第10話 賢帝の裁決

 星祖新武帝は不世出の英雄であり、この帝国を築き上げた偉人だ。

 同時に今上皇帝陛下にとっては、普通の父親でもあった。


 今の皇帝は、決して優秀とは言えず、病弱で気弱な第五皇子だった。かつて政治的混乱から兄である皇太子が失脚し追放された後、後継者問題が起きた。


 他には何人も優秀な兄弟がいて、従兄の楚王ら年齢的にも能力的にも十分な皇族もいたから、彼らが次の皇帝になる可能性もあった。


 だが、選ばれたのは今の皇帝。その背景には母が名門だったこと、大貴族たちが優秀な後継者を警戒したこと……なんて、いろんな事情があったらしい。


 けれど、決定打だったのは、今の皇帝が、父に愛されていたことだったと思う。自分とは正反対で優しく穏やかな皇子。


 星祖は、彼に平和な時代の君主のあり方を見出した……のかもしれない。


 ともかく、そんな皇子は皇帝になっても、父を神のように崇拝していた。まあ、もともと星祖は晩年の失政を除けば、衆目一致する超人だったし、彼を心から尊敬する貴族や民衆も多い。


 それに加え、父が自分を選んでくれた、という恩義もある。

 皇帝は父帝を祀ること極めて厚く、その陵墓に白砂を盛り、聖樹とされる柏の木を植えた。


 問題はそこなのだ。

 星祖の陵墓の墓守三人が、間違って大事な柏の木を斬ってしまったのだという。彼は陵墓を荒した罪に問われたが、もちろん木を斬っただけなので、法律上の罪は軽い。本来なら少しのあいだ牢に放り込まれるだけなのだが……。


「墓守三人を死罪にすることを検討せよ、という陛下のご命令ですが……」


 前回の朝議で、この件が皇帝に報告されると、少年皇帝は激怒したらしい。父を祀るための柏の木を切るとは、父の名誉を傷つけることだ、と。


 無茶な話だが、ともかく、いったん持ち帰って担当の官吏たちで検討することにしたらしい。

 この件を話し合う予定があるから、わたしも正体がバレる危険もあるのに、朝議に出ないわけにもいかなかった。


 さて、その担当者たちはどう言うだろう? 夏策真が、廷尉・同中書門下平章事の男を呼び出す。

 彼はうやうやしく頭を垂れると、次のように述べた。


「陛下の聖慮のとおり、墓守たちには死をもって罪を償わせることといたしました」


 ああ、そうかと、わたしは思う。廷尉は秋霜烈日の官。罪を厳正な態度で裁くのが職務だ。

 皇帝の言っていることは明らかに道理に反する。なのに、彼は皇帝におもねり、法をまげるつもりらしい。


 わたしの答えは決めていた。たとえ皇帝が戻ってきたときに問題になっても、人の命を軽々しく奪うわけにはいかない。


 わたしはつとめて声を低くする。朝議で皇帝はほとんど言葉を発したことはないから、バレるおそれは低い。


「前回、余は墓守を死罪にせよと言った。今でも気持ちの上では、墓守に対する怒りは変わらない。だが……法はそれを求めていない。いったい、民は法を信じて生きているので、これをみだりにやぶることは、たとえ皇帝であっても許されるところではない」


 そこでわたしは言葉を切る。梨鈴は驚いたようにわたしを見つめている。わたしは梨鈴に微笑んでみせた。

 

 そして、言葉を続ける。


「もし余が怒りのままに墓守たちを殺していれば、後世からは法を破り、人名を軽んじる暗君と呼ばれていただろう。それを諫めるのが諸君の役目だ。我が父・星祖の望みは、陵墓の木を大事にすることではなく、余に優れた臣下がつき、正しく国を統治することだ。心せよ」


 わたしははっきりとした発音で言い切る。

 廷尉はあっけにとられた様子だった。


 そう。星祖新武帝の望みは盛大な墓で祭り上げられることではない。息子が臣下とともによりより国を作ることを望んでいたはずだ。


 彼は口を酸っぱくして、臣下の役目は皇帝に諫言を行い、正すことだと言っていた。

 そして、わたしもそれは正しいと思う。そう考えたとき、この朝議に参加している文武百官は頼りない。


 だからこそ文昭儀、あるいは楚王といった面々につけこまれる隙が出てくる。


 ともかく、わたしの裁決で問題は解決した。群臣も納得したような安堵したような、そんな表情を浮かべている。心のなかでは墓守を殺すのはやり過ぎだと思っていたのだと思う。

 

 ともかく、わたしの身代わり皇帝はまずまず順調な滑り出しを見せた……はずだった。


 皇族の楚王・高秀善がわたしに面会を求めたのは、そんなときだった。






<あとがき>

そろそろ一区切りの予定です!


・☆☆☆

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