こっくりさん

両膝に手を置き荒れた呼吸を整える。

梅雨も終わりいよいよ夏かというこの時期は過ごしやすい。

女子寮裏の神社からの逃走の際、まさかの御堂みどう先輩より遅かった。

たしかに去年の夏に部活を引退して以来まともな運動なんてしてこなかった。

だがいかにも貧弱そうな先輩より遅いとは。

「このままではまずい」そう思い、日課としてランニングを始めた。

初めた当初は現役時代のウォーミングアップ程度で限界だった。

しかし身体は覚えてるもんで一週間もすると全盛期までとはいかないが、あの頃の七割くらいの強度の練習ならできるような体力となった。

部活やサークルに入ろうかとも思ったがそうすると先輩といる時間が減り、そのうちなくなりそうでやめることにした。


「ミチルさん、こんにちは」

クールダウンを兼ねて歩いていると駅近くの土手で声をかけられた。

声の主を確認するとセーラー服にやや茶色の髪、一瞬誰だか分らなかったが女子高生が僕に近づいてきた時にわかった。

「浩香ちゃんか、こんにちは」

正親町浩香おおぎまちひろか、彼女の姉の静香さんには以前『不幸の手紙』で先輩が相談を受けた。

もっともその送り主が浩香ちゃんだったわけだが。


「ミチルさん、今匂いでだれだかわかったんでしょ?」

ニヤニヤと笑いながら図星を言う。

実際匂いはその人の印象と強く結びついている。

「以前より印象が違ったもんでね、ごめんよ」

以前も茶髪だったがもっといかにも染めてるって色だったし、スカートもそこまで短くない。

そして何より化粧が全然違う。

「この前はお姉ちゃんがお世話になりました、私もか」

神妙な顔で浩香ちゃんがお礼を述べてくれた。

あの一件がきっかけで浩香ちゃんもいい方向に変われたのだろう。

「お姉ちゃん感心してましたよ『これじゃあ報酬が足りない』ってミチルさん言ってたみたいですね」

御堂先輩本当に話したのか。


「私ついこの前まで『不幸の手紙』なんて知らなかったんですよ」

「今じゃチェーンメールすら死語になってそうだもんね、無理もない」

ではどこで知りなぜか実行しようと思ったのだろうか。

「友達が教えてくれたの、にすごい興味ある子」

「オカルトに興味ある子ってやっぱりいつもいるんだね」

ランニングで出た汗が冷えて肌寒い。

左巻さまきさんって人が教えてくれたの、普段あんまり喋らないけどあまり仲良くないからこそ話せることってあるでしょ?」

「そうなんだ、今のところそんな経験ないや」

悩み事もないし、困りごとの半ばは御堂先輩絡みだ。

「ミチルさんは高校とか中学時代にてやりました?」

「いやないよ」

小学校の頃上級生の間で流行っていたが学校側で禁止されていた。

「昨日左巻さんに誘われたんだけど以前のこともあったし断ったんだ」

「危ないって聞くし正解じゃない?」


駅で浩香ちゃんと別れ帰途に就く。

御堂先輩の連絡先を知らないということで代わりに僕の連絡先を教えた。

こっくりさんを信じてるわけではないが何かあったら頼りになるからとのことだった。

人気のない車道脇を歩きながら昔のことを思い出そうとするが自分が直接こっくりさんを行ったわけではない、類似する記憶は何もなかった。


「御堂先輩はこっくりさんしたことありますか?」

いつもの別館の空き教室、今日も先輩は古めかしい本を読んでいる。

「こっくりさん? ミチル君こっくりさんなんかするのかい?」

浩香ちゃんから聞いたことを先輩に話す。

「高校生でこっくりさんか、もう少し子供の遊びだと思っていたが」

「僕の時も小学校でなら流行ってましたよ、すぐ禁止されましたけど」

「子供は集団ヒステリーになりやすいからな」

想像に反して先輩はこっくりさんのオカルト的要素は否定的だった。


「科学的にこっくりさんの仕組みはだいぶ解明されてるんだよ、こっくりさんのやりり方くらいは知ってるかい?」

紙にはい、いいえ、0から9の数字、鳥居のマークに五十音表それに十円玉。

「十円玉を複数人の指で押さえてこっくりさんに質問をすると答えてくれる、最後にこっくりさんにお帰り願うんですよね?」

「途中で辞めると低級霊、だいたいは狐が降りてきて悪さをするってものだな」

「狐ですか? ずいぶんとオカルトの世界では幅を利かせてますね」

思わず苦い顔をしてしまう。

「こっくりさんは漢字で書くと狐、狗、狸で狐狗狸こっくりさんだからな。発祥自体はルネサンス期のヨーロッパには既にテーブルターニングとして確認されてる」

ルネサンス期となると啓蒙思想の時代の直前、神秘が十分に世界を覆っていた頃だ。

「それが明治期に日本に来て土着の信仰と結びついて今の形になったわけだ」

「由来はわかりました、先輩さっき科学的に解明されたっていいましたよね?」

先輩はここにきてようやく本を机に置き僕に向き合った。

「単純に実験で解明したことだよ。こっくりさんを信じているグループでは硬貨が動いたが信じていないグループでは動かなかった」

「潜在意識や自己暗示ってやつですか?」

「それだけじゃない、グループの誰かが答えられる質問では硬貨が答えを示すが、誰もが答えられない質問では硬貨が右往左往するだけだった。それどころか被験者の視線を可視化するトラッカーを装着して実験すると効果より先に目線が答えの文字を追っていたことも分かっている」

