第14話 君は一見 素直に見えるけども
1月25日
緑龍は知性が高い個体だったという伝承が残っている。
龍種でありながら人語を流暢に話し、人と初めて子を成したという。
その力は咆哮で山を砕き、尻尾の一振りで谷を作ったとされ、数ある龍の伝説の中でも緑龍の好戦的な性格が窺える逸話は多く伝わっていた。
………フィーネという緑龍の子孫と思われるドラゴニアが皇国に姿を現した。
話を聞くにどうやら幼生体と成体の中間ほどにある存在のようだが、伝承通りに知性は人と同等のレベルにあることが窺える。
その性格は好奇心旺盛で友好的。
元々はマルカートの所に連れ去られた弟を探しに来たようだったが、彼女にマルカートの事を告げても大した反応を見せなかった。
「オラトリオは世間知らずだから様子を見に来たけど、雌と一緒にいるなら別に問題ない!」と言い切ったのは、フィーネ自身も世間知らずだからか、それとも人間如きがドラゴニアを傷つける事などできないという自負によるものか。
兎にも角にも、ひとまず居所が判明しただけで満足したらしい。
………それにしても彼女が今興味を持っているのが私だという現実は、どのように受け止めれば良いのだろうか。
ここ最近フラウからも積極的に迫られてしまい頭を抱えていたというのに、それに重ねてドラゴニアからの求愛。
こんな私に対して光栄であると言えば光栄ではあるのだが、普通の女性に対しても満足に対応できない自分が、今まで娘の様に接してきたフラウやドラゴニアであるフィーネにまともな反応を返せるわけがない。
………二人に対してどのような答えを返すにせよ、まずはヴィオラの事に集中しなければ。
目的を違えてはいけない。
私の今の望みはヴィオラの幸せ。
自分の事は二の次に考えなくては。
◇ ◇ ◇
「アルト様、お茶をお持ちしました」
カノン様のお屋敷の一室。
普段は使われていないその部屋には、今はヴィオラ様の実姉であるアルト様が滞在されている。
「おやベスさん、すまない。気を使わなくって良いのに」
日の光に煌めく銀の髪、深紅の美しい瞳、均整の取れた黄金比の顔立ち、細身でしなやかな身体に高い背。
およそこの世界の美を全て詰め込んだようなその容姿は、ヴィオラ様に酷似しつつも、ヴィオラ様を少し大人びさせて妖艶さを継ぎ足したような魅力を放っている。
彼女に足りないものは先の大戦で失った左目と左腕だけで、それ以外の全てが彼女の中に存在しているんじゃないだろうか。
「ずっと部屋に籠ってばかりだと気が滅入りませんか? 敷地の中であれば危険はありませんから、少しはカノン様の庭園を散歩してみては如何です? もしご希望とあれば、先日のように聖都の中をご案内しても良いですし」
アルト様が持つものは美しさばかりではない。
烈火の剣姫と称されるヴィオラ様は話題性が高く、騎士団が在りし日は妹の方ばかりが人々の注目を集めていた。
だが、騎士団の中で確固たる地位を築いていたのはどちらかと言えばアルト様の方だったはず。
第三騎士団の騎士団長という地位は、何も総団長であったお父様の七光りという訳ではあるまい。
「いや、私はどちらかというと元々はインドア派だからね。幼いころから活発に外に出て遊ぶのはヴィオラばっかりで、私はいつも家の中で本を読み耽っていたもんだよ。今みたいにね」
「その本………アルト様はドラゴニアに興味をお持ちですか?」
そんな彼女の前に広がるのは、龍とドラゴニアにまつわる様々な文献。
子供が読むようなおとぎ話から、数少ない生態に関する希少な資料まで。
全てカノン様の蔵書室から借りてきた物だろう。
「そうだね。今まであまり触れてこなかった分野だから興味深い。それに龍以外の始祖についても詳しくなったよ。噂程度にしか聞いたことがなかったけど、彼等は血系術式というものを操るらしい。流石は皇国随一のアポイタカラ級魔道士様の蔵書だよ。読んでも読んでも飽き足りない」
ニコリと微笑んだアルト様の様子に不審な点は見当たらない。
でも。
「…………興味を持たれたのは、カノン様とリュート様の話を盗み聞きしたことがきっかけになってですか?」
「盗み聞き?何の話だい?」
でも、何か不安を感じるのだ。
その微笑みに。
「先日リュート様がいらっしゃった晩、部屋の外にいらっしゃいましたね? アルト様の気配を感じました」
「いいや? 私はあの晩はすぐに寝てしまったよ?」
「………そうですか。勘違いだったようです。失礼いたしました。」
「いや、構わないよ。………それにしても、ベスさんは何か武術の心得でもお持ちなのかな?」
何故嘘をつく必要などあるの?
