第3話英雄叙事詩






オーディン~臆病者と呼ばれた男の物語~

英雄叙事詩



 下を向いていたら、虹を見つけることは出来ないよ。


      チャップリン




































 第三翔【英雄叙事詩】




























 オーディンは、ヴィントを探す為に森に入っていた。


 途中まで馬で運んで行ったのか、馬の蹄の痕を見つけたオーディンは、その方向にある山へと一人で向かう。


 「ヴィント!」


 人の手が加えられていないその森は、とても綺麗で優雅であって、それでいて険しくもあった。


 だが、そう簡単には見つからない。


 数日、という期限を設けられ、オーディンはなんとか急いでいたのだが、ヴィントが歩いた跡さえ見つからない。


 結局、一日中森の中を歩き回っていた。


 腹が減ったと、オーディンは何か食べるものを探したが、あるはずもなく、ただそこで座って空を眺めていた。


 目を瞑って空腹を誤魔化そうとしていると、がさっと音がした。


 「!」


 オーディンは急いで戦う体勢を取ろうとしたが、後ろに体重を乗せ過ぎたせいか、転んでしまった。


 「あ」


 「!」


 見つかった、捕まってしまうのかと、オーディンは身構えていたのだが、オーディンを見つけた男はじーっとこちらを見ているだけ。


 ハチマキを頭につけたその男と、互いに顔を見合わせていると、この空気とは裏腹に、オーディンの腹が鳴った。


 ぐううう~・・・


 「ぷっ」


 「わ、笑うな!」


 男は思わず肩を揺らして笑っていると、オーディンに背を向けて歩き出した。


 「着いてこい。なにか食わせてやる」


 罠かとも思ったオーディンだが、もうこのまま飢え死にするのも嫌で、男に黙って着いて行った。


 「俺はホグリス。これから、俺達の基地に案内するけど、この場所のことは絶対誰にも言わないでほしい。守れないなら、ここで殺すかもしれない」


 「基地?まあ、興味ないから言わないけど。俺はオーディン」


 「オーディン・・・?ああ、そういうことな」


 「?」


 何に納得したのか分からないが、ホグリスの後ろを着いて行くと、大きな葉っぱで入口を隠したその先に、何やら建物があった。


 その中に入って行くと、数人の男がいた。


 ホグリスが帰ってきたのを見ると、男たちはオーディンを見て少しだけ警戒する。


 「腹が減ってるんだって」


 「まったく。俺ぁなんでもかんでも拾ってこいと言った覚えはねぇぞ、ホグリス」


 「イデアムさんすいません。けど、こいつオーディンって言うんですって」


 「ああ?」


 きっと剣を抜かない臆病者としての噂が広まっているのだろうと、オーディンは顔を下に向けてしまった。


 リーダーの男なのか、隻眼に銀の髪をした男が近づいてくると、オーディンを色んな角度から見ていた。


 「悪いね。イデアムさん、いつもこうなんだ」


 彼は、リーダーのデスロイア・マウロ・イデアムというらしい。


 なぜ隻眼なのか、銀髪なのか、そういったことは何も答えてもらえなかった。


 だが、オーディンをもてなすと、とても慣れ慣れしく腕を回してきた。


 「でな、マウロってのが俺の名前と言ってもいいわけだ。デスロイアもイデアムも、じいちゃんたちと一緒なんだぜ?どう思う?あんまり嬉しくねえだろ?」


 「はあ・・・」


 「イデアムさん、困ってますよ」


 「ああ?んなわけねえだろ。なんで俺の話聞いて困るんだよ・・・あ、まじだ」


 そんなワイワイとした空気は久しぶりで、オーディンは忘れていたことを思い出す。


 「あの」


 「なんだ?」


 「俺のこと、知ってるんですか?」


 「はあ?」


 ホグリスもイデアムも、オーディンと聞いたときの反応のことを言うと、一斉にしーんとなったあと、また一斉に笑いだした。


 そして、オーディンの肩に回していた腕を解いて、自分の膝をバンバン叩くと、イデアムは持っていた酒を適当な場所に置いた。


 「そうだ忘れてた。こっち来てみな」


 「?」


 言われたとおり着いて行くと、もう一つ扉があり、その奥にもう一つ部屋があった。


 その部屋のドアノブに手をかけると、イデアムはオーディンの方を見てニッコリ笑う。


