第13話 僕を 君のものにしてよ

1月20日


神姫アリアと神姫フォルテに次いで、神姫マルカートからも面会の要望がきた。


スケジュールが合わないと言って何とか断ったが、一体どうなっているんだと頭を抱えたい思いだ。


カノンからマルカートの周辺がきな臭いから注意しろとの連絡が入ってきているが………。

まさかマルカートもアルトを追っているのか?


噂では反皇国勢力の撃滅はフォルテからカルテットとクィンテットの双子に引き継がれ、ほぼ壊滅状態にまで追い込んでいる状況だという。

今更アルト一人に三人もの神姫が投入されるとは考えにくいからその線は薄いと思うのだが………。


それはそうと、フラウの協力のお陰で安定してヴィオラの治療が進むようになった。彼女の身体の準備が整うのも近い。


余計ないざこざが起きないことを願うばかりだ。









◇ ◇ ◇










「はぁっ…………♡ そうよっ………上手………♡」


支配すること。

私は何よりもそれが好き。


服従する者の目。

顔。

態度。


その思考すら私に染め上げる瞬間、私は初めてその対象を愛おしいと感じることができる。


「んっ……………あっ…………♡」


最強の生命体と言われるドラゴニア。


神姫になった時から目を付けていたモノが、自分の股間に指を埋めて奉仕をしてくれる光景に脳が痺れるような快感が駆け上がってくる。


「マルカート様……………」


「………なぁに?オラトリオ?♡」


龍と人間の混血種。

彼らは遥か昔に存在していたと言われる純潔の龍種を根絶やしにし、この世界の覇権を握ったという。


変化を望まない一部の龍との大戦、近親での交配、人を巡って他の始祖達と争った長い歴史。


様々な要因によって彼らはその数を減らし、今ではこの世界にいくつかの巣を作って暮らし、滅多なことでは人前に姿を現さないという。


しかしそれでも全く目撃証言がないという訳ではない。


空を飛ぶ姿が目撃されることはたびたびあったし、何より彼らは数十年に一度のスパンで人里に降りてくることがある。


「あ、あの…………ぼ、僕………」


近親交配で種族全体の弱体化を招いた経験から、定期的に人の血をその種の中に取り込もうとするという推察がされているものの、真偽は不明のまま。


「あら…………興奮してしまいましたの………?♡」


彼らが求めるのは強い人間の血。

強大なマナを有し、自分たちの力を全盛期のそれに近づけてくれる個体。


「こ、興奮………?」

「ふふっ♡ 交尾をしたくなる事ですわ♡」


例えば、サキュバス症候群やインキュバス症候群を周囲に引き起こさせるほどの。


「こ、交尾………?」

「あら、あなたの親はまだそんな事も教えてくれていませんの?」

「は、はい………」


王国滅亡の後、聖域に入り、マナを解放して待つこと一週間。

ある日私の幕舎の前でうろうろとして困っていたオラトリオを見つけた時、私は喜びの余り叫び声をあげた。


「じゃぁ…………私が教えて差し上げますわ………♡」


「ま、マルカート様………? あっ…………やっ…………ふぁっ………!」


「力を抜いて楽にしてオラトリオ…………。ね? 良い子ですから………」


我が家の屋敷にオラトリオを連れ込んで、こうしてベッドの上で奉仕をさせ始めてから既に数日が経った。

そろそろ頃合いだ。


幼生体が私を孕ませることができるかどうかまでは分からないけれど、試してみる価値は十分にある。

本当は成体が良かったけれど、御しやすいという意味ではむしろ良かったかもしれない。


それに何よりもその美しい容姿が私の心を惹きつけてやまない。


緑色の美しい髪。

燃え上がるような赤い瞳。

陽の光を受けて輝く肌。


そのどれもが、人では到底到達できないほどの美の境地にある。


「あっ…………うっ………マルカート様っ…………なんだかっ………おかしっ………」


もしもドラゴニアとの間に子を成すことができれば………。