単純に興味があったから立ち聞きをしてしまったと言ってしまえば良い。
アルト様の立場であれば、皇国内の話ならどんなことでも喉から手が出るほどに欲しい情報のはずだ。
「………現役を退いてから暫く経ちますから、諸々なまっています。」
「ふむ?差し支えなければ所属をお聞きしても?」
「………神姫親衛隊に居りました」
「神姫親衛隊っ!!!?」
アルト様は………ヴィオラ様とは違う。
「その若さでか………精鋭中の精鋭じゃないか………」
「いえ、運が悪かっただけです」
「………運が良かった、ではなくてかい?」
「えぇ」
「そうか、何やら色々と事情があるんだね」
ヴィオラ様が思い切りが良すぎるだけなのは分かっている。
アルト様が悪いわけではないのだ。
「それにしても惜しいな、まだ王国が健在だったころに出会いたかった。絶対に部下に勧誘していたよ。………いや、その若さで神姫親衛隊に所属できるなら、将来的には団長クラスだろうな」
「ご冗談を。何の役にも立てませんよ」
「良ければ神姫親衛隊を辞した理由をお聞きしても?」
「………ボトルネック症候群です」
「………なるほど。つまり君は………元々神姫候補だったってことかな?」
「………ご明察です」
きっとまだ、故郷の呪縛から解き放たれてはいない。
この微笑の奥では、あの大戦の恨みの炎を燻らせている。
「お茶、ありがとう。有難くいただくよ。不躾な質問をして失礼した」
「………いいえ、お気になさらず。既に解決した問題ですから。では失礼いたします」
私の胸の中にあるのは、
好きにすればいいという思いが半分。
「…………」
頼むから、カノン様やリュート様に迷惑を掛けないでいてくれという思いが半分。
それだけだ。
◇ ◇ ◇
「リュート! 答えはでたか!?」
「いや、あのな、ついさっきまだ待ってくれと言ったばかりで………」
「なんだ………まだなのか………でも分かった!!フィーネは待つぞ!!」
「あぁ、すまないな」
「夕飯食べたら答えてくれるか!?」
「………んー。 多分まだ答えられないと思うな」
「そうか………結構かかるんだな………でも大丈夫だ!!待つぞ!!」
「あぁ、ありがとうなフィーネ」
「うん? ………うんっ!! えへ、えへへ♡」
なにこの子。
可愛いんだけど。
………。
いや、可愛いとか言ってる場合じゃない。
見た目も仕草も可愛いけど、リュートに要求している答えの内容が可愛くないじゃないか。
「リュート、優しいな♡ 良いつがいになれそう!!♡」
「う、うん?…………そうか?」
この子が欲しがっているの選りにもよってリュートの子種。
「早く決心して交尾してくれ!待つけど!」
「………」
しかもそれを堂々と正面から言って憚らない。
最近のフラウも強烈だったけど、さすがにここまで直球ではなかったわよね。
新しいアプローチの仕方だわ。
効果はてきめんのようだし、私も参考にしてやろうかしら。
リュートとフラウが夕飯の準備を行うキッチンの中。
ドラゴニアのフィーネは空中にフワフワと浮かんだままリュートの首に抱きつき、蜥蜴のような尻尾をピコピコと振って上機嫌だ。
そんなフィーネを前にしては、最近料理中にボディタッチが激しかったフラウもリュートに絡みつく隙が無いらしい。今もムスッとした顔をしながらリュートに甘えるフィーネを恨めし気に見つめていた。
リュートの話では私やフラウよりもフィーネの方が生きている時間は長いようだけど、12.3歳かそこらにしか見えない容姿のフィーネからリュートを奪うのは、フラウにしても気が引けるのだろう。