「ではこっくりさんからもうオカルト性はもう排除されてしまったんですね」

にはな」


翌日いつもの空き教室には僕と先輩意外に二人の客がいた。

一人は浩香ちゃんそしてもう一人は。

「初めまして、左巻明日香さまきあすかと申します」

四人はそれぞれ椅子に(先輩は机に)腰かけ向かい合う。

昨晩浩香ちゃんから連絡があり、こっくりさんのことで御堂先輩に相談したいことがあるとのことだったが左巻さんが来るとは思わなかった。

「左巻さん、こっくりさんの話は聞いてるけど相談っていったい……」

左巻さんは俯いてなかなか答えようとしないし、先輩も既に本を取り出してしまっている。

浩香ちゃんに促されようやく左巻さんが口を開いた。

「御堂さんも怪奇やオカルトに詳しいと聞いています」

先輩は本から目を外すとジロっと左巻さんを睨め付けた、おそらく一緒にするなと言いたいのだろう。


「一昨日私は友人たちとこっくりさんをしました」

左巻さんはその時の状況を説明し始めた。

一昨日月曜日の放課後五時を回ったあたりに教室で左巻さんを含む三人でこっくりさんをはじめた。

他の二人も巻き込まれる形でこっくりさんのようなオカルトは懐疑的な立場であった。

質問の返答率は高くなく、三割程度のことだった。

特に左巻さん以外の質問に関しては一つも答えてくれなかったとのこと、昨日先輩が話していたように参加者のだれも答えられない質問には弱いのだろう。

問題は最後に起こった。

「友達の二人は一通り質問を終えると呆れたといわんばかりにこっくりさんを中断して帰ってしまったのです。こっくりさんにお帰りしてもらう前に」

無理もない、そう思ってしまう。

「止めるべきとはわかっていましたが、無理に誘っておいて不甲斐ない結果。そのうえ最後まで付き合えとはどうしても言えませんでした」

最後のほうは聞き取れないほどの小声でまた俯いてしまった。

「それでそのあと、左巻さんに奇妙なことが起きたの?」

こっくりさんを中断したということは低級霊とやらが降りてくるとのことだ。

「起きてないだろ、これに懲りたらしばらくはオカルト趣味は控えるんだな」

左巻さんが答えようとした時に先輩が断言した。

少なくとも話は聞いていたらしい。


「ただどうしてもというなら対応策を二つ教えてやるよ。やるなら絶対どちらかほ一つだ、両方行うのはこっくりさん以上に危険だと思ってくれ」

「わかりました」

左巻さんは神妙な顔つきで聞いている。

「一つはハードルが高いが蛇を飼うんだな。飼うとは言ったがペットではなく神様として扱うんだ、定期的に酒を与えるなどして敬うんだ」

「先輩なんで蛇なんですか?」

「犬のほうよりは現実的だからだ」

要領得ない答えが返ってきてしまった。

と言って四国のほうでは有名な憑神だよ、持て成してる間は低級霊程度なら相手にもならないだろう」

「持て成すのを怠ったら?」その質問は誰もしなかった。


「もう一つ、まぁこっちが楽だしお勧めだ」

じゃあそっちから話してくれればいいのに。

「ここからそう遠くないところに三峰神社がある、そこでお札をもらってこい」

スマホで調べてみると秩父にあるらしい、確かに遠くはないがここからだとアクセス自体は悪い。

「三峰神社、どうしてそこなんでしょうか?」

を祀っていて狐払いで有名だ、狐の天敵ってところだ。詳しいことは向こうでも説明してくれると思うし、歴史あるところだからミチル君みたいに自分で調べるのもいいだろう」


結局左巻さんはお犬様を頼ることに決め、お礼を言って浩香ちゃんとともに帰った。

「今日浩香ちゃんずっとだんまりでしたね」

「後ろめたいのもあっただろうし、そもそも浩香も信じてなかったんだろう。こっくりさん」

確かにオカルトを信じていたら本気で不幸の手紙を実の姉に送る真似なんてしないだろう。

「『犬のほうより現実的』ってお犬様のことじゃないですよね?」

先ほどの会話を蒸し返す。

「犬神のことだよ、さすがにグロテスクだし現実的じゃない」

「犬神ですか? 映画のやつと関係あります?」

横溝正史原作の有名な映画ならどちらも見たことがある。

「関係ない、蟲毒の一種だけど今は関係ないよ」

時計を見ると既に八時になる、スクールバスの最終便もそろそろだ。

構内のバス停へ歩きながら会話を続ける。


「なんで先輩は『科学的に問題ない、考え過ぎだ』って言わなかったんです?」

最初にそう言えば全て解決な気がする。

「正論で納得する人間なんて稀だよ、ミチル君」

先輩はククッと喉を鳴らしながら僕を見つめる。

「彼女はそれで納得したかな?」

「納得するようならわざわざ変人の先輩のところまで来ませんね」

「変人の先輩って君のことかい?」

御冗談を。


「解決策一つでよかったですよね、トウビョウ様なんて女子高生には無理でしょう」

「あれも作戦だよ、ワトソン君」

先輩は上機嫌に説明してくれる。

「いきなり神社でお札をもらってこいって言うと投げやりに聞こえてしまうだろう?     それよりは最初に無理と分かっていててもといった対抗策を提示してやったんだ。そうすればお札の神秘性を上がるしだろう?」

選択肢を与えることで選ばせる。

「先輩、やっぱり頭いいですね。感心しました」

「他にもいくらでも解決策はあったが、実際は一つで十分だからな」

「左巻さんもこれで大丈夫でしょうね」

「さあな、彼女の後ろに見えた影は低級霊には見えなかったけど」

後ろに見えてた影?

「先輩? なんですかそれ?」

「ククッ冗談だよ」

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丑の刻参り 杠明 @akira-yuzuriha

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