エピローグ② トムのその後
二人が出発してから数時間が経った。落ち着かないので小屋の中を腕を組んで歩いていると、なぜか島の海沿いに立っていた。そこは、リューゴと初めて会ったところだ。懐かしいなと思っていると、「あれ、今そこに新入りいなかった?」隣から聞き覚えのある声がした。俺の同期(四か月くらい先輩)のスペイン人だ。「お前、寿命迎えていなくならなかったっけ?」と聞くと「なに言ってんだ。あと九年以上あるだろ」と返された。何を言っているんだという表情が顔から伝わってくる。
頭が追い付かない……ただ、その日が終わっても、次の日になっても二人は帰ってこなかった。逆にボスや寿命を迎えたはずの人たちがこの世界に戻ってきている。そして、誰も俺らが過ごしてきた十年間を覚えていない。どうやら、あいつらと出会った日まで戻ってしまったらしい。訳がわからないので、考えることをやめた。
あいつらは現れなかった。あいつらの存在がなかったことになっている。そんなのだめだ。あの十年間、俺らがどれだけ頑張ってきたか。翻訳書だってできあがって……そうだ、あいつらが生きていた証を作ろう。俺はムネヤマと一緒に翻訳をしていたのでイモ語を理解している。なので二年をかけてイモ語と英語の翻訳書を作り上げ、ヒーモ族にこれを広めた。翻訳書は周りから絶賛されて、俺は「英雄」とまで言われた。本当の英雄は俺じゃないのに……そんな中、ボスに呼び出された。
「お前を次の総長に任命したい。この翻訳書はお前が一人で作り上げたのか?」と聞かれたので
「作ったのはムネヤマです。ここにいる、誰も知らない翻訳者であるムネヤマが、一人で作り上げました。俺はただ、それを広めただけです……」俺は事実を淡々と述べた。
「そうか、何を言っているのかよくわからんが、そいつは今どこにいる」俺を詰めるように言ってきた。
「分かりません。彼がいた痕跡はなにもなく、本当にいたのかすら怪しいです」地面を見つめながらボスに伝えた。
「……そんなことはどうでもいい。お前はリーダーになってくれるのか? なぜ翻訳書を作り、みんなに広めた? お前には造りたい理想があるのだろう。それを俺に見せてくれ。お前は若い。若いからこそ時間があり、若いから理想を現実にするための時間と力が残っている。だから、お前にやってもらいたいんだ」熱い演説が終わると、俺が返事を言う前に小屋から出て行ってしまった。
俺に理想なんてない……思い浮かぶのはあいつが見ていた理想だけだ。大きなため息をついて、外にいるボスに返事を伝えに行った。
俺は決心したんだ。俺が再びボスになり、イモたちと仲良くやっていける世界をつくると。だからムネヤマ、俺はあと十年頑張るよ。お前が頑張っていたみたいに。
誰も知らない翻訳者 三京大、 @Muneyama
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