ならば、とフラウは凝りもせずにフィーネを諭し始めるんだけど、これがまぁ…ものの見事にうまくいかない。
「あ、あのね………フィーネちゃん。あんまり………その………交尾交尾っていうのはよくないと思うよ?」
「………? なんでだ?」
「何でって………はしたないでしょ?」
「はしたない? なんでだ?」
「………そういうのは人間の感性ではあまり大っぴらに話す様なことじゃないの」
「ふぅん………? 人間は交尾が嫌いって事か?」
「嫌いって訳じゃないけど………人間だって交尾は好きだよ?」
フラウ、あなた今結構きわどい事を大っぴらに口走ってるわよ。
気付いてなさそうだけど、横のリュートが石像みたいになっちゃってるじゃない。
「好きなのに何で話しちゃいけないんだ?」
「えっと………そう言うのは愛し合う二人の間だけで秘密にすることというか………」
「へぇ………人間って愛し合わないと交尾しないのか?フィーネ達はそうでもない………ママとパパはラブラブだけどな」
「あぁいや………必ずしもそういうわけじゃないんだけど………」
「………よく分からないぞ」
「えっと………えっと………」
「つまり………フィーネはリュートの事好きだから、あとは秘密にしておけば交尾していいって事か?」
「ダメです」
「………駄目なのか」
きっぱりと言い切ったフラウを見て、フィーネは股の間に尻尾を巻いてシュンとして見せた。
この子、聞き訳が良いのか悪いのかよく分からないわよね。
ただの人間である私やフラウの話も馬鹿にせずに真剣に聞いてくるし。
………。
リュートの事が好きだから、人間の事を理解しようと頑張っているのかな?
だとしたら健気な話よね。
正直な所、ちょっとリュートに立場を変わってもらいたいくらいには可愛い。
「リュート………リュートは交尾してくれって言われて迷惑か………?」
「………そうだな、あまり人前で話す様な事じゃないのはフラウの言う通りだと思うぞ」
「そうか………やっぱり駄目なのか………」
ストン、と地面に降り立ったフィーネは完全に落ち込んだ表情を浮かべて下を俯いてしまう。
………。
なんだか無性に抱きしめてあげたい。
「もしかして………フィーネの事嫌いになったか………? 交尾………あ………えっと………」
自分に子どもができたらこんな感覚なのだろうかとか、ちょっと考えてしまう。
「フィーネと秘密の事するの………嫌になるか?」
にしても、ぼやかそうとすると余計にいかがわしくなるのって不思議よね。
昔騎士団の男どもが「見えそうで見えない方がエロいよな」と馬鹿な話をしていて辟易したけど、何故か今その時の光景が鮮明に蘇ったわ。
今だったらその時の会話に「分かる分かる」とか言って参戦できるかも。
「………フィーネの事を嫌いになんかならないよ」
「好きかっ!!?」
「うん? あぁ……そのだな……フィーネが言うところのつがい的な好きではないな」
「………そうなのか」
「でも、人としては好きだぞ。フィーネはいい子だからな」
「………フィーネは人じゃないぞ?」
「ものの例えというか………フィーネの心が好きだって言えば分かるか?」
「心………それはつがいの好きとはどう違うんだ?秘密の事はしてもいい好きか?」
「えっとだな……………」
とまぁ、
こんな風に延々とフィーネの質問に窮してしまって埒があかなくなるのが、ここ数日の私達の日課になっていた。
それにしても、最近のリュートの身辺の周りの賑やかさは最初の頃と打って変わっている。
初めの頃はベスにさえも顔を合わせていなかったことを考えると、フラウ、ベス、カノンさん、アルトお姉様、フィーネ、そして顔を合わせてはいないものの神姫であるアリアとフォルテと、次々に家を訪れる人が増えていく現状に私としては嬉しい様な悲しい様な。