「…………気持ち良いでしょう?♡ オラトリオ♡」


「…………あ゛ッ…! う゛ぁ………」


「…………あら?」


「………マルカート様?」


「…………な、なんだか……」


「マルカート様ッ!?」


「身体が………おかしい……ですわ……」


「マルカート様ッ!!!!!!!」


私は、この国すら支配することができる。


そんな思いを胸に抱いている中、私は激しい嘔吐と頭痛に襲われ、一瞬で意識を刈り取られるなどと云う経験をする羽目になった。





◇ ◇ ◇





「………」


リュートがカノンの元へ何事か相談に行って丸一日。

夜遅くになって今夜はカノンさんの所に泊まらせてもらう事になったという連絡が入った。


「すぅ…………すぅ…………むにゃっ…………ふへっ………♡ リュート様ぁ………」


「………」


ベッドの横の床に布団を敷いて眠るフラウは、

リュートの夢でも見ているのか幸せそうな寝顔を浮かべている。


ここ二週間ほどで、フラウは大分前の調子を取り戻しつつある。

神姫アリアの訪問の際にリュートにキスされかけたことがきっかけになって、何だか色々と吹っ切れたようだ。


「んっ…………だ、だめっ………まだっ……………あっ………で、でもっ…………♡」

「………」


前の調子というか、前より悪化したというか。

リュートがマナの抑制装置を付けても自分の気持ちに変化が無かった事が自信の回復につながったらしい。

今では事あるごとにリュートに正面を切って愛を囁くようになり、正直な話、もう少し凹んでくれていた方が良かったとすら思えてしまう。

あれだけ自分の欲望に忠実に暮らしてれば、そりゃ寝つきも良いでしょうよ。


………。


一方の私はというと………なんだか眠れない。


その晩、私はリュートが改造してくれたベッドをせり上げて窓から見える月を眺めていた。

このベッド、私の中に流れるマナを若干使用しているらしい。

レバーを口で引くと自動で布団の部分が持ち上がる様に設計されていて、お陰で身体を起こすことが随分と簡単になった。


「…………はぁ」


リュートは凄いなって思う。

私が何一つ前へ進めていない間に、次々に新しい魔道具を作って私の生活を改善してくれている。

正直戦争中は魔導技師なんてもの胡散臭いと思ってた。


たしかに生活が便利になる魔道具は数多く私達の生活の中にあったけど、特にそれに感謝をしたことはなかった。


あって当たり前のもの。

でも、なければ不便なもの。


そんなものを開発する魔導士になれなかった落ちこぼれの末路。

精々その程度の認識だったのだ。


………。


それは私だけの認識ではないと思う。

王国全土に、そんな風潮があったのだ。

だからこそ、私たちは敗北した。


「………」


力こそ全て。


剣こそ正義の象徴。


騎士団の養成ばかりに力を入れて金を注ぎ。


結果として、私達は皇国の文明に滅ぼされた。


「…………」


そしてその皇国の文明に多大な貢献をした人物こそが、私を今支えてくれている男。


………。


何とも皮肉なものだと思う。


「早く帰ってこないかな………」


いつの間にか、一晩離れているだけで寂しく思うようになってしまった。

リュートの伝言を伝えに来たベスに「そう落ち込んだ顔しないでください。明日の早朝には戻られますから」と苦笑交じりに慰められてしまうほど。

「別に落ち込んでなんかいないわよっ!!!!」と強がって見せたは良いものの、こうしてフラウまで寝てしまうとリュートに会いたくって仕方がない。


不安なのだと思う。


今もしリュートに何かあったら、私は彼を助けには行けない。


芋虫の様に這って彼の元に行けたとしても、何もしてあげることができない。


「………」


いつも何かを守ることばかり考えて生きて来て、それすら奪われた今、ただただ不安ばかりが大きくなる。

守られてばかりいる自分が不甲斐ないのだ。


「リュート………」


