第6話 周才人vs文昭儀

 この国の後宮には、皇后の下に貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の四夫人が置かれ、そして、昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛と呼ばれる九嬪という妃がいる。


 わたしはさらにその下の下の下の才人という地位だ。妃ではあるものの、他にも何人もいる「その他大勢」。


 そのわたしを、文昭儀は空席の昭媛に推薦するという。

 大出世だけれど、当然だけど裏があるはずだ。罠ではないにしても、素直に受け取れる話ではない。


 文昭儀は皇后の地位を狙っている。そのために、わたしを使える駒として自派に取り込むことにしたのだろうか。


 梨鈴の相談役みたいな立場のわたしは、利用価値があるのだろう。打算の結果とはいえ、文昭儀のような美しくて頭の良い人に評価されるのはわるくない。


 が、選択肢としては断るのが無難だ。

 ただ、答え方次第では面倒なことになるかもしれない。わたしは頭を回転させる。


「もったいないお言葉、ありがたく思います。文昭儀がわたしのような者に目をかけていただくとは、お心遣い深く感謝いたします。ただ、容姿も性格も劣る才人のわたしには過分な地位です。他にもふさわしい方がいると思いますので、その方をご推薦ください」


「あら、謙虚ね。ますます気に入ったわ。でも、本当は貴方自身も気づいているでしょう? あなたは他の妃より美しいし、そして頭が良い。昭媛にふさわしいわ」


「そんなことは――」


「ないとは言わせないわ。あたしの言葉を否定するのかしら?」


 過度な謙遜は、「文昭儀がわたしを評価した」という事実を否定することになる。それは文昭儀への反抗と取られかねない。

 なら、別の断る理由を探すしかない。


「し、しかし、周りの方の目が心配です。昭媛といえば、後宮の女性の誰もが羨望する地位。わたしのような没落貴族の娘がついたとなれば、嫉妬の対象になります。それに、わたしには後ろ盾もありませんし……


「あら、そこはあたしが後ろ盾になってあげるわ。大丈夫。お姉さんは可愛い子には優しいから」


 文昭儀はいたずらっぽくふふっと笑う。その艶やかな笑みは魅力的だが、わたしはどんどん追い込まれているのを感じる。

 断る理由がない。


「貴方も、実家に恩返しをしたいでしょう? 昭媛となれば、後宮での発言力も増すし、周氏の男に官位を見繕うぐらいはできるはず。それにもっと上を目指せる。家柄で言えば、貴方は皇后になってもおかしくない」


「それは……ないと思います。皇后は別の方がおなりになるでしょう」


「『別の方』って誰のこと?」


 しまった、とわたしは思う。ここでどう答えても角が立つ。梨鈴と答えれば文昭儀の不興を買い、文昭儀と答えれば梨鈴への裏切り行為だ。

 

「万民の母にふさわしい方、ではないでしょうか」


「あら、逃げたわね」

 

「わたしには天子のお心はわかりませんから」


 まあ、実際に皇后を決めるのは極めて政治的な問題で、単に皇帝が気に入ったから皇后になれるというものでもない。

 皇帝が帝国の万民の父であるならば、皇后は万民の母。それにふさわしい人物を選ぶという建前もあるし、外朝、つまり臣下たちの支持も必要となる。


 文昭儀が焦っているのも、それが理由だろう。彼女の唯一の弱点は年齢が数えで27と比較的高いことだ。

 早々に決着をつけないと、皇帝から飽きて捨てられるかもしれない。


 文昭儀がわたしの耳元に唇を近づける。わたしはどきりとする。


「夏梨鈴のような小娘に従うことはないわ。彼女があなたに何をしてくれたというの?」


 文昭儀はわたしを絡め取ろうと、次の一手を繰り出してきた。

 結局のところ、わたしは立場を明確にするしかないらしい。


「わたしは梨鈴様のことが大好きなんです」


「え?」


 文昭儀が初めて驚いた表情を見せた。わたしはくすりと笑う。

 

「わたしは皇帝陛下の寵愛を受けるような資質はありませんが、梨鈴様のような可愛い女の子とお近づきになれるのは、最高です! この後宮は美人や美少女だらけですから……!」


「ま、まあ、それはそうでしょうけれど……皇帝陛下のために可愛い女の子を集めてきているわけだし」


「もちろん文昭儀もです! 文昭儀のような美しい方に声をかけられるのは、とても嬉しいんです」


 わたしはぎゅっと文昭儀の手を握った。半ばやけくそだ。このぐらいなら、礼儀作法的にも怒られない範囲だろう。


 ただ、文昭儀は警戒すべき相手だけど、年上美人も大好きなわたしにはストライクゾーン(あえて日本の言葉を使う)だ。

 手を握られて、文昭儀は顔を赤くした。


「あ、貴方ねえ……」


「嫌でしたか?」


「そ、そういうわけじゃないけれど……」


 文昭儀は意外とちょろいのかもしれない。彼女はわたしをジト目で睨む。


「おべっかを使うぐらいなら、昭媛になる話を受け入れなさい」


「文昭儀が美しいと思っているのは本当です。それから、もう一つ。実のところ、わたしは梨鈴様に皇后陛下になってほしいと思っています」


 わたしは深呼吸して、はっきりと文昭儀に告げた。




<あとがき>


第一章の折り返し地点です!


面白い、彼女たちの関係がどうなっていくか期待!と思っていただけましたら、

☆☆☆での応援、お待ちしています!




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