 「こいつから聞いてたんだ」


 「へ?」


 ぎい、と開けられたドアの向こうには、もう寝てしまっているが、確かにヴィントがいた。


 ドアを開けたイデアムの横を通って先に部屋に入ると、後からイデアムも入ってきて、ドアをそっと閉める。


 すうすう、と規則正しい寝息を立てながらも、腕は相変わらず青黒く、さらには胸元も同じような色になっていた。


 「ヴィント・・・」


 「倒れてたんだよ。それをホグリスが見つけてな。ここに連れてきた」


 「ヴィントは感染症と発作を」


 「わぁーってるよ。出来るだけの処置はしたけど、もう長くはもたねぇだろ」


 「うん・・・」


 オーディンは床に膝をつき、寝ているヴィントと目線を合わせていると、イデアムはどさっとベッドの端のほうに座って足を組んだ。


 「お前等、ジュバローズ国の騎士なんだって?そいつが言ってたよ」 


 「・・・うん。けど、ヴィントは戦えなくなったからって、ジュバローズ国王が城から追い出して・・・」


 それを聞いて、イデアムは首を天井に向けてじーっとしていた。


 少ししてまた顔を元に戻すと、口を開いた。  


 「俺達は革命家でな」


 「革命家?」


 「ああ。ジュバローズ国もだが、トニサ―ルのこととかアナゴルシアとか、この辺一帯の国や村のことを調べてたんだ。ま、戦争が起こっちまって、それどころじゃなくなったけどな」


 「村・・・。ボブリュッフ村のことも、知ってるんですか?」


 「ああ。そこ出身か?」


 「ええ、まあ」


 「あの村も、一度目の襲撃からは逃れられたみてぇだけど、二度目は酷い有様だったな」


 「・・・・・・」


 「どうした?」


 急に黙ってしまったオーディンに声をかけると、オーディンは自分がその村で起こったことを話した。


 村から逃がしたことも、襲撃後に村に行ってきたことも。


 それを聞いたイデアムは、そうか、とだけ言った。


 「クラウディウス・オーディンは英雄だ」


 「え?」


 「そんなこと言われてただろ?まあ、最近じゃあ、あいつは弱虫だの臆病だの、騎士として失格だって聞くけどな」


 それを聞いて、オーディンは自嘲気味に笑ってしまった。


 間違ってはいないのだから。


 「戦争というものが、分かっていなかったんです。小さい頃は全て、正義の為だと思っていましたから」


 「実際に戦争に出れば、見方も考え方も変わったってことだろ?別に悪いことじゃねえし、珍しいことでもねえよ」


 「しかし、国に不利益をもたらしてしまいます。仲間も助けられず、自分だけがのうのうと生きている」


 戦争は正義と悪で出来ていた。


 いや、正義など存在していないのかもしれない。


 奪い奪われ、失うことしかそこにはない。


 互いに得るものなどないというのに、それでもなお戦い続ける理由は何なのか。


 「理想は虚構だった」


 オーディンは、自分が生まれてきた村の話や、騎士としてジュバローズ国に来た時のこと、ヴィントたちのことを話した。


 二度と剣を持って戦いたくないことも、全て話し終えると、イデアムは首を下に向けていた。


 寝てしまったのかと思っていると、イデアムは勢いよく顔をあげた。


 「酔い冷めだな」


 「す、すみません。長々と」


 ついつい話し込んでしまったと反省していたオーディンに、イデアムはキョトンと目を見開いたかと思うと、ケラケラ笑う。


 「違う違う。そういうことじゃねえんだ。それにしてもお前、なんてーか、騎士には向かねえ性格だな」


 「え?」


 ベッドから立ち上がると、イデアムは銀色の髪をガシガシかきながら話す。


 「騎士ってのは、強いだけじゃ務まらねえ。失った奴らのことも、助けられなかった奴らのことも、当然殺した奴らにしろ、いつまでも考えちゃいけねえ」


 「そういうものでしょうか」


 「ああそうだ。時には残酷になるだけの精神を持ってねぇと、自分が壊れちまう。過去なんざ気にせず、ただこれから起こる戦いのことだけを考えねえと、まともに戦うことも出来なくなるさ」


 「・・・・・・」


 黙ってしまったオーディンの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でると、イデアムとオーディンを呼びに男がやってきた。