いっそこの四肢が斬り落とされていれば、こんなにグジグジと悩まずに諦めもついたのだろうか。

なまじ希望がある分、こうも弱くなってしまったのだろうか。


フラウの様に正直に生きる事すらできない。

ベスのように自分で選ぶ事もできない。


………。


情けなくて涙が出る。


思わず一筋の涙が頬を伝い、何だか随分とセンチメンタルな気分になってしまっていた私は、









「………お前、何で泣いてるんだ?」

「ッ!!!!!??」









月を見上げていた窓の下からヒョコッと顔を出したその少女を見て、心臓が一瞬止まった気がした。


「なっ………ばっ………なぁっ…………ッ!?」


「? なに? お前人間のくせして人語もしゃべれないのか? ちなみにフィーネは喋れるぞ。凄いだろ。」


「だっ………だれッ!!!!!?」


「なんだ、喋れるのか。ていうか…………お前こそ誰? お前この巣の主じゃないよな? 主どこだ。出せ。」


およそ人とは思えないフワフワとした緑色の髪。

額から伸びるねじれた短い角。

燃え上がるような赤い瞳。

手足に浮かぶ鱗。

蜥蜴のような尻尾。

口の中にチラチラと覗く小さな牙。


「ド……………」


「主どこ?」


「ドラ…………ゴニア………………?」


「ん?」


その肢体は胸や股間が鱗に覆われ、人間で言えば下着だけを付けているような状態に見える。

本の挿絵でしか見たことが無い希少な存在。


こんな街中で目撃されたという話など聞いたことが無い。


「あぁ………お前達はフィーネ達の事ドラゴニアって言うんだっけ?………まぁそんなことどうでも良いから主呼べ。この巣にいると思ったのに。何でいないんだよ」


「っ………」


何。


何なの。


どうしていきなりドラゴニアがリュートの家なんかに来たの。


しかも何でこの子、人の言葉をこんなに流暢に喋ってるの?

彼らって独自の言語しか喋らないって聞いたのに。


「聞いてんの?ぶっ殺すぞ?」


しかも口が悪い。


まるでおとぎ話の妖精かと思うような可憐な見た目なのに、口どころか目つきも殺気立ってきていて明らかに不機嫌そう。


例え私の四肢が動いたとしても一対一では到底かなわないであろう存在を前にして、今更ながら私は自分の命が風前の灯になっていることに気が付いた。

まだ幼生体といって良い見た目だけど、昔の記録で幼生体一匹に騎士団の一個大隊が壊滅させられたという話もある。


もし彼女がこのまま苛立ちを加速させていったら、私どころか後ろで幸せそうな寝顔を浮かべているフラウまで跡形もなく吹き飛ぶかもしれない。


「あ…主って、リュートの事?」

「リュート? ふむ? リュートって言うのか? 雄?」

「お…男よ…」

「ふむ、ふむっ………♡」


しかし幸いにも、そのドラゴニアはリュートの事を話始めた途端に上機嫌になっていった。


「どんな雄だっ!?」

「え………ど、どんなって………ええっと………」

「かっこいいっ?」

「………」


かっこいい………と聞かれても………。


いやそりゃぁ私にとっては最高にかっこいいんだけど、果たして私の美醜の感覚がドラゴニアに当てはまるのかはよく分からない。

そもそもリュートって世間一般的にはカッコいいのだろうか。

………。

よくよく考えたら自分はそういった話題に対して疎すぎる。

いまいち判断に自信が持てない。


「わ…私はかっこいいと思うけど…………」


「ふむっ♡」


私の言葉を受けて、ドラゴニアの少女は明らかにワクワクとした表情を浮かべた。

頬は赤く上気し、ふわりと体を浮かせて尻尾をくるくると回す仕草がすごく可愛い。


「頭はいいかっ?」


「それは………間違いなく良いわね」


「魔導士かっ?」


「? いいえ、魔導技師ではあるけど………」


「魔導技師?」


「………知らないの?」


「知らない」


山中に籠っているはずだから知識に偏りがあるのだろうか?

