第6話 アレン、感謝される

「おおおおおお、なんということじゃ! あの伝説の魔物、ギガンテスを一撃で!?」


 老人が震え声をもらす。


 スラムの出口で俺たちと会話を交わした、あのお年寄りだ。


「わしは80年生きてきたが、あんな凄まじい技は聞いたこともない! いったいどのような攻撃スキルだったのですかな!?」

「いや、防御スキルですが」

「ご冗談を」


 彼は乾いた笑みを浮かべた。


 俺は足元の小石を拾うと、真上に投げた。

 頭の上に落ちる直前、鍋の蓋で払う。


 ――ドン


「おおお、その音は先程の!?」

「おじいちゃん! ガードする時にスキルが発動したんだから、本当に防御型なんだよ!」


 老人の孫と思しき女の子が初めて口を開いた。


 俺はその時ようやく、その子がディミトリにいじめられていた例の少女であることに気付いた。


「とにかく誰か人を呼んでくれませんか。俺の幼なじみが負傷して動けないんです」


 老人はすぐさまスラムの住人達を集めてくれた。


「エリーヌさんの救助は私どもが責任を持って行います!」

「アレンさんは広場に行って、状況説明をお願いできますでしょうか?」


 正直、エリーヌの様子が気がかりで仕方なかったが、命に別条がないことはすでに確認している。

 市内はまだ混乱しており、避難で多数の怪我人も出ていた。

 早々に事態の終了を宣言しないと、よからぬことが起こりそうだ。


 市民としての責務を果たさねば――

 

 俺は広場に向かった。


 町で一番開けた場所には、自然と多くの人々が集まっていた。

 大半はまだなにが起こったのかわからないようで、様々な憶測を口にしている。


「巨人はどこへ行ったんだ!? いきなり消えたぞ」

「もういなくなったのかしら? ……でも、現れた時も突然だったし、きっとまた――」

「っていうか、あの尖塔にぶっ刺さってる、不気味な目ん玉はなんなんだよ……」


 その時、誰かが俺に気付いて指を差してきた。


「おい! あの坊主がさっき北の門を出て行くのをみたぞ!」

「あいつはアレンじゃないか?」


 この町では顔が割れているため、幾人かは俺の正体に気付いたようだ。

 わらわらと取り囲むように迫ってくる。

 

「……お前、いったいなにをしに、出て行ったんだ?」


 一人が無遠慮な眼差しでジロジロ俺を眺めながら、詰問した。

 

「もちろん巨人を止めるためだ」


 俺のこたえに相手は一瞬きょとんとして、それから腹を抱えて笑い始めた。


「お、おまえ、冗談も大概にしろよ、防御スキル持ちのおまえになにができるっていうんだよwwwww」


 他の連中もドッと笑う。


「……とにかく巨人はもう倒した。危険は去ったから安心していい」


 広場全体が爆笑に包まれた。

 緊張感の反動か、ヒステリックな笑いの渦はなかなか収まりそうにない。


 ――まいったな


 俺は内心嘆息をもらす。

 

 別に人に認められたくてやったわけじゃないから信じてくれなくてもいいのだが、敵がすでにいなくなった事実だけは周知してもらわねば困る。さもないと、人々の不安がいつまで経っても消えないだろう。


 俺がどうするか思案していると、突如メリメリという音が聞こえてきた。


 顔を上げると、例の串刺しになった巨人の眼球が見えた。


 尖塔の頂上付近が斜めに傾いている。

 目玉の重さに耐えきれず、折れつつあるようだ。


 メリメリメリ――


 尖塔は再度不吉な音を上げると、次の瞬間、へし折れた。


 広場にいた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。


「だ、誰か! うちの子を助けてぇーっ!!」


 女性の金切り声が俺の耳朶を打つ。


 見ると、逃げ遅れた幼い少女の上に、直径5メートルは下らないであろう巨人の眼球が落ちようとしていた。


 俺は全力でそちらまで駆けると、間一髪で鍋の蓋を頭上に振った。


 

 ――ドン


 

 眼球が宙でぐるんと半回転する。

 俺は特大のスライムじみたその表面に、思い切りパンチを叩き込んだ。



 バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!



 水袋が破裂するような音が広場に響き渡る。

 ばしゃあああああああ、と眼球に含まれていた水分が辺りに噴水のように降り注いだ。


 広場がシーンと静まり返った。


「大丈夫だったか?」


 俺は少女に確認する。

 こくりとうなずく彼女。


「あ、ありがとうございますっ!」


 母親が少女を抱きしめつつ、俺に礼を告げた。


 住民たちは遠巻きに俺たちの様子をうかがっていたが、そのうちの一人がぽつりと呟いた。


「……ホントにあいつが倒したんじゃないか?」


 それを合図に彼らはひそひそと囁き交わし始めた。


「今の技で巨人を倒しやがったんだ! 間違いねえぜっ!」

「嘘!? あれスキルなの? あんな攻撃スキルみたことがないわっ!」

「いや、アレンのスキルはそもそも防御型のはず……」


 その時、大きな声が上がった。


「みなさん、お礼は言わないんですか?」


 声を張り上げたのは、見覚えのある少女だった。

 例のおかっぱ頭の防御スキル持ちの女の子だ。


「彼は命がけで巨人を退治してくれたんですよ? まずはお礼を言いましょうよ」


 そして、「ありがとうございますっ!」と自ら率先して俺の方に頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「お兄ちゃん、ありがとう!」


 ついで、先程の母と娘が頭を下げる。


 それを皮切りに広場の市民たちが、次々と俺に礼を言い始めた。


「……その、ありがとうな。おまえは命の恩人だ」

「君がいなかったら、今日で町の歴史が終わってたよ。本当にありがとう!」

「ありがとうございます! それからバカにしてごめんなさい……」


 ある者はためらいがちに。

 またある者はあっけらかんと。

 

 礼を告げたあと、謝罪する者も多かった。

 中には泣きながら土下座する人までいる始末だ。


「いや、別に俺は――」

「おまえたち、なにをしているっ!」


 突然、背後で大声が上がった。


「あ、あなたがたは……」


 誰かが呟く。

 振り返ると、そこにいたのは町長と攻撃型スキル持ちの町の重鎮たちだった。

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