 ああ、と適当に返事をすると、ヴィントを見たあと、オーディンもゆっくり立つ。


 「だがなオーディン」


 「はい」


 「優しいのと臆病とは、それもまた違う」


 「・・・・・・」


 「優しい奴には勇気がある。だが、臆病な奴には勇気がない。勝てなくても向かって行く勇気があるのが優しい奴で、勝つ力があるのに向かって行く勇気がないのは、臆病者だ」


 そう言うと、イデアムは優しく笑い、みながいる部屋へと向かった。


 オーディンもその後ろ姿を眺めながら、もう一度ヴィントを見る。


 元の部屋に戻ると、酒で酔い潰れてしまった男が何人かいて、それを見てイデアムははあ、とため息をつきながら肩をガクン、と落とした。


 そしてその男たちを足蹴にしながら、自分の定位置へと座った。


 「ま、あいつもお前が来たとなりゃあ喜ぶだろうからよ、泊まって行け。俺達はしばらくここを拠点にするからよ、好きなだけいればいいぜ」


 「ありがとうございます」


 普段からなのか、イデアムたちは雑魚寝をしていた。


 身体が痛くならないのか不思議だが、体躯なるよとホグリスが言っていた。


 というか、革命家なのに酒に溺れていて良いのかと思っていると、やるときはやるから良いのだと言われてしまった。


 「いつもこんな感じですか?」


 「うん。まあ、こんな感じだね」


 近くにいたホグリスに聞いてみると、いつものことだからなのか、平然としていた。


 オーディンにはベッドを用意したようだが、自分だけというわけにはいかないと、イデアムたちと同じように雑魚寝をすることにした。


 だが、昔村にいたときでさえ、床の上に何かしら敷いていたからか、思った以上に痛いものだと知った。


 「革命家って、何をするんですか?」


 「興味ある?」


 「ええ、まあ」


 なりたいとか、そういったことではないが、どういうことをしているのか想像がつかない。


 すでに部屋は真っ暗になっていたが、カラン、と氷の入ったグラスを動かし、ごくん、という音が隣から聞こえてきた。


 ホグリスが何か飲んだのかと思っていると、んー、と悩んでいるような声がした。


 「本来なら、お前みたいに国とかに所属してる奴には話せないんだけど」


 革命家とは、特定の国と交流を持っているわけでもなければ、公に動くものでもない。


 「けどま、特別な」


 徐々に目が暗さに慣れてきて、ホグリスがオーディンの方を見ているのが分かった。


 「この世界を変えようと動いてるのが、革命家だ」


 「世界を変える・・・」


 「ああ。貧富の差、奴隷、人身売買、戦争。そういったもんが世の中には溢れてる。誰もが幸せになって、平和な時代が来るように、俺達は今情報を収集してる最中」


 「どうやって変えるんです?」


 「んー、話しあいで解決するなら一番なんだろうけどな、そうはいかないだろうし。かといって、戦って勝った方が正義なんてやり方じゃあ、戦争と変わらない。イデアムさんには何か考えがあるんだろうけど、俺達もまだそこまではね」


