわけでもないのに、海棲竜が岸に近付く。


 彼女はずいっと身を乗り出して、俺を見下ろした。

 竜の背に乗っているため、堤防の上にいる俺よりも顔の位置が高い。


「親父がさぁ、あんたと一緒に出撃しろって言うんだけど」

「…………」

「ぶっちゃけ、邪魔なんだよねえあんたら。防御スキル持ちとか1ミリも役に立たないし」


 ちらっとエリーヌの方に目を向け

 

「そっちの赤毛ちゃんも上位スキル持ちとはいえ剣士でしょ? 海の上じゃ役立たずじゃん?w」

「あ゛!?」

「誤解があるようですが、出撃するのは俺だけです。この二人には町に残ってもらいます」

「「え!?」」


 エリーヌとルシードが同時に声を上げる。


「俺一人で行くつもりでしたが、町議会で決まったことなら、一緒に出撃させてもらいます」

「プッ」


 吹き出すトリミン。


「おまえ、話を聞いてなかったのかよ? 邪魔なんだよ、じ・ゃ・ま。『僕には無理です』って、町長に泣きつきな? 命は惜しいだろ?」

「いえ、出撃します」


 俺が言下に告げると、初めてトリミンの顔にいらだった表情が浮かんだ。

 

「おまえなぁ――」

「まあまあ、落ち着きなさい、トリミン」


 それまで黙って事の推移を見守っていた姉のカザリンが初めて口を開いた。


 巨大な泡の塊が、音もなくフワフワと宙を舞う。

 中のカザリンごと堤防の上に達すると、そこでパチンとはじけた。


「改めまして、お初お目にかかります、アレン様」


 芝居がかって見えるほど、綺麗な所作で一礼する彼女。


「アレン様、先日の広場での演説、拝聴させて頂きました。わたくし、大変感銘いたしましたわ」

「そうですか」

「ノブレス・オブリージュ。高貴なる者にはその立場にふさわしい義務と責任が生じる。まさにそのとおりかと存じます」

 

 彼女は、月見草のように控えめで上品な笑みを浮かべると、文言を唱え始めた。

 左手に持った杖を海面に向ける。


「メイルシュトローム!」


 次の瞬間、海の中に渦が生じた。

 渦巻は瞬く間に大きくなると、周囲の海水を切り裂くように漏斗状の穴を作る。

 直径20メートルはある大渦の中には、いくつかの巨大な影があった。

 海棲竜だ。

 少なくとも3匹はいる。


 トリミンがパチンと指を鳴らすと、3匹とも同時に器用に首だけを渦の中から突き出して見せる。


「よくしつけてあるだろ!」


 得意げな声で告げるロンボルト家の次女。

 

 カザリンが軽く杖を振ると、途端に海水が渦巻くのをやめた。

 あとには、何事もなかったかのように薙いだ海面が広がるばかりだ。


「高貴なる者にはその立場にふさわしい義務と責任が生じる。逆に申しますと、。そうなるとは思いませんか?」


 相変わらず穏やかな口調だが、俺は彼女の瞳の中に、妹に勝るとも劣らない、冷ややかな光を垣間見た。


「ま、そういうこった! わかったら、引っ込んでな坊主!」

「町はわたくしたちがお救いします。どうかご安心なさってくださいませ」


 これ以上の会話は無益と判断した俺は、噛みつきそうな表情のエリーヌと、いまだ地面にへたり込んでいるルシードを連れて、帰途についたのだった。




 ロンボルトの当主が家を訪ねてきたのは、その日の夜半だった。


「申し訳ない」


 開口一番彼は謝罪した。

 身なりは良いが、どこか疲れた雰囲気をまとう紳士だ。


「娘たちから話は聞いたよ……。さぞや腹を立てていることと思う」

「いえ別に。それより、こんな夜更けにどうしたんですか?」


 特権階級の者がわざわざスラムを訪れるなど、よほどのことである。

 しかも、俺はいままで彼と接点がない。


「頼む、アレン君! 娘たちを助けてやってくれ!」

  

 当主はいきなり土下座した。


「どうも嫌な予感がするんだ。娘の身に危険が迫っているような気がしてならない……」

「日中お二人のスキルを見ましたが、俺の目から見ても、偵察船一隻程度なら、簡単にあしらえるように思えましたが」

「私も同感だが、でも、とにかく悪い予感がするんだ」


 彼は年齢のわりには白髪の多い頭を振った。


「アレン君、私は君に、他の人にはない特別な物を感じるんだ……。どうかその力で、私の大切な娘たちを守ってやって欲しい」

「…………」


 この当主はいわゆる婿入りで、彼自身は片手剣の下位スキルしか使えないという。

 娘たちの代わりを務めることも叶わず、ひどくはがゆい思いをしているのだろう。


「…………わかりました。俺がどこまで役立てるかわかりませんが、全力を尽くします」

「おお! ありがとう!!」


 彼はぎゅっと俺の手を握った。


 さすがの俺もその時は夢にも思わなかった。

 まさか俺たちを待ち受けているのが、偵察艇ではなく、5万人からなる敵軍の本隊であるとは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パリィ無双 ~攻撃スキル至上主義の町で防御型の外れスキル『パリィ』を引いてスラムに追放された俺が、敵を倒しまくっていたら、いつの間にか英雄扱いされていた件 秘見世 @kanahellmer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