リュートと二人っきりの時間。
最近全然とれてないのよね。
腕の治療にしたってフラウに邪……………………協力してもらっているからあんまりじっくりする事もできないし………。
「よし、できたぞ。ご飯にしよう。」
「おぉ〜! ご飯っ!! フィーネ、リュートの作るご飯好きだっ!!」
「………私も作ってるんですけどね」
でもまぁ、
「今日のご飯何だっ!?」
「ビーフシチューだ。パンも焼いたぞ。チーズもある」
「チーズッ!!!」
「フィーネちゃん、チーズ好きなんですか?」
「好きっ!!」
二人きりでご飯を食べていた時も幸せだったけど、こうして四人でがやがやと食卓を囲むのも楽しい。
「なんだ? ヴィオラ、楽しそうだな?」
「そう? 別に普通よ」
「ヴィオラもチーズ好きなのか?」
「そうね、美味しいわよね。フィーネと一緒で好きよ」
騎士団にいた頃をちょっと思い出す。
大勢の仲間に囲まれて、いつも馬鹿な話に苦笑しながら食事をしていた頃。
「おぉ~~~~!美味そうっ!!」
「フィーネちゃん、今日こそお野菜も残さず食べようね?」
「いらないっ!!」
「リュート様が頑張って作ったんですよ?」
「分かった!!食べる!!」
またこんなに幸せな食卓を囲める日が来るなんて、思いもしなかった。
「ヴィオラ」
「ん……………」
私の隣に座ったリュートが、いつものようにスプーンですくった食事を口元まで運んでくれて、
「どうだ?」
「…………美味しい」
「そうか、良かった」
いつの頃からか、自然と優しい微笑を浮かべてくれるようになったこと。
結構嬉しいんだけど、気付いてる?
最初の頃は微笑を浮かべてもすぐに固い表情に戻っちゃってたのに、今はずっと嬉しそう。
「た…食べるの………あんまり見つめないでよ………」
「す、すまないっ………」
「あーっ!!? リュート! フィーネにもっ!フィーネにもっ!!!!!!!」
………ぶっちゃけ、リュートって私の事どう思ってるんだろ。
フラウの事はこの間まで娘みたいに扱ってたし、フィーネにしても近所のやんちゃな子ぐらいの温度感だし………。
ベスは………どうなんだろ、微妙なところよね。
少なくともフラウよりかは大人扱いしてる節があったけど、ベス自身もリュートに対しては一線を越えてこないところがあるし………。
カノンさんとは正直よく分からないかも。
二人がどういう関係なのか全く聞いたことが無い。
そもそもカノンさん自体に私があまり絡んでないもんね。
あと、この間来た神姫の、あのアリアって子………。
あの子もなんだか危険な気がする。
ベス並みに丁重に扱われてたし………。
いや、さすがに気にし過ぎか。
そうホイホイライバルが現れても困るわよ。
大体、皇国の象徴の神姫が二人も同時に訪問してくるって………。
リュートって本当にこの国でどういう立ち位置にいるのかしら。
重要人物なのは間違いないけど、家だってちょっと裕福な一般市民程度だし、正式なメイドを雇ってるわけでもないし………。
一つ気になるのは爵位をもって無さそうな事なのよね。
別に御家柄がとか言うつもりじゃなくて、リュートの功績的に普通は叙爵を受けていておかしくないと思うんだけど………。
なにか事情があるのだろうか。意外に複雑な立場だったりして。
噂に名高い皇国の心臓である幼妃セレナーデの名前とかもチラホラ出てくるし。
「どうしたヴィオラ?」
「え? あ、何でもない」
「そうか、まだ食べるか?」
「うん」
リュートが口元にスプーンを持ってきて、私が「あ~………」と口を開けたその瞬間だった。