 「そうですか」


 ホグリスも、昔は貧しい村で産まれ育ったようだが、鉄を作っていたその村は戦争に巻き込まれてしまったとか。


 家族がどうなったとか、その後村はどうなったとか、聞けなかった。


 オーディンたちはそのまま就寝し、翌日目が覚めると、ヴィントのもとに行った。


 「オーディン?なんでここに」


 「いいだろ、そんなこと。それより、どう?体調は?」


 「へへ。あんまり良くないかな。けど、オーディンに会えて嬉しいよ」


 身体中、至るところが青黒く変色してしまっており、呼吸も荒々しい。


 イデアムたちは、医療が出来る男だけを一人残し、情報を得るために出かけたそうだ。


 男は手袋をしてヴィントに触れ、手足や首の後ろまで何か確認していた。


 薬を混ぜたスープを用意したが、ほんの二三口飲んだだけで、ヴィントは苦しそうに咳をしてしまった。


 男が部屋から出て行くと、オーディンは両膝を床につき、ヴィントに話しかける。


 「ヴィント、きっとすぐ良くなるよ」


 「ありがと、オーディン。でも、分かってるんだ。もう長くないって・・・」


 「ヴィント・・・」


 はあ、はあ、と呼吸を速めながら、ヴィントは天井を仰ぐ。


 しばらく黙ったままだった二人だが、ヴィントが先に口を開いた。


 「オーディン」


 「ん?」


 「悔しいよ・・・。悔しいよ!!」


 ふと、ヴィントの目元から、ボロボロと次々に涙があふれてきた。


 それが痣に沁みるのか、ヴィントは顔を歪めていた。


 「騎士になったのに、こんなことで死ぬなんて・・・。戦争でも役に立てなくて、このまま死ぬなんて、悔しいよ!」


 「ヴィント・・・」


 「オーディン!」


 動かない身体を動かそうとして、ヴィントはまた悲痛な表情を浮かべる。


 ゆっくりと目を開けてオーディンと視線を合わせると、ヴィントは今まで見たことがないほど真っ直ぐにオーディンを見てきた。


 「僕たちの分まで、生きて。強くなって。こんな世界が、時代が二度と来ないように、戦って!」


 「ヴィント・・・」


 「それが出来るのはオーディンしかいないよ!だからお願い・・・」








 「よー、戻ったぜ」


 「イデアムさん、おかえりなさい」


 「あいつはどうした?」


 「それが・・・」


 「あ?」


 夕方になって帰ってきたイデアムたちは、その日得た情報をそれぞれ交換しようと集まった。


 イデアムはそれをホグリスにまとめておくように頼むと、一人、一番奥の部屋へと向かって歩いて行った。


 ぎい、とドアを開けると、ベッドに横になったままのヴィントと、床に正座をしたまま動かないオーディンがいた。


 こつこつ、と二人に近づいて行くと、ヴィントはすでに首まで青黒くなっており、呼吸もしていなかった。


 「聞いた。死んだってな」


 「・・・・・・」


 「いつまでそうしてる心算だ?うじうじうじうじしやがって」


 「・・・!!」


 動かなかったオーディンだが、イデアムの言葉で身体を起こすと、振り返ってイデアムを睨みつけた。


 だが、何も言わずに顔を下げると、ヴィントの顔に目を向ける。


 「良いか、人間はいつか死ぬ。遅かれ早かれな」


 「・・・だからって、すぐに忘れられることじゃありません!」


 「じゃあ何か?お前はそいつをただずっと悼んでりゃいいのか?」


 「悲しむ時間くらいあっても良いはずです」


 「その時間に出来ることは他にもある。生きてる時間を無駄にしたくねぇなら、さっさとそいつを」


 そこまで言ったところで、オーディンがイデアムに掴みかかった。


 背丈はイデアムの方が少し高いため、見下ろしているのはイデアムだが。


 「あなたは、非道な人間なんですね」


 「好きなように言ってろ。俺はお前と違ってやるべきことがまだ沢山あるんだ」


 「革命家の人は、そうやって仲間の死さえ悼むこともないのですね。苦しみも悲しみも感じない、そんな人達の集団でしたか」


 掴みかかっていた腕をゆっくり離したオーディンだったが、今度はオーディンが掴まれる番になった。


 掴まれたままの体勢で壁に押し付けられ、オーディンは背中に訪れた激痛に顔を歪ませた。


 「俺のことは好きに言って構わねえけどな、あいつらのことは言うな」


 「・・・!本当のことです!」


 ぐぐ、と腕にさらに力が入ると、オーディンは掴まれているイデアムの腕を両腕でぐっと掴むが、簡単には解けない。


 いつもの飄々としたイデアムとは違い、今は殺気に満ちている。


 「いつまでもガキみてぇなこと言ってんじゃねえよ、ああ?」


 振りほどこうとしても、イデアムの力は想像以上で、オーディンは苦しそうにしていると、今度は床に思いきり叩きつけられた。


 そのままイデアムはオーディンに跨り、胸倉を掴む。


 「限りある時間を有効に使う。それが生きてる者の使命だ」


 「悲しむことは有効じゃないと言う事ですか」


 「生意気言うな。悲しんでりゃ報われるのか?嘆いてりゃ助けられるのか?んなわきゃねぇ。だから俺達は戦うんだ」


 「戦いは憎しみしか生みません」


 「戦わなけりゃ、何も変えられねえ。戦いから目を背け続けてりゃ、世界はいつかまた滅びる」


 「こんな世界なら、滅びても構いません」


 オーディンの言葉に、イデアムはピクッと眉を動かすが、殴ったりはしなかった。


 それを見て、オーディンはさらに続ける。


 「あなたたちが毎日、お酒を飲んで楽しんでいるときでさえ、俺達はただ明日死ぬかもしれないという気持ちで生きているんです!それが分かりますか!能天気にヘラヘラ笑ってるあなたに、何が分かりますか!」


