部屋とシャツと大好きな人
朏猫(ミカヅキネコ)
第1話
「
時計を見たら、もうすぐ二十二時だ。昨日は二十三時前だったし、まだ帰って来ないのかなと思いながら玄関のほうを見る。
希望どおりデザイン事務所に就職した
「前よりももっと一緒にいられると思ったんだけどな」
俺が
最初は本当の兄のように思っていた。小学校に通い始めてからも自宅に帰るより先に隣に行って、帰りを待ち構えるくらい
そんな俺の気持ちに最初に気づいたのは
「ユキってさ、
言われてドキッとした。それを誤魔化すように「ユキって呼ぶな」と怒ってみせたけど、
「いいじゃん、別に。それにユキくらい可愛かったら
「イチコロとか、
「でも、可愛い顔でよかったって思ってるでしょ」
言われて、ほんの少しだけそう思った。だって、顔だけでも可愛ければ
俺、
周囲も似たようなことを思ったらしい。二人揃って教室の前に立っていたら、双子の姉妹だと勘違いされて写真を撮られまくった。ナンパもされるし、挙げ句の果てには尻を触ってくるキモい奴らまで現れた。しかも触られるのは俺ばかりで、
「そりゃあわたしはこんなに可愛いんだもん。護身術を身につけてるに決まってるじゃん」とは
「そもそも双子カフェってなんだよ。意味わかんないし」
たしかに見た目はそうだったかもしれないけど、何よりみんなが俺のことを「ユキ」と呼ぶのが勘違いさせた大きな要因だと思っている。
もともと俺のことを「ユキ」と呼んでいたのは母さんと
「まぁ、
というより、できれば
「そもそも
あれは絶対におもしろがっている。俺が
そう思うとムッとするけど、
「
社会人の
俺の引っ越し当日と翌日は休みをもぎ取ってくれたけど、一緒に夕飯を食べたのは数えるくらいで休日が被ったのは一回だけ。働き方改革とかあちこちで聞くけど、
「そのうち泊まりになるのかな」
いまは何とか終電までには電車に乗ることができるみたいだけど、どうしようもなく忙しいときには泊まりもあるんだって話していた。
仕事だから、そういうのも仕方ないとわかっている。体が大丈夫なのか心配にはなるけど、大学生の俺に仕事のことはわからない。こうして「頑張れ」と応援することしかできない。
「わかってる。でも
社会人になってからの
「大人でかっこいい人が現れたら、俺どうなるんだろ……」
俺みたいな年下の学生で、しかも女顔ってだけの幼馴染みの男をいつまで好きでいてくれるのか不安になる。
そのことで
「どっからどう見ても
「そ、んなことは、あったら嬉しいけど」
「そんなことしかないの! どっちかって言ったらユキのほうが心配されてたんだからね?」
「心配?」
「だって、わたしから見ても危なっかしいもん。自分がどんな目で野郎共に見られてたのか全然わかってないし」
相談に乗ってくれるのは嬉しいけど、
「うん、きっとまだいろいろ慣れてないからだ」
「それに家事とかも初めてのことばっかりだし」
二人暮らしをするにあたって、母さんから「掃除くらいはしっかりやんなさい!」といろいろ叩き込まれた。おかげでキッチンや風呂場はいつも綺麗だと思うし、
我ながらよくやったと自画自賛しながら部屋を見回した。元々物が少ないからか、すっきりしすぎてあまり生活感がない。そう思ったせいか、急に寂しくなってしまった。
いつも賑やかな家にいたからシンと静まりかえった部屋にいると不安になる。ちょっと前までは気を紛らわせようとテレビをつけっぱなしにしたりしていたけど、余計に寂しくなって最近では電源を入れる回数も減ってきた。
「もう寝ようかな」
こうした独り言が増えたのも
ちょっと涙が出そうになって、慌てて寝室に入る。寝室には
ベッドの脇には小さなテーブルがあって、その隣にクローゼットがある。もちろん俺の服も入っているけど、三分の二くらいは
クローゼットの側に置いたハンガーラックには、まだアイロンをかけていない真っ白なシャツと柄物のシャツが掛かっていた。明日、両方とも俺がアイロンをかけようと思ってかけたものだ。
「
シャツを見たら、なんだか無性に会いたくなってきた。洗濯したあとのシャツだから
「もとにぃ」
白いシャツを抱きしめながらベッドの寝転がった俺は、「
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