魔導技師の歴史はそこまで浅い訳ではないけど………。


ピタリと尻尾の動きを止めて不思議そうに首を傾げたドラゴニアに、私は魔導技師がどういった職業なのかを説明してやった。

どうもこの子はかなり知識に対して貪欲な傾向があるらしい。

次から次へと質問を浴びせて来ては興味深そうにフンフンと頷くその様は、歩く天災と称されるドラゴニアという事を忘れてしまいそうになるほど愛嬌がある。


「はぁぁ…………じゃぁリュートってのは凄いんだな」

「そうね、凄いわよ」


私が使っているベッドや車いすを見ながらキラキラと目を輝かせ、そのドラゴニアはふわりと窓をくぐって私のベッドの上に着地した。


本当に飛んでる………お伽噺の絵本で見た通りだ。

何だか非現実的なその光景に私がボーっと見惚れていると、その子はそんな私の事をじっと見返しながらとんでもないことを口にした。


「お前、リュートのつがいか?」

「は?」


突然の質問に私が虚を突かれて固まると、その子もなんだか目を真ん丸にして首を傾げる。


「違うのか?」

「ち…違うわよ。どうして私がリュートのつがいだなんて思うわけ?」

「だってお前、この巣の主が居ないのに巣の中にいるじゃないか。つがいじゃないなら何で留守を守ってるんだ?」

「いや、ただの留守番よ。あなたたちは他人に留守を守ってもらったりしないの?」

「しない。」


ドラゴニアの生態などおとぎ話のレベルでしか聞いたことが無い。

この子がどんなふうに普段暮らしているのか聞いてみたくはあるけど………。


「じゃぁそっちのがつがいか?」


そのドラゴニアの少女(?)は未だに私のベッドの横でスヤスヤと眠るフラウを顎でしゃくって興味深そうな目を浮かべる。


「いいえ、その子もつがいじゃないわ」


まぁ今の所つがいになるのに最も近い場所にいるとは思うけど。

少なくとも私達の感覚で言えば、つがいという言葉には当てはまらないと思う。


「じゃぁつがいはどこにいるんだ?主と一緒に出掛けてるのか?」


「………リュートにつがいはいないわよ?」


「いないッ!!!?」


「え、ええ………いないけど………たぶん………隠してなければ………」


あのリュートが半年近くもそんな存在を隠しておけるはずが無いけど。

もし可能性があるとしたらカノンさんくらい?


それにしたって二人はそういう雰囲気ではなかった。


「どうしてっ!?」


「ど、どうしてって言われても………」


しかしこの子。

リュートの事を全く知ら無さそうなのに、リュートにつがいが居ないことが不思議で仕方ないらしい。


「リュートってあんまり女性に興味がなさそうというか………」


………いや、興味が無いという訳ではないと思うけど。


ただ、著しく奥手であることは間違いない。

それに超が付くほど鈍感だし。


「興味が無いって………生殖ができないってことか?」


そして私がつらつらとリュートへの恨みを思い返している内に、少女にしか見えないその子がそんな事を言うものだから私は綺麗に噴き出してむせた。


「な、何言ってるのよっ!!」

「? だって………強い雄なのに雌に興味が無いって………」

「べ、別に生殖ができないから興味が無いわけじゃないと思うわ!あなた達がどうなのかは知らないけど、私達人間にはそういう人もいるのっ!!」

「ふぅん………変なの………。じゃぁリュートは生殖はできるんだな?」

「で、できると思うわよ………?」


フラウ相手に大きくしてたみたいだし………。

まぁ正直な話、あの出来事があるまでは私もちょっとリュートの不能を疑っていたりはした。


ていうか………やめてよ。

生殖とか生生しい………。


「お前とは交尾したか?」

「してないわよっ!!!!!!!」


誘惑はしたけど!!!


「な、なんで怒る………?」

「怒ってないわよっ!!………そ、そういう話は人間にとってはデリケートな話題なの!!」

「変なの。大事な事なのに………」


………ドラゴニアって、絶滅の危機に瀕しているんだっけ?

確かにそんな彼らからすれば、生殖に対して恥ずかしいなどと言う感覚は持ち合わせていないかもしれない。


「じゃぁそこの女はそのリュートと交尾してるか?」

「……し、してないと思うわ」


してないわよね?

まだ。


………さすがにね?


