第8話 梨鈴が気にすること
「いやはや、実によくお似合いですよ!」
「そうですか……?」
宮女の一人の明るい言葉に、わたしは首をかしげた。
今、わたしは……なんと……皇帝の服を着ていた!
いや、皇帝の身代わりを務めるのだから、当然なのだけれど。
明るい黄色のゆったりとしたこの服こそ、皇帝であることの象徴だ。
明黄は禁色であり、この色の服を着ることは皇帝以外の何人にも許されない。
とある王朝の創始者である初代皇帝は、前王朝に仕える忠実な軍人で、自身は皇帝になるつもりなどさらさらなかった。
だが、群雄割拠で戦乱が続く時代、幼い皇帝に不安を覚えた兵士たちは、軍人の彼に無理やり明黄の服を着せ、皇帝に祭り上げたという。
彼は帝国史上屈指の名君として知られているが、言ってみれば彼は反逆を強いられたわけだ。
わたしも同じことをしている。
もしバレたときには、皇帝にしか着られない黄色の服を着たというだけでも、不敬の罪に問われるだろう。
宮女はにこにこしていた。
「私も共犯者ですねえ。もっとも、あくまで周才人が首謀者ですから、首が飛ぶのは周才人だけですが」
「言わないでください……」
このお気楽な調子の宮女は、梨鈴の侍女だった。正式な妃嬪としての地位があるわけではなく、あくまで最下級の官位のみを持つ女官。
彼女は皇帝に近侍する立場にはないので、気楽な相手だ。これが妃相手だと、わたしもライバル視されるので疲れてしまう。
ちなみに、梨鈴もかたわらでわたしの着替えを見守っている。これは極秘なので、後宮のこの小部屋にいるのはこの三人だけだ。いわば国事犯の女三人組。
一応、梨鈴の父・夏柱国大将軍たちこそが、わたしを皇帝代理とする企みの首謀者ではある。ただ、彼は男なので、男子禁制の後宮にはもちろん入れない。
だからこそ、男性を身代わりに立てるわけにはいかないのだ。皇帝の寝所は後宮にあるが、いくら皇帝の身代わりでも、他の男を後宮に立ち入らせるわけにはいかない。
女性であるわたしなら、その点、一向に差し支えない。ただ、男装が露見する危険はすごく高いけれど……。
梨鈴の侍女が首をかしげる。
「ゆるやかな作りの服とはいえ、身体の線が目立ちますね。周才人は意外と女性らしい身体をされていますから」
「意外とって、どういうことですか……?」
「まあ、それはともかく胸にさらしを巻かないといけませんね」
その提案はもっともなものだった。まだ17歳なのに、転生前の20代の自分より、今のわたしの方がずっと胸は大きい。
隠さなければ、一発で女性だと分かってしまう。
梨鈴が複雑そうな表情で、わたしを見ていた。
彼女が何を気にしているかわかって、わたしはくすりと笑う。
「心配しなくても梨鈴様はまだ成長途中なだけですよ?」
「わ、私は何も言ってない!」
梨鈴はそう言いながらも顔を真っ赤にした。やっぱり図星なんだ。胸が小さいことを気にしているのだと思う。
皇帝陛下の寵愛を得られるかどうか、というのがかかっているから、梨鈴も必死だと思う。ライバルの文昭儀はスタイル抜群だから、なおさら。
もっとも、今はその皇帝自体がいないわけだけれど。
侍女はくすくす笑っていたが、やがて真面目な表情になった。
「周才人は、まず、明日の朝議を乗り切る必要がありますね」
朝議。それは皇帝が文武百官を集め、政治を行う儀式の場だ。
<あとがき>
決戦へ……!
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