――――――コンコン
「ん?」
玄関の扉から響いたノックの音の直後。
「こんばんは。リュート様、いらっしゃいまして?」
その声を聞いたリュートがさっと顔色を青くしたのを見て、いい加減ハプニングにも慣れてきた私は「あぁ、なんかまた面倒くさいのが来たのね」と、そう思ったのだった。
◇ ◇ ◇
「お久しぶりですわ。突然の訪問になってしまって申し訳ございません」
「………面会は断ったはずですが」
「えぇ、ですからこうして押しかけてきたんですの」
リュート様と神姫マルカート様が客間に腰を落ち着けたところで、私は恐る恐る二人の前にお茶のカップを並べた。
以前リュート様が訪問を断った神姫様だ。
アリア様とフォルテ様の訪問は受け入れたのに、どうしてマルカート様の訪問を断ったのだろうと思っていたけど………なるほど、なんとなくリュート様が考えていた事が分かるような気がする。
突然約束も無しに押しかけてくるところ、お茶を目の前に出されても私の存在を視界の隅にも留めようともしないところ。
アリア様とフォルテ様はお礼を言ってくれたけど、この人はふんぞり返ったままでリュート様にしか興味が無いみたい。
「フラウ、ありがとう」
その点リュート様はいつも通りに私に優しく微笑みかけてくださる。
やっぱり人間って中身よね。
マルカート様もお綺麗だけど、こういう感じの人についていきたいとは思えない。
マルカート様はリュート様が私にお礼を言うのを見てチラリと自分の前に置かれたカップを見たけど、すぐに興味が失せたように視線を戻してカップに手を付けることは無かった。
「先ほどの動く椅子に乗っていらっしゃった女性は?」
「………別室におります。人見知りなものですから」
「そう、よければもう一度呼んで下さらない?お話してみたいですわ」
「………彼女は奴隷なので、申し訳ないですが」
「あら、そうでしたの。あの方が最近噂の………。随分と御髪がお綺麗でしたから………奴隷とは思わず、失礼いたしました」
先程、マルカート様がドアをノックした瞬間にフィーネちゃんはかねてからの約束通り一瞬で二階へと飛んで行ってくれた。
最初はどうなることかと思ったけど、フィーネちゃんはリュート様の言う事だったら絶対に守るし、私やヴィオラ様の言う事にもちゃんと耳を傾けてくれる。
人間達はドラゴニアに慣れてないから。
と苦しい言い訳をして存在を隠そうとすることを、フィーネちゃんは悩むことも無く「分かった!」と了承してくれていた。
でも、ヴィオラ様は勝手にドアを開けて家の中に入ってきたマルカート様の視界に一瞬映ってしまったらしい。
リュート様と私が身体で視界を遮ろうとしたんだけど、私は背が小さいから頭越しに見えてしまったのかもしれない。
………大丈夫だろうか。
アリア様やフォルテ様から、ヴィオラ様の情報が漏れていないことを願うばかりだ。
「それで………今日は一体どのような風の吹き回しで?」
リュート様もそのことを懸念しているに違いない。
どこか緊張した面持ちのままマルカート様にそう聞くリュート様を見て、何だか私も緊張感が高まっていった。
「ドラゴニアに関するお願いですわ」
「ドラゴニア………」
アルト様やヴィオラ様に関する用事ではないのかな………。
どっちにしたって、今の私達にはタイムリーすぎる話題だけど。
「私がドラゴニアの幼生体を手に入れた事は既にご存じでいらっしゃいますか?」
「えぇ、聞いています」
「話が早くて助かりますわ。お願いというのは…ドラゴニアのマナを抑制できる魔導具と、中和ができる魔導具を作って欲しいんですの」
