第7話 町長は批判される ―町長視点―

 ――まったくけしからん


 わしは心底腹を立てていた。


 町のすぐそばに伝説級の魔物が現れるという事態に、ビビって――いや、少々虚を付かれて、わしは逃げ……一時的な戦略的退避の決断をくだした。

 

 他の攻撃スキル持ちたちと共に、南の門から草原へ出て、町の様子をうかがっていたのだが、突如巨人の姿が消えたので、状況を確認するべく町へと戻ってきたのである。


 そうしたら、なんだ?

 なぜ住民たちがアレンなんぞに頭を下げている?


「やめないか、おまえたち!」


 義憤に駆られたわしは、大声で彼らを怒鳴った。

 最下層の身分である防御スキル持ちに一般市民がこうべを垂れるなどという事態は、絶対あってはならないからだ。


 広場が水を打ったように静まり返る。


「とりあえず、なにがあったか説明しなさい」


 わしの言葉に、一人の男がおずおずと口を開いた。


「……そこのアレン君が巨人を倒してくれたんです」

「なにぃ!?」


 わしはぽかんと口を開いた。


 ……いったいなにを言っているんだ、この男は。

 外れも外れ、大外れの下位防御スキル持ちのあのガキがギガンテスを退治しただと?


「そんなはずがないであろう……」


 呆れて首をふる。

 奴のスキルでは、ゴブリンさえまともに倒せまい。


「いえ、私はちゃんと見ました!」


 少女が叫んだ。

 身なりからしてスラム住まいだろう。

 つまり、こいつも防御スキルの持ち主だ。


 徐々にからくりがわかってきた。


「……おまえたち、騙されているのにも気づかんのかっ!」


 わしは正義感に満ちた声を迸らせた。


「そんな話は貧民街の連中が口裏を合わせて作ったに決まっておろうがっ! 目を覚ますのだっ」

「いえ、私たちも間近で見ました」


 子連れの母親がきっとこちらを睨みながら、告げた。

 この親子は一般市民のようだ。

 

 それを口火に、広場の連中が次々と証言する。


「なんか見たことのないスキルで巨人の目玉を一瞬でぶっ壊したんですよ!」

「すげー威力だったっす!」

「そのへんの攻撃スキルより、確実に強いと思いますよアレは」


 聞き捨てならない台詞に、海より広いわしの寛大さも限界をむかえる。


「いい加減にしろっ!」


 わしの大喝に広場が再び静まり返った。


「防御系スキルなんぞ、一つの例外もなく役立たずだ! 町の貴重な人材である攻撃スキル持ちと比べるんじゃなぁぁぁぁいっ!」


 わしの発言に、背後に控える町の重鎮たちも続く。


「まったく嘆かわしいですな」

「攻撃スキルと防御スキルの優劣なんて、わたくしの5歳になる娘にもわかることですのに……」

「そもそもこの町がいままで平和を保ってこられたのは誰のおかげだと思っているのか。そこを考えれば、そんな発言は出るまいに」


 

「だが、あなた方は逃げましたよね?」


 

 妙に毅然とした声が響いた。


 わしと重鎮たちは、声の主へ目を向ける。


 年にそぐわぬ怜悧な眼差しの少年。

 アレンだ。


 わしは冷ややかな口調で告げた。

 

「……市民をたぶらかすだけでは飽き足らず、我々の高尚な会話の邪魔しようというのかね、君は? 恥を知りたまえ」

「恥を知るのは、あんたらだっ!」


 居並ぶ群衆の中から叫び声があがる。


「なっ――」

「アレン君は――いやアレンは俺たちを命がけで守ってくれたんだぞっ! あんたらはただ町から一目散に逃げだしただけじゃないかっ!」

「「「そうだそうだ!!」」」


 一般市民たちは口々にわしらを罵倒しながら、憎悪と嫌悪の目を向けてくる。

 こんなことはこれまでに一度もない。


「ぐっ――! お、おまえたち、恩知らずも大概に――」

「謝れよ!」

「そうだ! 俺たちに謝れ!」

「アレンさんにもだっ!」


 凄まじい糾弾の声がわしと重鎮たちに浴びせかけられた。

 思わずたじろいで、わしは二、三歩さがる。


 その喧騒を割ったのは――


「俺のことはどうでもいいです」


 またしてもアレンの声だった。

 対した声量でもないのに、それだけで市民が静かになる。


「だが、ノブレス・オブリージュという言葉があるでしょう?」

「……なんの話だ?」

「あなた方にはいざというときに市民を守らねばならない義務があったはずだ。それを放棄したのだから、やはり謝罪が必要ですよ」

「き、きさまあああぁぁぁぁぁっっっっ!」


 ――この小僧、卑しいスキル持ちのくせして、誰に向かって上から目線で物申しているんだ! 


 わしの怒りは頂点に達したが、奴はそんなわしをむしろ憐れむような眼差しで見つめる。


 それを見たわしの怒りが限界突破したのは、いうまでもない。


 だが――


「「「「「し・ゃ・ざ・いっ! し・ゃ・ざ・いっ! し・ゃ・ざ・いっ!」」」」」


 町民たちは足を踏み鳴らし、声をそろえて叫び始めた。

 目が血走り、不穏な空気がビリビリと肌に伝わってくる。


 控えめにいっても暴動寸前なのは、明らかだった。


「町長……このままではまずいのでは……」

「形だけでも謝罪した方が良いかと……」


 背後から重鎮たちがひそひそとわしに伝えてくる。


 ええい、そんなことは言われずともわかっておる!

 

 だが、わしが一般市民に謝罪じゃと?

 高貴な攻撃スキル持ちである、このわしが…………


「……………………………………………………………………………………申し訳ありませんでした」


 わしは恥辱に顔を真っ赤に染めながら、頭を下げた。


「カス! 声がちいせえよ!」

「土下座しろやっ!」


 唇を血が出るほど噛み締め、わななくわし。

 年甲斐もなく涙が出てきた。


 高ぶる群衆をいさめたのは、またしてもあの小僧だった。

 

「まあここまでにしておきましょう」

「……アレンさんがそう言うなら」

「町長、事後処理はしっかりお願いしますよ」


 奴は居丈高にそう告げると、もうわしに興味を失ったとばかりに背を向けて立ち去っていった。


 わしは悔しさに全身を震わせながら、その後ろ姿を見送ったのだった。


*****


 わしの耳に新たなる脅威の知らせが入ったのは、それから三日後のことだ。


「ち、町長! 大変ですっ! 軍港がなくなったので、隣国が攻めてきます! その数5万人以上で、まっすぐこの町に向かってくるそうですっ!」

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