ハッピーエンド

 私はカクモノの運営にメッセージを送った。

 竹村啓里として、アップデートされた小説を消さないで下さいと。


 そして、竹村啓里を名乗っていた人は、空瀬明帆そらせあきほと名前を変えて、私のカクモノのページに謝罪のコメントを送ってきた。


「渡村先生、本当にすみませんでした。申し訳ないです。先生を探すために自分が名乗るなんて、許されないことですよね。反省しています」


 私はもう、あのあとがきを読んだので、怒る気はなくて、こう返した。


「いいですよ。気にしないで下さい。それより、私の小説を保存してくれていて、ありがとうございます」


 このカクモノで起こった一連のことは、ネットニュースになった。

 それまで、注目されることがなかった、カクモノに置いていた小説が、すごい勢いで読まれているのを感じた。


 私と、空瀬さんはお互いカクモノに載せていた、SNSを通じて繋がり、ネット友達になった。


 八月に入って、まだカクモノコンに出す小説を完成させていなかった私は、調べ物をするために、大学の図書館に来ていた。


「渡村先生」


 と話しかけられて、びっくりして振り返ると、秋月先生だった。


「秋月先生、お久しぶりです。いきなり話しかけられるから、びっくりしましたよ」


「びっくりしたのは僕の方だよ。竹村啓里先生って、須賀さんだったんだね。覚えてる? 先生のように小説を書いてみたいけど、自信がないってコメント」

「えっ」

 そのコメントは覚えている。

 確か、携帯小説サイトで、コメントをもらって、励ます返事を書いた記憶がある。

「あれ、僕だったんだよね。それから必死に書いた小説が新人賞を受賞したんだ。須賀さんのおかげ」

 言葉が出なかった。涙が溢れてきて、秋月先生の顔がぼやけ始める。

 小説を書いてきてよかった。

 本当によかった。

 下まぶたを少し冷たい布が触った気がした。

 視界が戻ってきて、秋月先生がハンカチで私の涙を拭いてくれていた。

「ありがとうございます」

 涙声で言うと、

「それは僕の台詞。ありがとう」

 秋月先生の眼鏡の奥に潤んだ瞳が映っていた。

 図書館はクーラーが効いているはずなのに、体は熱いままで、私の夏は終わっていなかった。



(了)

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書く者と名乗るのは 智原 夏 @kansyon

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