エピローグ 物語が始まる時……

 シーナ先生はその本をじっと見つめた。


 負担にならないように、様子を見て渡してほしいと願うと、「わかりました」とそのページを片手でめくり始めた。


 先に中身を読んで大丈夫かどうかを確認するつもりなのだろう。


 ネットで創作活動をした人なら、心の栄養になると思う。いろいろ考えたけど、これくらいしか思いつかなかった。正解かどうかは分からない。もっと歌い手寄りの本のほうが良かったのかもしれない。


「いい装画ですね。構図も素敵です。この舞っている紙は原稿でしょうか。人物にピントを合わせ、クローズアップしつつ、焦点のあってない紙を配置して、奥行き感のある絵にしていますね。浮遊感もあります。それに私好みの青です」

「いえ、青というより、この本の表紙は、白というべきでは……」

「いいえ。ほら、この青は美しいです」


 表紙は目を閉じた悲し気に見える少女が、ふわりとした白い服を着て、白い背景の中に立っているシンプルなものだ。そしてシーナ先生が言う通り、奥行き感を伴い、物語性を感じさせる装画になっている。


 その周りには水滴が涙のように飛び交い、浮遊感を醸すドラマチックなシーンだ。そして青はタイトル文字に一部。


 確かに澄んだ美しい青だ。


 シーナ先生は目を輝かせて微笑んでいる。

 大丈夫だ。いつものシーナ先生だ。

 

 牧村佳がこの本を気に入るかどうかまではわからない。気が向いたときに読むと良いかもしれない程度だ。いますぐじゃなくてもいい。


 開いた窓から、ふわりと春の柔らかい風が病室に舞い込む。

 ベッドの上でシーナ先生の短い髪が揺れ、ページが風に乗ってめくられた。


  ◇


 本屋の中で、数ある本の中から、少し気になる装画を見つけたら、その本を手に取り、帯の煽り文句を読み、そして、その中の物語を想像する。


 いったい、どんな物語なのか……。これは何のシーンなのか……。

 主人公の身に、何が起こってしまうのか……。どんな主人公なのか……。


 本屋で巡り合ったその本は、きっと、今の自分に必要な物語だ。

 時に物語は、厳しい世界を教えてくれることもあれば、心に栄養を優しく注ぐこともある。


 装丁師は、その読者の心を推理する。

 読み始めと違う印象になる、その読後感を最大化しようと仕掛けている。


 読み終わった時、もう一度、その本の装画を、ただ眺めてみよう。

 あなたの読後感は、言語を超え、あなたの浸る世界を拡張するでしょう。

 

  ◇


 さて。僕はこの話を、ネットにあげることにした。

 カクヨムは、いつも活動している場とは違うサービスだ。これなら、僕の過去の作品から、どこの高校の話なのかもバレずに済むだろう。


 物語の終わりは、登場人物にとっては新しい物語の始まりともなる。


 僕の話も、牧村佳のその後も、シーナ先生と僕の今後も、ここから先はあなたの心の中で始まるあなたの物語。


 それがこの装丁のない物語の読後感だ。


   (了)




☆☆作者より☆☆

 お読みいただきありがとうございます。

 黒岩君とシーナ先生の物語はこれで終わりです。

 ★を入れてくださった読者の方々、本当にありがたく……。感動しています。

 最後に蛇足のエピローグを足しました。

 

 わけあって、コメント欄は閉じておりますが、読者の方々が「モノ言いたい!」とあれば、コメント欄を開くか……実は迷っています。

 とりあえず、近況ノートを開きました。


 応援くださった皆々様、本当にありがとうございました!


☆☆4/28 追記☆☆

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その推理は『装丁』を超える ✿くろの✿ @kuroro13

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