 しばらくイデアムは黙ってしまった。


 オーディンもそんなイデアムを下から睨みつけていた。


 すると、オーディンを掴んでいた腕の力を少しだけ弱め、イデアムが言う。


 「お前こそ、何が分かる?」


 「へ?」


 イデアムの言葉に、オーディンは素っ頓狂な声をあげてしまった。


 「俺達が悲しみ一つ背負ってないと思ってんのか?俺達だってな、今日まで、何人の仲間をこの手で葬ってきたか分からねえ」


 先程までよりも小さな声で、それでも確かにオーディンの耳には届いた。


 「生きてる限り、誰しも何かしら背負ってんだよ。それを見せねえだけでな。奴らの死を無駄にしない為にも、俺達はこれからだって幾ら犠牲が出ようとも戦う」


 またぐっと腕に力がこもったかと思うと、イデアムは声を荒げた。


 「お前も本当に悲しいと思うなら!あいつの分まで戦ってみろ!抗ってみろ!お前を信じた奴らの為に、世界を変えて見せろ!」


 「・・・!!」


 こつん、と誰かの足音が聞こえてきたかと思うと、イデアムがそっちに顔を向けた。


 「イデアムさん、こっちにまで声聞こえてますよ」


 「ああ、悪いな」


 ドアが開いていたからか、会議をしていたホグリスたちにまで声が聞こえてしまっていたようだ。


 イデアムはすぐにオーディンの上から退くと、オーディンに手を差し伸べた。


 それを掴んでぐいっと立ちあがると、思わずイデアムに向かって謝った。


 すると、イデアムはまたすぐにニカッと笑うと、ヴィントを供養するためにも、城の人間が来ないような場所に穴を掘ることにした。


 二人か三人いれば間に合ったのだが、なぜかみんなスコップを持って外に出てきて、これから夜になるというのにみんなで掘った。


 「じゃあな、ヴィント」


 これまたお手製の棺桶のようなものを、工作が得意だという男が数人で作りあげ、それにヴィントを入れた。


 それから土の中へと入れると、上から土を被せていった。


 「あの」


 オーディンは、イデアムたち全員に向かって御礼を言うと、なぜか大笑いされてしまった。


 何がなんだか良く分からずにいると、ガタイの良い肌黒の男がスコップを肩に担ぎながら、「気にするな」と言ってきた。


 その日もオーディンはそこで泊まらせてもらうことにした。


 またどんちゃん騒ぎを始めたイデアムたちを見て、オーディンはホグリスに近づき、また話を聞いてみた。


 「あの、なんで毎日こう騒ぐんですか?」


 オーディンの質問に、ホグリスは少しだけ頬を赤くしながら答えた。


 「イデアムさんがさ、言うんだよ」


 「え?」


 「人間、いつ死ぬか分からねえ。だからこそ、楽しかった、って思って死ねるように、毎日でも酒飲んで過ごしたいな、って」


 「・・・ああ、そういうことですか」


 今ならなんとなく分かる。


 イデアムならそういうことを言いそうだし、やりそうだと。


 「イデアムさんはさ、ああいう人だから」


 ふう、とため息を吐きながら、ホグリスはまだ蓋が開いていない酒を開けて自分のコップに注いだ。


 「誤解されやすいんだけど、でも、本当はすごく良い人だよ。何かあると誰よりも先に突っ走っちゃうし、自分を投げうって俺達を助けようとするからね。なんていうか、馬鹿なのかな?あんまり考えないで動く人だよ」


