第8話 弟子入り志望の少女

 三日後。

 スラムへの引っ越しを終えた俺は、幼なじみと食事を共にしていた。


「エリーヌ、怪我はもう大丈夫なのか?」

「あー、平気平気。いちおう上位の戦士系スキル持ちだし、回復力も半端ないから」


 事も無げにそう告げる彼女。

 全身打撲の上に骨も数か所折れていたはずだが、幸せそうにバケットをぱくつく姿からは、そんな傷を負ったことなど微塵もうかがえない。

 治療師に回復魔法をかけてもらったとはいえ、なんとも凄まじい生命力だ。


「それより、アレン君の方こそいいの?」

「というと?」

「いや、その……」


 言い淀むエリーヌ。

 きょろりとさりげなく安普請の室内を見回す。

 

「こんなところ……って言ったらアレだけどさ、町を救ったんだし、今までの家に住み続けることもできたんじゃない?」


 この町では防御型スキル持ちと判明次第、町議会からスラム行きを申し渡されてしまう。

 しかし、法律でそのように定められているわけではないし(そもそも王国の一地方都市に勝手に法を制定する権限はない)、抗議しようと思えばできないこともないのだ。

 白眼視されることを覚悟すれば、であるが。


「たしかに今回の件を交渉のカードにすれば、可能だったかもな」

「じゃあなんで――」

「エリーヌ、再三言っているが、俺はこの町を変えたいと本気で考えている」

「それは知ってるけど」

「個人的な実績を持って特例扱いを受けることは可能かもしれない。だが、それは周りの人間の目にどう映ると思う?」

「…………」

「スキルによるくだらない住み分けなど、いずれ撤廃されるべきだとは俺も思っている。しかし、それは町全体で行われなければ意味がないんだ」


 エリーヌはしばしの間、俯いていたが、「わかった」と短く告げた。

 どうやら納得してくれたようだ。


「それはそうと、俺のスキルに新たな効果が追加されたみたいなんだが」

「え? もう!?」


 彼女が驚くのも無理はない。

 スキルは経験とともに成長してゆくが、それには莫大な時間と労力が必要だ。

 普通は何年がかりという作業なのである。


「ひぇー、あの巨人、やっぱりやばかったんだねぇ。一体倒しただけで新スキル獲得とか……」

「そのようだな」

「で、どんな効果だったの?」

「どうも装備品にダメージを与える類の物らしい」


 ――付与効果、武器破壊を取得しました


 巨人を倒した直後、俺の頭にそんな声が響いてきた。


「攻撃を弾いたあと、武器を狙ってカウンターを入れるとその武器にダメージを与えることができるらしい」

「へえ! じゃあさっそくためしてみよっ!」




 俺たちは表に出た。

 すると、家の前で意外な人物が待ち受けていた。


「と、とつぜん、すみません!」

「君はたしかあの時の……」

「はい。ルシードと申します」


 ぺこりとおかっぱ頭を下げる少女。

 彼女は、先日ディミトリからタチの悪い嫌がらせを受けていた、このスラム街の住人だった。


「俺になにか用でも?」

「あ、いえ、あのその…………」


 そわそわと視線をさまよわせながら、くちごもる彼女。

 この前もそんな印象を受けたが、かなり引っ込み思案な性格らしい。

   

 彼女は意を決した顔になると、初めて俺をまっすぐ見据えた。

 

「わ、わたしを弟子にしてくださいませんか?」

「は?」


 と言ったのは、エリーヌだ。


「いや、いきなり何言ってんの?w」

「こ、この前の戦いを見て、わたし、すごく感動して……」


 キラキラと潤んだ眼差しを俺に向ける。


「防御スキル持ちでも、あんな風に活躍できるんだなあって。それで、わたしにも何かできることはないかなと思ったら、いてもたってもいられなくなって」

「ふむ……」


 俺は顎に手を添えて考えを巡らせる。


 この町がいびつな階級社会になっている原因は、攻撃スキル持ち一派が特権を手放さないからだ。

 しかし一方で、他の住人達も因習に縛られ、ほぼ無抵抗に状況を受け入れているという事実が残念ながら存在する。


 俺が活躍することによって、彼らの意識が徐々にでも変わっていったらいい、とは思っていたが……

 

「さっそく、そういう人が出てくれたのは嬉しいな」

「! じ、じゃあ――」

「しかし、俺は現時点ではただのプー太郎だ。他のちゃんとした人――たとえば、このエリーヌなどに弟子入りした方がいいだろう」

「い、いえ!」


 ルシードはきっぱり首をふった。


「アレンさんがいいんですっ! よろしくお願いしますっ!」

「だが、教えたくても、俺には教えられるようなことは何もないぞ? ただ一緒にいるだけみたいな感じになってしまうが……」

「それで構いませんっ!」


 ここまで言われては是非もない。


「わかった。では、君を弟子にしよう」

「ありがとうございますっ!」


 ぺこりといきおいよく頭を下げる彼女。


 対して、エリーヌはなぜか不満げな顔をして、値踏むような眼差しをルシードに向けている。


「弟子ってことは四六時中一緒にいるってことよね……この私以外に……」


 なにやらブツブツ言っているが、とりあえずそろそろパリィの実証テストに移りたいのだが。


 血相を変えた町民が大声で叫びながら、通りを駆けてきたのはその時だ。


「た、大変だーっ! 隣国の大軍が攻めてくるぞぉーっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る