第9話 海軍、迫る

 小高い土地に大邸宅が建ち並ぶ。

 代々攻撃スキル持ちを輩出してきた一族が住まう、この町における貴族街である。


 今、その中心にある市政の間に、町の重鎮たちが会し、ある議題について論じ合っていた。


「しかし、とんでもない事態になりましたな……」


 そう告げたのは、副議長を務める男だ。

 町長に次ぐこの町のナンバー2だが、彼の顔は紙のように蒼白である。


「5万の海軍がこの町に迫っている。その情報に間違いはないんじゃな?」

「間違いありません」


 町長の問いかけに首肯する副議長。


「王国軍の偵察によれば、敵の斥候は明日にも沖合に到達するとのことです」

「明日だと!?」


 室内がどよめく。


「早すぎる……これでは対策の立てようがない」

「もう町を捨てて逃げるしかないのでは……」


 数年前、隣国の王が代替わりし、軍隊を――特に海軍を急速に拡大し始めた。

 これに危機感を抱いた王国は、慌てて軍港をこの町の北に作り、敵の侵略に備えた。


 以来、にらみ合い状態が続いていたのだが――


「皆様方、慌てるのはまだ早いですぞ!」


 町長が声を張り上げる。


「聞けば、敵の斥候はただ一隻。まずはこれを撃沈し、時間を稼ぎましょう」

「……たしかに。逃げるにせよ、準備というものが必要ですからな」

「それで誰が迎え撃つかですが――ロンボルトさん!」


 居並ぶ重鎮たちの目が一人の男に集中する。

 名指しを受けた壮年の男性は、ぎくりとした表情を浮かべた。


「……なんでしょう?」

「あなたに――いやあなたのご息女たちに、この件を一任したい」

「え…………」

「お嬢さん方はお二人とも中位の攻撃スキルをお持ちでしたな?」

「い、いや、待ってください! 娘たちはまだ年若くて、とてもそんな大役は務まりません!」


 必死に抗弁するが、彼を見る周囲の目は冷たかった。


「ロンボルトさん、先日の巨人はあなたのご子息、ディミトリ君が召喚したとすでに調べはついております」

「…………」

「いまだご子息が行方知れずなのは同情しますが、さすがに最低限の責任はとって頂きませんと、私どもとしても困るのですが」

「――ッ!」

「ご心配にはおよびませんよ。斥候を排除したら、本隊が来る前に帰還してもらって構いません」

「そうそう。一隻沈めたら戻ってくればいいだけの話。娘さん方のスキルなら絶対安全だ」

「なんなら、例のアレン……君にもお供してもらいましょうか。町の英雄だし、喜んで行ってくれるでしょう」


 町長と副議長にかわるがわる畳みかけられ、閉口するロンボルト氏。

 しばらく押し黙っていたが、やがて苦い口調で告げる。


「…………わかりました。ただし、これっきりで、お願いしますよ」

「もちろんです」

 

 町長と副議長は満面の笑みを浮かべた。



 

「うまくいきましたな」


 全員が退室すると、副議長が言った。


「残念ながら、この町はもう終わりだ。財産を運ぶ手はずが整ったら、一刻も早く逃げ出さねば」


 ――あの男の娘たちと、屑スキル持ちの小僧が時間を稼いでいるうちにな……


 町長は非情な眼差しを窓の外に広がる街並みに向けた。


*****

 

 町の西側は海に面している。

 俺とエリーヌは、新しく俺の弟子になったルシードを連れて、そちらのエリアの波止場まで来ていた。


「いくよーっ!」


 エリーヌが木剣を振った。

 俺は鍋蓋でその攻撃を弾く。


 ――ドン


 ぐるんと半回転する幼なじみ。


 俺は右手に持った木剣で、エリーヌの剣先をちょんと慎重につついた。

 瞬間――


 パァン!


 乾いた音を立てて、木の剣がはぜる。


「実験は成功だな」

「いやー、ホントすごいなぁ……武器も一撃で木っ端みじんとか。最強じゃない?」

「どうかな」


 使い方次第では強力なスキルになりそうだが、課題も多いというのが今のところの俺の所感だ。


 会話する俺たちの傍らでは、ルシードが両手を組んで、キラキラした目でこちらを見つめている。


「すごいです、アレンさん……」

「そのアレンさんはやめてくれないか? 同い年だろ」

「はい! アレン!」


 ふーっとため息を吐き、頭を振る。

 さっきからずっとこの調子だ。

 

 よほどこの前の巨人退治に感銘を受けたと見えるが、残念ながら俺はそんな眼差しを向けてもらえるほど大した人間じゃない。

 この前の一戦だって、まぐれで勝ったようなものだし。


「……おまえがアレンだな?」


 その声に俺は振り返る。


 しかし、そちら側には海が広がっているばかりだ。

 空耳かと思って前に向き直ろうとしたとき、「ここだ!」という声が再び響いてきた。


 視線をおろすと、うねる海面の上に誰かが立っていた。


 ラフに跳ねた短髪に浅黒い肌の女子。

 大きな瞳がぎろりとこちらを睨み上げている。


「あんたか、いま俺を呼んだのは?」

「そうだ!」


 彼女が言い放つと同時に、海面がぐぐっと持ち上がる。

 なにかが海中から姿を現した。


「ひぃぃぃぃぃっ!?」


 ルシードが悲鳴を上げる。


 海棲竜シードラゴンだ。

 しかもかなり大きい。

 一部しか見えていないが、少なくとも全長20メートルはあるんじゃないか。


 そして、その背中には先程の少女が乗っていた。

 彼女は海の上ではなく、この生物の上に立っていたのだ。


「ふん! 弱そうな奴だな」


 彼女は腕を組みながら、俺をジロジロ値踏みする。


「ホントにあのギガンテスを倒したのかぁ?」

「…………」


 無言で彼女を見返す俺。

 その傍らで、「ああんっ!?」と言いながらガラの悪い目を向けるエリーヌ。

 腰を抜かしてへたり込むルシード。


 少女は、そんな俺たちを見下したように一瞥すると、ふいに少し離れた海面に声を投げた。


「姉貴! どうやらこいつで間違いなさそうだぜ!」

「その呼び方はおやめなさいと、いつも申し上げているでしょう」


 返事はから聞こえた。


「ええ!?」


 さしものエリーヌも頓狂な声を上げる。


「あら? わたくしとしたことが姿もお見せしませんで、申し訳ございません」


 巨大なシャボン玉のようなものが、ゆっくり海面にせりあがってきた。


 その中には、ウェーブのかかった長い金髪に縁どられた美しい女性が立っていた。

 彼女は上品な笑みを浮かべ、優雅に一揖いちゆうする。

 

「初めまして、アレン様」


 ――聞いたことがある

 

「テイマーの妹に魔法使いの姉……もしやあなた方は――」


「そうだ! ロンボルト家の天才姉妹、トリミンとカザリンとはウチらのことだ!」


 仁王立ちでふんぞり返る妹と、やたらと気障なポーズをきめる姉を前に、俺は(なにかめんどくさそうなのが現れたな……)という気持ちを懸命に押し隠すのだった。

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