「………巣に二匹もメスを置いといて交尾してないのか?」


………。


確かに………。


………。


いや確かにじゃないし。

そう簡単に交尾されてしまっても困る。


「変なの………」


しかしそのドラゴニアにとっては不可解極まりないらしく、しきりに首を捻りながら不思議そうな表情を浮かべて腕を組んでいた。


「じゃぁ…………フィーネがリュートをつがいにしても問題ない?」

「は?」

「ん?」


そしてその子がそう言ったセリフで、私も彼女同様に首を捻って不思議そうな表情を浮かべることになった。


「なんて言ったの?」

「だから、お前もそこの雌もつがいじゃないんだろ? 交尾すらしてないし。 だったらフィーネがリュートをつがいにしても良いよな?」

「………」


いや良くないでしょ。

リュートの気持ち的にも、種族的にも、この子の見た目の倫理観的にも。


あとはオマケで、私とフラウの気持ち的にも。


「な………なんでリュートをつがいにしたいの?」

「なんでって………リュートのマナが凄いから。人間では凄い個体だろ?リュートをつがいにすれば強い子供が産める」


………。

この子、リュートのマナに引き寄せられてきたの?


「本当はママの代わりに弟を探しに来たんだけど、フィーネ達並みのマナを持ってる雄を感じたからついでに子種を貰おうと思って………でもつがいが居ないならちょうど良いから、フィーネがリュートのつがいになる。その方が子供が生まれる確率があがるからな!」


子種って…………。


こ、子種………。


いやていうか弟って何………?


ママ?


リュートのマナがドラゴニア並み?


………。


………何から突っ込めばいいの。


「ここが一番マナの匂いが濃かったから来たのに………なんでいないの? どこ?」


呆気に取られて呆然としていた私を前にして、フィーネと名乗ったそのドラゴニアはまた不機嫌そうになって唇を尖らせて見せた。








◇ ◇ ◇








「ドラゴニアだって?」


「えぇ幼生体のようね。私も一目しか見てないけど、今のところはマルカートの横で大人しくしてたわ」


「まずいだろ………」


「まずいわね。あの子だけでもまずいのに、教会や貴族連中の中で、もっとドラゴニアの個体を手に入れろと言い出す輩までいる始末よ。マルカートの成功を見て調子に乗っているのね」


深夜。

カノンの屋敷の奥まったところにある客間でそう言ってため息をついたカノンを見て、俺も同様にため息をついて頭を抱えた。


皇国が王国の聖域をどのように扱うか懸念はしていたが、まさか戦後処理もの終わっていないような段階で聖域に踏み込み、あろうことかドラゴニアを捕獲してくるとは思わなかった。


神姫マルカートの独断という訳ではあるまい。

かなりの確率で教皇か枢機卿、少なくとも大司教達の内の誰かが絡んでいる。


「事前にカノンの所には何の話も来なかったのか?」


「来なかったわね。どうせアレグレットの爺さん辺りの発案なんじゃない?そうでなきゃ私に全く情報が降りてこないなんて考えにくいもの」


「親が取り返しに来たら聖都が吹き飛ぶぞ………」


「聖都だけで済むならまだましよ」


そう言いながら顔に掛かる赤い髪をうっとおしそうに掻き上げたカノンは、テーブルに置いてあったワイングラスを一気に煽って顔をしかめて見せた。


「下手したら国土中が火の海よ。王国の聖域から連れて来たって事は緑龍の子孫だわ。龍種の中でも戦闘能力に特化した個体だったっていうし………。」


「………幼生体って事は………30年前に王国で村が一つ消し飛んだ時の子どもか?」


「恐らくね。その時に攫われた当時の王国騎士団長との間に緑龍の子孫が子をもうけたんでしょ。その人、相当強大なマナを有していたそうよ。」


「らしいな。結果的にその時期を境にして王国騎士団は弱体化していってるし………。緑龍の子孫が人を攫ったことが緑龍の幼生体を攫う事件につながるってのは何とも………。」


「皮肉な話ね………ベス。もう一杯、お代わり頂戴」


カノンが顔をしかめたまま空になったワイングラスを掲げると、そこまで無言で壁際に立っていたベスがすぐに近づいてきて眉をひそめながらワインを注ぎたした。


「飲みすぎですよ………もうこれで最後にしましょ?」

「別に平気よこれくらい………」

「そんなこと言って顔真っ赤ですよ………リュート様もなんか言ってやってください」

「うん? ………まぁ確かに。 カノン、それで最後にしておけよ」


そういえばこれで何杯目だ?

