第59話 魔法使いは空を飛ぶ

「おっかしいなぁ……。えい! えい!」


 あずきは桟橋さんばしの上で、短杖ウォンドを振っていた。

 あずきの旅立ちの始まりとなった、ゲートに通じる桟橋だ。 

 今日は朝から祖父と祖母が出掛けている。

 二時間ほどで戻ると言っていたが、はてどこへ行ったのか。


 ともあれ、魔法世界から戻ってきてしばらく魔法を使う機会が無かったので、ちょうどいいと思って短杖を握ってみたらこれだ。

 短杖からは魔法弾一つ出ない。


「何でー?」


 桟橋の先端であずきの様子をじっと観察していたおはぎが口を開く。


「やっぱり何か変だね。どっかこう、うまく噛み合っていない感じがするよ」

「分かる? そうなのよ。魔法核コアを制御するギアが何か所か欠けちゃってる感じがするの。何が原因だと思う?」

「うーん。やっぱりここは他の土地に比べて魔素マナがふんだんにあるとはいえしょせんは地球だからね。魔法世界と違って魔法が使いづらいってのはあると思うよ。でも一番の原因はやっぱり……」

「やっぱり……何?」


「あずき、あなたどうしたのそれ! 魔力回路チャクラがグチャグチャじゃない」

「ママ!!」


 半月ぶりの再会に、あずきは思わず母に抱きついた。

 

「こらこら。うちのお姫さまはそんなに甘えん坊だったっけ? ママにお顔を良く見せて。あら、ちょっと日焼けしたかしらね」

「今来たの?」

「そうよ。お祖父ちゃんたち、何も言ってなかった?」

「何も。パパは?」

「もちろん一緒に来てるわよ。今、お祖父ちゃんと向こうで荷物を運んでいるわ」

「そっか。あ、そうだ、ママ。さっきのどういうこと?」

「ん? あぁ、魔力回路のこと? どれどれ、ちょっと良く見てみましょうか」


 あずきのママ、エミリー=バロウズがゆっくりとあずきの周囲を回る。

 そうやって魔力の流れをチェックしているのだろう。

 だが、一通り見てエミリーはため息をついた。


「んー、これはちょっとひどいわね。魔法が上手く使えなくなってるんじゃない?」

「そうなの! どうすればいい?」

「どうすればいいって言われても、魔力回路は治癒魔法でどうにかなるものじゃないわ。気長に自然治癒するのを待つしかないわね。そもそも普通に使用している限り、こんなひどいことになることは無いんだけど。限界を越えて魔力を行使こうししたとか、無理やり魔力を吸われたとか、何かそんな出来事でもあった?」


 あずきとおはぎが、思わず顔を見合わせた。


「ピーちゃんだ!」

「ピーちゃんだ!」


 綺麗にハモったのを見て、エミリーが笑う。

 

「魔法使いと使い魔として、息ピッタリね。でもおはぎ、パパの前では絶対喋っちゃダメだからね。くれぐれも忘れないように。それと、あずきのそれは一年もあれば完治するでしょ。それまでは無理しちゃダメよ」

「一年も? 嘘でしょーー!!」

「ちょうどいいじゃない。おおかた基礎をすっ飛ばして大魔法をバカスカ使ってたんでしょ。ここらでみっちり基礎を学んでおくのもありよ? ということでこれ」


 エミリーはあずきに、A四版サイズの分厚い封筒を手渡した。

 表に『野咲あずき様』とある。

 見ると、あずきの名前の隣に『特待生用』と赤いハンコが押してある。

 あずきは封筒下部の印刷文字を見て、目を見張った。 

 そこには、『ルナリア魔法学校入学案内』と印刷されていた。

 

「ママ、これ!」

「凄いじゃない、特待生なんて! なかなかなれないのよ?」

「いやでも場所、月だよ? どうやって通うの?」

「そうねぇ。ルナリアタウンの寄宿舎に入るか、あ、でもここからならお祖父ちゃんのゲートカードを借りれば通学出来ると思うわよ? 家からはさすがに無理だろうけど」

「どっちにしても、家を離れることになるじゃない」

「……魔法、学びたくないの?」


 あずきは考え込んだ。

 

 ――家の近くの中学校に通うか、親元から離れて魔法学校に通うか。どっちにしても、行くとなったらパパが泣くだろうなぁ。


 エミリーが迷っているあずきの肩をポンっと叩く。


「まだ時間はあるからゆっくり考えればいいわ。どういう結論を出すにせよ、ママは応援するから。でも、もし魔法学校に行くのなら、パパにはちゃんと話しなさい。あなたの口からね」

「喋っちゃっていいの?」

「パパを何だと思ってるの? 愛娘まなむすめの言うことなら全部受け入れてくれるわよ」


 そう言って、母・エミリーは家に戻っていった。


「……もう、心は決まってるんでしょ?」


 おはぎがあずきを見上げる。


「分かる?」

「そりゃだって、ボクはあずきちゃんの使い魔だからね。以心伝心さ」


 あずきがニヤっと笑う。


「だって、セレスお姉ちゃんが起きたとき、白いヘルメットとライン入りジャージのダッサい姿で自転車漕いでるなんてカッコ悪いもんね。そこは一つ、魔法学校で華々しく活躍してないと」

「活躍、するんだ」

「するわよ? 何てったって特待生ですから」 

「言ってら」


 おはぎのしかめ面に、あずきがドヤ顔で返す。


「パパにはどうやって説明するの?」

「この二週間の冒険を最初っから話すわ。愛娘がいかにして美少女魔法使いになったか。今夜は徹夜ね」

「うへぇ」


 あずきはニッコリ笑うと、おはぎと並んで祖父母の家へと歩き出した。


 ◇◆◇◆◇ 


 月夜の晩――。

 辺りの住人が全て寝静まった深夜。

 あずきはそっと部屋の窓を開け、お供の黒猫と一緒に箒にまたがる。

 新人美少女魔法使いに呆けている時間は無いのだ。


 まだ見ぬ世界へ。

 冒険の旅へ。

 わくわくが止まらない。

 そして今日も、あずきは空を飛ぶ。


 END

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月光旅譚 ~あずきとおはぎと月の女王~  雪月風花 @lunaregina

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