 「ば、馬鹿、ですか・・・?」


 少し酔っているのか、ホグリスはイデアムに対して失礼なことを言っていた。


 そんな時間はあっという間に過ぎて、イデアムたちはまた雑魚寝をしていた。


 朝、といっても、まだまだ太陽が昇るまでには時間がかかるだろう頃にオーディンは目を覚ますと、身支度を始める。


 みなを起こさないようにそーっと建物から出ると、一礼をした。


 そのまま山を下りようとしたところで、後ろから声が聞こえてきた。


 「お前のやり方でやってみろ」


 「・・・イデアムさん」


 寝ているとばかり思っていたのだが、イデアムは欠伸をしながら腕組をしていた。


 オーディンの方を見ていないイデアムに向かってまたお辞儀をすると、オーディンは山を下りて行った。


 ちらっとオーディンの後ろ姿を見たイデアムは、また建物へと入って行った。


 「不器用ですね、あいつも、イデアムさんも」


 「なんだお前等、起きてたのか」


 「俺達、これでも革命家っすよ?酒に溺れてちゃあダメっしょ」


 気付けばみな起きていて、太陽が昇るまでもう少し寝ることにした。








 オーディンが城へと戻る頃、太陽は空の真ん中あたりに浮かんでいた。


 オーディンが帰ってきたことを知ると、ジュバローズ国王はすぐにオーディンを呼んだ。


 その途中、リービッヒとすれ違い、軽く頭を下げた。


 「リービッヒから聞いたぞ。体調が良くないそうだが、もう良いのか」


 「はい」


 「そうか。今度の戦争では、リービッヒの代わりにオーディン、お前を指揮官として行かせたいと思っていてな」


 「・・・指揮官、ですか」


 嬉しくないわけではないが、オーディンは渋い顔をしていた。


 オーディンの気持ちなど聞かず、ジュバローズ国王はどんどん話を進めて行く。


 下がって良い、と言われたとき、オーディンは思い切って口にする。


 「ジュバローズ国王、大変申し訳ございませんが」


 「なんだ?」


 「騎士を辞退させていただきたいのです」


 「お前、何を言ってんだ?」


 ジュバローズ国王の目を真っ直ぐ見据え、オーディンは自分の気持ちを伝える。


 一度は椅子から立ちあがったジュバローズ国王だったが、またすぐに座り直すと、親指の爪を噛んだ。


 何か言おうと口を開いたジュバローズ国王だが、その時リビィが何か用があったのか、二人のいる広間へと入ってきた。


 二人の中にある空気を察しながらも、遠慮なく自分の椅子へと腰を下ろした。


 それを横目で見ていたジュバローズ国王は、貧乏ゆすりをしながらオーディンを睨む。


 「ただじゃ済まねえことは分かってて言ってんだろうな」


 「はい」


 「お父様、どうかしたの?」


 今ここで会話に入ってきてほしくはないのだが、リビィは扇子を広げて口元を覆う様にしながら参加した。


 「私はもう、誰も殺めたくないのです。どんな処分でもお受けします」


 「甘いこと言ってんじゃねえぞ。お前、もう何人殺してきたんだ?ああ?今更偽善者ぶっても、誰も生き返らねえんだぞ?」


 「わかっています。しかし」


 「いいか。お前は今、この国にとって大事な戦力なんだ。そんなお前がいなくなったら、この国がどうなるか分かってんだろ」


 「他にも優秀な方はいます」


 「お前は自分の価値ってもんが、まるで分かってねえな」


 ジュバローズ国王は椅子から立ち上がると、ズンズンと足早にオーディンに近づいていった。


 そしてオーディンの髪の毛を強く引っ張ると、顔を無理矢理あげさせて自分の方を向かせる。


 「お前は俺の為に動けばいいんだよ。お前の意見は聞いてねぇ。わかったな?」


 「出来ません」


 「お前!!」


 きっぱりと否定されたことに腹を立て、ジュバローズ国王は髪を掴んでいない方の腕で、オーディンを殴った。


 その勢いで掴んでいた腕が離れると、オーディンは床に手をつき、もう片方の手の甲で口元を拭った。


 しかし、ジュバローズ国王はもう一度オーディンに近づくと、今度は側等部に向かって膝をぶつけた。


 「じゃあ聞くが、お前、騎士を止めてどうするんだ?二度と此処へは戻って来れねえんだぞ?俺の力でどうにでもなるんだ」


 「城には、近づきません。どこかで身を潜めて生きて行く心算です」


 「俺の為に戦う心算は、もうねえってことだな」


 「・・・・・・」


 「俺の為に命を投げうつ心算は、もうお前にはねえってことだよな?」


 そう言うと、ジュバローズ国王は腕を伸ばし、近くにいる召使に向かって指をくいっと動かせば、召使は剣を持ってきた。


 それを受け取ると、ジュバローズ国王は剣をオーディンに向ける。


 「ならお前は用済みだ。俺の為に戦わねえぇ、俺の為に死なねえ。なら、今ここで潔く散れ」


 「私は、死にたくないのです!!」


 「!!お前っ!」


 カッとなり、ジュバローズ国王は持っていた剣をぐわっと振りかざし、オーディンの首スレスレで止めた。


 殺さなかったわけではなく、剣を振りかざしたときに自分に向けられたそのオーディンの目が、あまりに強かった。


 強かったというのは、目力とかではなくて、死が直前に迫っていても尚、生きようとしているその目の力だ。


 「死にたくねえとは、よくそんなこと言えるもんだな。戦争ってのは生きるか死ぬかだ。死ぬ覚悟がねえ騎士なんて、ただの腰ぬけだな。ああ?オーディンよ?」


 「なんとでも言ってください。腰ぬけであろうと、臆病であろうと、私はもう二度と、目の前で大切な人達が死んでいくのは見たくありません!!!」


 「オーディン!貴様・・・!!」


 「待って、お父様」


 ジュバローズ国王が、首につけていた剣に力を込めようとしたとき、背中から娘の声が聞こえてきた。


 剣をオーディンの首から遠ざけると、未だ両膝を床につけているオーディンを見下す。


 「どうせ、その男には戻る場所なんてないでしょ?村も焼けて、家族も死んで、もう誰も大切な人なんていないんじゃなくて?」


 リビィは足を組みかえると、持っていた扇子をパン、と畳んだ。


 口元を優雅に歪ませて微笑む。


 「もともと、お父様がオーディンをここに連れてきたのは、ボブリュッフ村の人質にするため。でしょ?」


 一瞬、リビィが何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解出来たオーディンはバッと顔をあげる。


 そこでようやくオーディンと目が合ったリビィは、嬉しそうに首を傾げる。


 「あなたを人質として受け入れることで、ボブリュッフ村の葡萄を優先的に手に入れることが出来た。けど、不作で村が襲われることになっちゃって、もう大変だったのよ?難を逃れたのはいいけど、結局はみーんな焼き殺されちゃったわけだし」


 フフフ、と無邪気な子供のように話しているリビィだが、オーディンは今の今まで気付かなかったことを悔やんでいた。


 まったく情けなかったと思っていると、リビィはさらに続ける。


 「そう言えば、村にはあなたの幼馴染がいたそうじゃない?」


 「幼馴染・・・?」


 「そう。確か、シーヴィって言ったかしら?あの子なら、今頃幸せに暮らしてるから安心してね」


 「?何を言って」


 ふと、村がトニサ―ルによって焼かれたとき、シーヴィらしき人影は見当たらなかった。


 だが、あの状況では見つからなくても当然だと思っていたが、そのシーヴィが生きているとはどういうことだろう。


 オーディンは怪訝そうな表情でリビィを見ていると、ジュバローズ国王は剣を放り投げて自分の椅子へと座った。


 「あなたが此処に来てからすぐ、あの子に縁談話を持って行ったの。ジュバローズ王国の同盟国でね、玉の輿よ?」


 「?なんでそんなこと・・・」


 一体全体、どうしてそんなことをしたのか分からず、オーディンはリビィに尋ねる。


 「だって、邪魔だったんだもん」


 「邪魔?」


 「私はあなたが欲しいのに、あなたは私を欲しがらない。それはどうしてかって思ったけど、あの子のせいだって分かったの。それに、あの子の両親だってお金を積んだらすぐに了承してくれたのよ?」


 オーディンとシーヴィとの間に、特別何かあるわけではないが、リビィは二人が恋仲であると思ったらしく、今度はシーヴィを人質にしておくことで、いざとなったらオーディンを自分のものに出来るようにしたのだ。


