第2話

「……キ、ユキ」

「ん……もとにぃ……?」


 ゆさゆさと揺すられて、ぼんやりしながらもゆっくりと目を開ける。目の前には基兄もとにいのかっこいい顔があって、それだけで俺はふにゃりと笑ってしまった。


基兄もとにい、おかえり……」

「ただいま。ところでユキ、それ、どうした?」

「う、ん……なに……?」


 基兄もとにいの視線を感じてぼんやりしたまま自分の胸元を見る。いつもはグレーや紺色のTシャツをパジャマ代わりに着ているのに、なぜか真っ白なシャツが目に入った。


「あれ……?」


 なんでシャツなんて着ているんだろう。しかも明らかに俺のサイズじゃない。下のほうのボタンは閉じているのに上のほうはなぜか二つくらいが開いていて、自分の胸がチラチラ見えてハッとした。


「これ、基兄もとにいの……」


 白いシャツを持ったことは覚えている。基兄もとにいが着ているのを思い出して、それでますます寂しくなって顔を埋めてしまった。それだけでも十分変態っぽいのに、そのシャツを着ていたってことだ。

 でも着た記憶はない。自分が着ていたTシャツを脱いだ記憶もまったくない。どういうことかわからなくてアワアワしてきた。


「待って、これ、ちがうから……っ」


 勝手にシャツを着ていたことに動揺して、寂しがっているのがバレるかもしれないと思ったらパニックになった。そもそも勝手に服を着るなんて変態すぎる。慌てて脱ごうとしたけど、たった数個のボタンがうまく外せなくて余計に焦った。


「なんだ、俺のこと誘ってるのかと思ったのに」

「…………は?」

「だってその格好、どう考えても彼シャツだよな?」

「…………ぇ?」


 基兄もとにいの言葉に、焦ってワタワタしていた指がぴたりと止まった。

 もう一度自分の格好を見る。大きな白いシャツは太ももまで隠れる大きさで、袖も手の半分くらいが隠れる長さだからサイズがまったく合っていない。たしかに漫画とかで見たことがある彼シャツにそっくりだ。


(っていうか、何で太ももが見えてるんだよ!?)


 着ていたはずのズボンがどこにもない。脱いだ記憶なんてないのにと頭が真っ白になった。


「なんで……!?」


 顔がカァッと熱くなった。これじゃあ基兄もとにいが言ったとおり誘っていると思われても仕方ない。パンツは穿いているけど、太ももが見えているせいかすっぽんぽんに見えて余計に恥ずかしくなった。

 こんなの、変態すぎる。いくら両思いの恋人でも俺は男だ。可愛い女の子がするなら基兄もとにいも嬉しいだろうけど、素足はどう見ても男にしか見えない。こんなものを見せられたら絶対に引く。

 俺は必死に言い訳を考えた。それなのにパニックになっているからか何も思い浮かばない。それでも違うんだと、シャツを着ている理由は俺にもわからないんだと訴えたくて必死に基兄もとにいを見つめた。


「うーん、やっぱり俺のこと誘ってるよな?」


「違う」と口を開きかけたところで、近づいてきた基兄もとにいに唇をかぷりと食べられた。


「んぅ……っ! ん、ん……っ」


 かぷかぷと噛まれるだけで背中がゾクゾクする。言い訳をしようとしていたことも、自分の格好を恥ずかしいと思っていたことも、全部が一瞬にして吹き飛んだ。


「キス、気持ちいいな?」

「っん、きもちい……も、っと……」


 俺のファーストキスの相手は基兄もとにいだ。キスにはいろんなやり方があるってことを教えてくれたのも基兄もとにいだった。

 俺は基兄もとにいとしかキスをしたことがないけど、たぶんキスが上手なんだと思う。そうじゃなきゃ、初めてしたキスをすぐに好きになるはずがない。基兄もとにいの唇を見るだけでドキドキして目が離せなくなるなんてこともないはずだ。

 俺はキスが好きで、でも自分からはできなくて、だからしてもらうとすぐにねだるような仕草をしてしまう。いまも基兄もとにいの服をぎゅうっと掴みながら、ぐいぐいと自分の唇を押しつけていた。


「いつの間にかこんなにエッチになっちゃって。そんなヨシタカも大好きだけどな」


 触れるか触れないかくらいの距離でそんなことを言われて、俺の体がビクン! と跳ねた。

 基兄もとにいはずるい。いつもは「ユキ」って呼ぶくせに、こういうときだけ「ヨシタカ」って呼ぶ。そのせいで、俺の体は「ヨシタカ」と呼ばれるだけでとろとろに蕩けるようになってしまった。

 こんなふうになったら、いくら逃げようとしても基兄もとにいから逃げることはできない。それがほんの少し怖くて、すごく嬉しい。

 俺は基兄もとにいが好きだ。名前を呼ばれるだけでこんなふうになってしまうくらい大好きだ。きっと好き好きオーラ全開だろうし、そんな俺に呆れていないか心配になることがある。

 でも、基兄もとにいはいつも「大好きだよ」と言ってくれる。仕事で疲れているはずなのに、こうして俺にキスもしてくれる。それだけで俺はいつもホッとできた。「基兄もとにいも俺のことを好きでいてくれる」と思ったらますますホッとしてきて、大きな胸にゆっくりと身を委ねた。

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部屋とシャツと大好きな人 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO

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