第7話 わたしの立場

「なっ……!」


 文昭儀の顔は相変わらず赤かったが、それはさっきまでとは別の意味を持っていた。

 わたしが梨鈴支持の立場を明確にしたからだろう。


 さっきまでは言葉を濁していたが、わたしは態度をはっきりせざるを得なくなった。

 

「梨鈴様はああ見えて優しいお人です。これから経験を積めば、外朝からも後宮からも支持を受ける立派な皇后になられるでしょう」


「あの子の取り柄は、可愛いことと、育ちが良いことだけでしょう」


「それは二つの意味で大事なことですね。容姿の美しさは人を惹き付ける力になります。この後宮ではなおさらそうです」


「その意味ではあたしも貴方も引けを取らないでしょう?」


「わたしはともかく、文昭儀は梨鈴様よりたしかに美しいかもしれません」


「あら、そこは認めてくれるのね」


「事実ですから。わたしたちのような小娘では文昭儀に敵いません」

 

 わたしは苦笑して言う。


 もっとも、それは今の話。10年先のことはわからない。そのときには文昭儀は、数え年で37歳。この世界で言えば、それなりに年配だ。

 逆にわたしは27歳、梨鈴は25歳。ちょうどいわゆる女盛りの時期になる。


 そのときには、梨鈴と文昭儀の力は逆転していてもおかしくない。

 とはいえ、今、大事なのはもう一つの要素。すなわち育ちだ。


 文昭儀は考え込む。


「あたしと夏梨鈴をわけるのは、育ちの違いでしかないわね。貴方も貴族の娘だから、南方の庶民出身のあたしを蔑むのかしら?」


「そういうわけではありません。わたしも、どちらかといえば文昭儀の側の人間です。後ろ盾がないという意味では、没落貴族のわたしも南方出身の文昭儀も違いはないと思います」


「なら、なぜ貴方は恵まれた大貴族の娘の味方をするの?」


「それが必要で、自然なことだからです」


 わたしははっきりと言った。


 つまり、梨鈴が皇后になるのは、ごくごく当然のことなのだ。身分も高く、容姿に恵まれ、性格も良い少女。皇帝の愛を得て、皇子さえ産めれば、何も非の打ち所がない。


 一方、文昭儀が皇后になるためには多くの障害がある。


 南方からさらわれた奴隷という生まれは、文昭儀も言った通り、残念なことに蔑みを買いやすい。

 そして、先代皇帝の寵妃であり、娘も産んだ女性が今上皇帝陛下に仕えるのは、「貞女は二夫に見えず」という帝国の倫理観からすると、かなり問題がある。


 おまけに後ろ盾もない。


 そんな彼女が皇后に成り上がるためには、多くの敵を排除しなければならない。その際には血を見る粛清もあるだろう。


 外朝では自身の取り巻きとなる臣下を作り、一方で旧来の重臣を地方へ左遷し、反抗すれば殺害する。


 もちろん、皇后候補も同様だ。自身に屈服すれば良いし、そうでなければ皇帝の寵愛を良いことに罪に陥れる。


 そのぐらいの徹底的な手段を取らないと、文昭儀は皇后になれない。そして、文昭儀は良くも悪くも、それができる傑物だ。


 現実の中国には、則天武后(あるいは武則天)という女性がいた。彼女は文昭儀と似たような境遇で、皇后に成り上がり、そしてライバルの妃二名を手足を斬って酒樽に放り込み、惨殺したとも言われる。


 必要に迫られれば、同じようなことを文昭儀も実行するだろう。 


 そのとき、梨鈴はどうなるか? きっと梨鈴は文昭儀の手で殺害される。文昭儀にとって、彼女の存在はもっとも邪魔だからだ。


 わたしはそのことを、表現を穏当にして文昭儀に告げた。それでも、文昭儀には通じたらしい。

 文昭儀はくすりと笑う。


「やっぱり、貴方は聡明ね。敵にしたくはないのだけれど」


「わたしも文昭儀だけは敵に回したくはありません」


「あら、でも、夏貴妃が皇后になったら、あたしこそ粛清対象ではなくて? あの子はあたしのことを嫌っているでしょう?」


「梨鈴にそうする理由はありません。彼女にはそんな手段を取らなくても良い十分な力がありますから」


「そう。それが育ちの良さの最大の利点ね。あたしには望んでも得られないもの」


 文昭儀はため息をつく。そんな文昭儀にわたしは微笑む。


「わたしは文昭儀のことを嫌いではありませんよ?」


「嘘ね」


「いえいえ、これほど美しい方のことを嫌いになれるわけもありません。むしろ大好きです」


「貴方のそれ、どこまでが本気なの……?」


「全部、本当ですよ。それに、わたしのいう美しさには心の美しさも含まれていますから」


 梨鈴は見た目通り、性格も可愛らしい子だ。一方、文昭儀はその鮮やかな容姿と同様に、内面にも強烈で魅力的な人格を秘めている。


 わたしがそのことを指摘すると、文昭儀はふふっと笑った。


「そこまで言うなら、あたしの味方になってくれてもいいのに」


「わたしはこの後宮のすべての妃の幸せを願っているだけです。その最良の手段が、梨鈴様を皇后にすることだと思います」


「すべての妃を幸せにする義務があるのは、皇帝陛下ね。貴方じゃないわ」


 文昭儀は柔らかい口調で言う。実際、わたしは皇帝の身代わりになる予定だ。

 彼女は皇帝の失踪を知っているんだろうか?


 わたしは気になったが、文昭儀は手をひらひらとさせて、その場を立ち去ろうとした。

 最後にわたしを振り向き、文昭儀は言った。


「貴方が今日の選択を後悔しないことを祈ってるわ」





<あとがき>


いよいよ男装パートです!

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