 「最初はあの子もそんな結婚は嫌だって言ってたけど、結局、地位も権力もお金もあるとわかれば、ひょいひょい着いていくのよ」


 「あいつはそんな奴じゃない」


 「ふふ、それはどうかしら?」


 肩を揺らして笑うリビィは、オーディンを見て満足そうにしている。


 しばらく黙っていたジュバローズ国王は、頬杖をついてイライラしながら、オーディンに最後のチャンスを与える。


 「で、どうする?」


 「・・・・・・」


 断ったらシーヴィにも危害が及ぶかもしれないと思ったが、オーディンはジュバローズ国王を軽く睨みつける。


 「僭越ながら言わせていただきます」


 「なんだ」


 「戦争など、いかなる理由があっても行うべきではありません」


 「お前、まだ言うか」


 「ここに来てから、失ってばかりです。友も、家族も。戦争を止める方法はないのですか!?戦争をせずとも、和解し合える方法はいくらでもあるはずです!それを考え、国民を導いて行くのが国王様のなすべきことかと思います!!」


 「オーディン!誰に向かって口を聞いてるのか分かってるのか!」


 「あなたの為に、私の友はみな命を落としました!しかしあなたはその友の死さえまともに見ようとせず、向き合おうともせず、しまいには戦えなくなった友を城から追い出しました!それでは、暴君と同じ行為!」


 「オーディン!その口閉じぬなら、処刑にするぞ!」


 「あなたの為に命を落とした者たちに、もっと敬意を示しても良いもの!しかしあなたは敬意を示すどころか、代わりなら幾らでもいると駒扱い!それでは、あまりにも身勝手かと思います!」


 「!!!おい!こいつを今すぐ処刑する!公開処刑だ!」


 「人は人と分かち合えるものです!それは戦争などという方法でなくとも!神が人に言葉と知恵を与えたのは、醜い争いなどしなくても平和を保てるとお考えになったからです!血を流してまで手に入れるべきものなどありません!分けあい、尊重し合い、愛し合えば、戦争などしなくて済むのです!!」


 「ええい!早くしろ!耳障りだ!」


 ジュバローズ国王に対するオーディンの叫びは虚しくも男たちによって遮られてしまい、オーディンは磔にされてしまった。


 ざわざわと集まってきたのは、城の者だけではなく、あまり良い暮らしをしていない国民たちもだ。


 あまりにも急なことだったため、当然、みな驚いていた。


 準備が着々と進む中、ジュバローズ国王とリビィは一番良く見える場所に座っていた。


 「お父様、あまりイライラしないで」


 「わかってる」


 「折角私に釣り合う男だと思ってたのに」


 「お前こそ、あの娘の話で不機嫌になったじゃないか」


 「・・・そんなことないわ。ただ、あの王子はちょっと暴力的なところがあるし、性癖も変わってるから同情しただけよ」


 「女は怖いな」


 一時間ほどでオーディンの処刑の準備が整うと、公の場に出てきたオーディンの顔には麻袋が被せられていた。


 まだ誰が処刑されるのか知らされていない者たちは、それを見て口に手を当てている。


 ジュバローズ国王が立ち上がると、マイクを持って演説を始める。


 『そこに磔にされている者は、大罪を犯した。それは、ジュバローズという国の王であるこの私に刃向かった、ということだ。逆賊であり、反乱者だ。この国に不利益をもたらす存在である。よって、今この場で、処刑とする』


 ばさっと麻袋が外されると、そこから出てきた顔にみな驚く。


 特に驚いていたのは騎士たちで、まさか一番の戦力ともいえるオーディンを処刑するとは思っていなかった。


 風に吹かれながら、オーディンは毎日見ているはずなのに、こんなにも空は青かったのかと思っていた。


 『何か言い残すことはあるか?』


 ニヤリと笑うジュバローズ国王の隣では、リビィが扇子で口元を隠しながら、オーディンをじっと見ていた。


 二人から目を背けると、オーディンは真っ直ぐ地平線を眺めると、遠く遠くに海らしき青い塊があるのが見えた。


 ああ、あんな場所に海があるのかと思いながらも、悔しそうに唇を噛みしめる。


 『私は、多くの人を殺して来ました。それはこの国のためにと思ってしてきた行為です。多くの命を奪うのと同時に多くの命を奪われ、失ってきました。しかしこれは、相手にとっても同じことでした。私が国のためにと奪ってきた命は、相手も自国のためにと戦い、落とした命と同じ数。それを知ったとき、私は血に汚れたこの腕で、まだ守れるものがあるのなら、戦争とは違う平和的な解決法があるのではと思いました。この国は今、無駄に命を奪われています。今変わらなければ、これからもずっと同じことを繰り返すことでしょう。目をお覚ましください!戦争で命を奪い、それ以上奪うなど、ただの殺戮ではありませんか!』


