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田上耳鼻咽喉科の診察室。耳鼻科の医師会が発行している機関誌を眺めながら田上医師は溜め息をついた。
——そうか、やっぱり……。
『カシャカシャ病』の特集記事。そこに書かれていた事実をどう受け止めていいものか。それはカシャカシャ病の第一人者である研究者と取材者のインタビュー記事だった。
『カシャカシャ病(サイコロゾロ目病)は人から人へ伝染します。特に6以上の数字がゾロ目で出る患者の感染力は高く、直す手立てとして有効な方法は今のところひとつしかありません。それは誰かに自分の数字を移動させることです。そうすることで、患者はゾロ目数を下げることができる』
『それではうつされた人はどうなるのでしょう?』
『うつされた人はゾロ目の数が増える。つまりカシャカシャ病がもっと酷い状態になるわけです。最終的には鼓膜を取り除いても、治らず、最終的には、自ら死を選択するケースもあります』
『実際にそういったケースがある、と?』
『はい。何人か、そういったケースがありましたね。ただやはりサイコロ切りをしている間だけは音から逃れることができる。サイコロ切りをし続けることで最悪のケースを回避できる。患者にはサイコロ切りをし続けてもらうしかないんです。患者数は世界中でどんどん増えています。ストレスのない人なんていないのだから当然のことと言えるでしょう。だがしかし、反対にメタボリックシンドロームになる人が減っている。これはサイコロ切りをした野菜を摂取する人が増えたことによる体質改善のおかげとも言えます。アメリカではカシャカシャ病の人を雇い入れ、サイコロ切りの野菜を販売する会社ができました。我々は共に支え合い、カシャカシャ病と付き合っていくしかないと、私は思います』
田上医師は機関誌を閉じた。ここ数年流行り出したカシャカシャ病は一気に感染力を高め、今では診察にやってくるほとんどの患者がカシャカシャ病だといっても過言ではない。
「日本もそういうサイコロ切り野菜の会社を作り、困っているカシャカシャ患者を救うべきか否か。いや、それにしてはカシャカシャ病の人が多すぎる……」
未曾有の感染力。しかしウィルスでもなければ菌でもないカシャカシャ病の感染をくい止める手立てはないのだ。それに、ストレスのない人なんて、この世界にはいない。
カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ
田上医師の耳の中であの音が聞こえ始める。ざわざわと、さわさわと、鼓膜に音が触れ、耳の奥がむず痒くなってくる。
もう、このカシャカシャ病、別名サイコロゾロ目病を止める手立ては野菜のサイコロ切りしかない。
もしもそれに付け足すとすれば——。
「今日の夕飯は私がサイコロ切りした野菜たっぷりトマトソースの鳥のソテーか……」
田上医師はそう呟くと、席を立った。時計を見る。午後八時。まだ近所のスーパーはやっているはずだ。妻はもういない。カシャカシャ病が悪化して自ら終止符を打ったからだ。
人参を買って帰らねばと、田上医師は思った。なぜならば、サイコロ野菜とりとくれば、人参は甘味を出すための必須野菜なのだから——。
——おしまい——
カシャカシャ病 和響 @kazuchiai
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