そう言ってリュート様の事を見つめたマルカート様は、うっすらと微笑を浮かべて縦ロールの金髪をかき上げた。
「マナの抑制装置と中和装置………?」
「えぇ、人間に使えるものを試してみたのですが効果があまり見られませんでした。リュート様なら作ることができるのではと思い、こうして足を運んできた次第ですわ」
一方のリュート様はあからさまに渋いお顔。
リュート様の嫌そうな顔って珍しいよね。
苦手なのかな、マルカート様の事。
「ドラゴニアに関しては私も殆ど知識がありません。人間に使っているものが使用できないとなるとマナの性質自体が違うか、マナを使用する仕組み自体が違うか………。どちらにせよ、相当な期間を開発に費やさなくてはいけません。」
「どれくらいかかる見込みです?」
「少なく見積もって1年。それも全てが上手くいった時の話です。難航するのであれば、2年以上は見て頂かないと駄目ですね」
「それでも構いませんわ。やっていただけるという事でよろしいですか?」
「………」
遠まわしに無理だって言ってるんじゃないのかなこれ………。
リュート様だって忙しいんだし。
どうして向こう二年にも及ぶスケジュールを、自分の為に他人が空けてくれるなどと思えるのだろうか。
「率直に言えば、無理です。私には今時間があまりない」
「お忙しいのは承知の上ですわ。そこを何とかお願いいたします」
「………なぜそこまでマナの抑制や中和が必要なのです。現状でそこまで大きな問題が?」
そう言って不審そうに眉をひそめたリュート様に対し、マルカート様は胸の前で腕を組むと「ふん」と鼻で笑って顎を上げる。
………。
なんでこの人こんなに偉そうなんだろうか。
いや、身分的に偉いのは間違いないんだけど、だからと言って人にものを頼みに来ている態度には到底見えない。
「現状で問題があったらオラトリオを置いてこんなところまで一人できたりしませんわ。私はあくまでも先の事を見据えているだけ。王国を退けたとはいえ、皇国の北方にはまだ帝国も神国も控えていますから、我が国の基盤を盤石なものにしておきたいと考えるのは自然な事と思いませんか?」
「………将来的に神姫のマナ酔いから覚めるはずのドラゴニアを魔道具で服従させ、さらなる戦争の火種にでもなさるおつもりですか?」
「いいえ、火種だなんてとんでもない」
きっとこの人の頭の中って、自分の事を中心にしか物事を考えていないんだろうなとか思ってしまうのは、私の心が狭すぎる証拠だろうか。
「ドラゴニアは皇国の象徴。我々皇国の民の、心の拠り所になるのですわ」
「………。」
結局その後もリュート様とマルカート様の話し合いは平行線のままだった。
しかし余りにもしつこく粘るマルカート様にリュート様が譲歩したのは、スケジュールが空いたらその内オラトリオというドラゴニアを見にマルカート様のお屋敷まで伺う事。
果たしてそれがどんな結果につながるかは分からないものの、
「あいつ、ぶっ殺すか?」
とフィーネちゃんが言うくらいには、話し合いを盗み聞きしていたフィーネちゃんやヴィオラ様も不快な感覚をマルカート様の言動に感じてはいた。
まぁそんな訳で、私たちはマルカート様がその時に何を考えていたかなんて、冷静に判断できない状態ではあったんだよね。
意外に彼女が狡猾で、単純に見える表面の態度の裏で、ずっと最初に見たヴィオラ様の後ろ姿に固執していたことに気付かないくらいには。
ヴィオラ・ディスアビリティ @kanazawaituki
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