 「始めろ」


 磔にされていたオーディンを解放すると、男たちは今度、オーディンを跪かせる。


 そして第三者が現れると、手には大きな斧を持っていた。


 『騎士の命もまた同じ命!死ぬために戦うのではなく、生きるために戦っているのです!生きて、生きてこそ!未来は築いていけるのです!!』


 「やれ」


 斧がふりあげられると、重力に逆らわずに勢いよく落ちて行く。


 『生きろ・・・!!』








 静まり返った処刑場に、響いた最期の声。


 それはあまりにも孤独で、せつなくて。


 時間が経つごとにその場所から人気はなくなり、ただそこには、もう何も語らぬ男だけが横たわっていた。


 空からは悼みの雨が降り出すと、遠くから見ていた一人の騎士は、目元を押さえることなく震えた声を出した。


 「馬鹿がっ・・・!!!」


 騎士が佇んでいると、後ろから声がした。


 「リービッヒ隊長、ジュバローズ国王がお呼びです」


 「・・・すぐに行く」


 リービッヒがジュバローズ国王の部屋に着くと、そこには先程のことなどなんのその、楽しげに女性と戯れている男がいた。


 「おう、来たか」


 「いかがなさいました」


 「それがよ、今度オクタティアヌスと戦争するかもしれねえからよ、頼んだぞ」


 「オクタティアヌスとですか」


 酔っ払っているのか、ジュバローズ国王はケラケラと頬を染めながら笑っている。


 「あそこは苦手なんだよな。ウェルマニアに手を組んでくれって頼んだんだけどよ、あそこは平和ボケしてるからな、断られちまったんだ」


 「では、作戦を立てていきます」


 「ああ」


 部屋から出たリービッヒは、少し離れた廊下で足を止めると、ぐぐっと強く握りしめた拳を壁に当てた。


 その後、ジュバローズ王国はオクタティアヌスという国によって滅ぼされてしまったと、歴史の書に記載されている。


 しかし、これは表には出ない書である。


 真の歴史を書き記す者たちによって綴られたこの歴史は、闇の中に漂う。


 「クラウドよ、良く見ておきなさい」


 「どうして?」


 「戦争という、悲惨であり無能な戦い方では、何も生まれんのだ」


 「ふーん」


 ウェルマニア家の当時の国王、ウェルマニア・ジールは、まだ幼い息子のクラウドを連れて出かけていた。


 青い薔薇を掲げて戦うジュバローズ王国、かたや馬に一本の角が描かれている旗を靡かせ戦うオクタティアヌス。


 どちらが勝つにせよ負けるにせよ、世界から争いが消えることはない。


 その頃、身支度を整えている軍団があった。


 「イデアムさん、もうここの偵察はいいんですか?」


 「ああ、もういいんだ」


 「どうかしたんですか?なんか機嫌悪くないですか?」


 「んなことねえよ」


 身支度といっても、これまで集めてきた情報や資料をまとめて、あとは最低限の着替えと食料だけ。


 建物も解体して、誰かがいたかもしれないという気配を全て消して行く。


 「よし、全部持ったな?」


 「はい、大丈夫です」


 「じゃあ行くぞ」


 地図を持って、ホグリスが先頭に立つ。


 次々に山を下りて行く中、イデアムだけは立ち止まって別方向へと歩き出した。


 「イデアムさん?」


 「先行ってろ」


 イデアムの足下には、少し盛られた土。


 両膝を曲げると、イデアムは持っていた酒の蓋を開けてそこにドクドクとかけていく。


 「生憎、ジュースは持って無くてな」


 空になったそれを最後に逆さにして土にずぼっと埋める。


 「・・・お前たちの意志は、俺達が受け継ぐ。だから安心して寝ろ」


 そう言って立ち上がると、イデアムは山を下りて行った。








 昔昔のお話です。


 その国には、臆病者と呼ばれた男がおりました。


 男は戦うことを拒み、死ぬことを恐れ、ついには剣さえ持たなくなりました。


 みなは言うでしょう。


 奴は臆病者だと。国の恥だと。


 しかし、彼を知っている者は言うでしょう。


 彼は力ではなく、言葉で世界を変えようとした英雄なのだと。


 彼を称えて作られた唄がある。


 それは長い時を経て、唄い継がれていく。


 しかし、誰が作ったのかは、未だ不明だ。




―風に乗って唄は紡がれ


 時に乗って声は綴られ


 空に抱かれ愛は語られ


 海に抱かれ君は産まれた




 一陣の風に吹かれ 流れ行く灯


 光に愛されずとも 決して忘れはしない




 我等ただ受け継げし者


 天高く剣を掲げよ


 彼に今捧げし唄を


 来世にも遺そう




 人によって花は愛でられ


 人によって馬は駆け抜き


 人によって夢は継がれて


 人によって人は産まれる




 ひとひらの花が散る様 彼は逝く旅人


 時代に愛されずとも 決して消えはしない




 我等まだ途切れぬ誇り


 唄い継ぎ共に歩もう


 彼が胸刻みし誓い


 口ずさみ遺そう


                                     ―英雄唄 『光紡ぐ者』 より




 「なぁ、知ってるか?昔、オーディンってすっげえ奴がいたんだって!」


 「ロムレス、お勉強はどうしたの?」


 「俺、絶対オーディンみたいな戦士になるんだ!!」


 「お兄ちゃんは馬鹿ね」


 「なんだとレムス!」


 「お兄ちゃんみたいな弱い男がなれるわけないじゃない」


 「見てろよ!絶対になってやる!」




 語り継がれし唄も物語も、やがては世界を変える風になるだろう。


 そして彼らもまた、物語を紡ぐのだろう。





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オーディン~臆病者と呼ばれた男の物語~ maria159357 @maria159753

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