こちらのグラスはまだ二杯目だというのに、既にベスが抱えるワインの大びんが空になりかけている。


「………あなたってベスの言う事なら本当に何でも聞くわね?」

「別に……そういうつもりはないが……」

「そりゃぁリュート様は私の事大好きですから」


………別に否定はしないが。


「ふんっ………何が大好きよ。馬鹿らしい」

「あれぇ………? 焼きもち妬いてます?」


ニヤニヤとカノンを挑発するベスに対して、普段のカノンなら無言で火球を放つ程度で終わるはずなのだが、


「焼きもちですって………?私が?誰に?」

「私とリュート様っ♡」


カノンは酔うと絡みやすくなる。

殺気を纏いながらゆらりと立ち上がったカノンを見て、俺は顔から血の気を引かせ、一方のベスはニヤニヤしたまま俺の背後へと避難を開始した。


一体何度同じパターンで失敗を犯したカノンを見てきたことか。


「お、おい………カノン………」

「何?ちょっとリュートは黙っててくれない?この子、ちょっとお仕置きが必要みたいだから」

「きゃぁっ♡ リュート様助けてぇっ♡」

「何抱きついてるの………? 離れなさい、ベス」


ギュッ、と後ろからベスに抱きしめられ、途端に俺の思考は霧散し始めてまともにものが考えられなくなった。

………。

この間フラウとあんなことがあってから、どうも今まで以上に女性を意識してしまう。

ましてや………その………色々と押し付けられてしまっては………。


「あれぇ………?リュート様ぁ………? リュート様も酔ってますぅ………?」


「べ、ベス………勘弁してくれ………」


ふぅっ………と耳に息を吹きかけられ、胸板をベスの細い指が蠢く。

そんな事をされれば今の自分にはどうしたら良いのかなんて分かるはずもなく。


「リュートも困ってるでしょ………離れなさいって言ってるんだけど………?」

「いやでぇ~す♡」


ブチッ!

と血管が切れるような音がカノンの額から響くものの、ベスは一切動じた様子を見せない。


見せないどころか、


「はむっ♡」

「うおっ!!!!」

「んふっ♡」


カノンの目の前で、俺の耳を唇ではんでくるものだから大変な事になった。


「この色ボケメイドっ!!!!!!!!」

「きゃ~っ♡ リュート様助けて助けてっ♡」


ブゥンッ!!!!


という音と共にカノンの身体から無数の光球が浮かび上がり、


「離れなさい。最後通告よ」

「や・き・も・ち♡ 素直になればいいのにっ♡ そんなんだから………」

「ベェェエエエエエエスッ!!!!!!」




カノンの怒鳴り声と共に、全ての光球が何故か俺に向かって放たれた。




迫りくる光球に視界が真っ白に染まっていくのをスローモーションのように感じながら、


「そんなんだから………ぽっと出の女なんかに奪われちゃうんですよぉ………?♡」


含み笑いをしながら背後でベスが何かを言った声を聞いた直後、俺の身体は見事までに宙に吹き飛ばされた。





結局その日は酔いが冷めたカノンに平謝りされながら、一晩掛けて怪我の治療を受けることになってしまった。

我が家で大変な事態が起きていることを知っていれば飛んで帰ったのだが………。


いや、まぁ、帰ったところで遅いか早いかの違いしかなかったのではあるけれども。





一体誰が、





「おう!お前がリュートかぁっ!!♡ あたしフィーネ!!♡」


「………………」







早朝に帰宅した我が家で、顔を蒼白にしているフラウと、しかめっ面をしているヴィオラと共に、


「お前、嫁いないんだってなっ!!フィーネとつがいになれっ!♡」


ドラゴニアの幼生体が自分を出迎える場面を想像できるというのだろうか。





「………? どうしたんだ? 荷物落としたぞ………? お土産か………?」


テテテっと駆け寄ってきてバッグを拾い上げ、フンフンとその匂いを嗅ぐその少女の髪は目が覚めるような鮮やかなグリーン。


「…………」

「なぁ………これお土産か? 美味しいもの入ってるか?」


こちらを見上げて首を傾げるその子は、


「………なんだぁ? 喋れないのか? 念話にする?」

「…………」


どこをどう見ても、緑龍の血を引いているドラゴニアにしか見えなかった。







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