第2話切れた指は現実化
ノックスハーモニー
切れた指は現実化
たくさんの季節と景色を、君と生きてきたんだね。
第二償【切れた指は現実か】
「あなたのいない世界はつまらないわ」
花ひとつ愛おしく感じないの。
「明日は良い日になるよ」
でもあなたがいないとつまらない。
「それでも明日は必ず来るよ」
大好きなあなたさえ、この手にはない。
「ねえ、私、幸せよ」
いつか、あなたがいた世界に、綺麗な花が咲くことを、色あせることもなく、この手に溢れてくれるなら。
「ミユキ、どうしたんだ?」
「何が?」
「今日はやけに可愛いことを言うんだな」
「あらそう?これでも私、本当は甘えん坊なのよ?」
小さな部屋の中で、男女が寝ていた。
仕事もプライベートも、何の問題もなかったはずだ。
ミユキは、そんなリア充を具現化したような女性だ。
仕事でもある程度の地位を保ち、プライベートでは素敵な彼氏を持ち、何の不満も不自由もないはずだったのだが、今の世の中、ストレスというのは恐ろしいものだ。
ちょっとお酒に呑まれてしまっただけで、一夜限りの過ちを犯してしまうのだから。
相手はIT企業の社長の男だ。
どうして出会ったのかと聞かれると、焼鳥をつまみながら1人酒を飲んでいたところ、声をかけられたからだ。
なぜか意気投合してしまって、その勢いで別の店でも酒を飲み、さらにはお洒落なバーに行ってまた飲んだ。
呑まれ呑まれで、気がつけば、今まで一度だって彼死を裏切ったことがないというのに、こうも簡単に裏切れてしまうとは。
ミユキはまだガンガンする頭を押さえながら、スマホをつける。
出勤する前に一度家に帰って着替えないと、お怪しまれてしまうだろう。
ゆっくりと身体を起こすと、男はミユキの腰に腕を回してきた。
「なあに?」
「もう帰るの?」
「だって仕事だもの」
「休んじゃえば?」
「そうはいかないわ。これでもあるプロジェクトを任されてるんだもの。ちゃんとやらないと」
男はミユキの腰にキスを落とすと、ゆっくりと腕を外した。
電車に乗って家に帰ると、すぐにシャワーを浴びてから着替える。
スマホには彼氏からの着信が来ていたため、再び電車に乗る為早足になりながら電話をかけ直す。
「もしもし、おはよう」
『おはよう。昨日何かあったのか?全然電話にも出ないし、心配してたんだ』
「ごめんね。昨日1人で飲んでて、そのまま寝ちゃってたの」
『なんだ、それなら良かった。今日は夜あいてる?明日休みだよな?』
「うん、休みだよ。大丈夫。いつものところでいい?」
『ああ、じゃあ、また後で。気をつけてな』
優しい彼氏に、ミユキはふふ、と笑う。
顔も良い、性格も良い、仕事でも偉ぶらない彼の評判は、とても良い。
そんな人が自分のことを好きだなんて言ってくれると思っていなくて、ミユキは毎日は幸せだった。
こうして毎日のように連絡をしてくれるのも、ミユキが好きだからというのもあるだろうし、以前、ミユキがそういうお願いをしていたからというのもある。
面倒臭いと思われてしまっただろうかと心配していたが、そんなことはなかった。
仕事場に着くと、ミユキは早速プロジェクトの会議に入る。
ここを変えたらどうか、こうしたらどうか、予算はいくらなのか、人件費はどうか、と細かいことまで言われると嫌になるが、それも仕事だと割り切って話し合う。
「ふー、疲れた」
「お疲れ様―。ほれ、奢ってあげよう」
「ありがとー」
同期の子とも楽しく食事をして、こんな日々が続いてくれることを願っていた。
その帰り道、彼氏との待ち合わせ場所に向かっていると、見覚えのある男が目の前に立ちはだかった。
「な、何ですか?」
「ミユキ、俺を忘れちゃったの?昨日愛し合ったのに、酷いな」
「昨日限りのことだと割り切ったはずです。脅す心算ですか?」
「脅す?そんなつまらないことするわけないだろ?俺の方が金持ってるんだし」
「なら、なんです?」
「ミユキのこと、忘れられなくなっちゃったんだよ。ダメ?」
男はミユキに近づいてくると、耳元で囁いた。
こんな時にこんなことを思うのは不謹慎かもしれないが、この男、声が低くて少し掠れているため、色っぽいのだ。
ビクリと肩を震わせながらも、ミユキはその場から逃げようとする。
しかし、ぐいっと腕を掴まれてしまい、バランスを崩してしまったミユキは、強引に男に唇を奪われてしまった。
「!!!」
何度も角度を変えながらのソレは、彼氏のソレとは違う。
ようやく顔が離れたかと思うと、男はニヤリと笑って、おでこにキスをする。
「今日のところは我慢するよ。またね、ミユキ」
不覚にもドキドキしてしまったなんて、絶対に言えないし、思いたくもない。
待ち合わせ場所に時間より少し早めに着くと、すでに彼氏は待っていて、ミユキを見つけると手を振ってきた。
ミユキも手を振って近づくと、頭を撫でられた。
「ご飯食べに行こうか」
「うん」
ミユキが行きたいと言っていた、最近出来たイタリアンのお店に着くと、デザートまで付いているセットを頼んだ。
「仕事、忙しそうだね」
「まあね。でも、楽しいよ。絶対に成功させるんだもん」
「頑張って。でも身体には気をつけるんだよ。ミユキ、無理するから」
「うん、ありがと」
こういうところが好きなのだと、先程の男のことなどとうに忘れて、ミユキは幸せな時間を過ごした。
そのまま彼氏の家に泊まって、朝になるのも待つ。
「ん・・・」
目を覚ます頃には、すでに11時を回っていた。
「寝すぎた・・・」
身体を起こすと、隣でまだ寝ている彼氏を起こさないようにベッドから抜けて、歯を磨いて顔を洗う。
何か朝食の準備でもしようかと冷蔵庫を覗くが何も無い。
コンビニで何か買ってこようと、わざわざ作ってもらった合鍵を使って家を出て、コンビニに向かう。
「サンドイッチと、おにぎりでいいかな」
簡単なものを選んで歩いていると、急に肩を掴まれた。
「!?」
「また会ったね、ミユキ」
「どうして!?」
「ミユキだって、俺のことが忘れられないはずだよ。優しいだけの彼氏じゃ、満足出来ないだろ?」
「何言ってるのよ。二度と私の前に現れないで」
すると、また強引に口づけをされた。
店の影に入っているとはいえ、誰に見られるかも分からないこんな場所で、こいつは何を考えているんだと思っていると、男はミユキを見てこう言う。
「余裕そうだな」
「は!?」
男は自分の名刺を取り出すと、ミユキに渡す。
「もしも俺に会いたくなったら、連絡して」
「連絡するわけないじゃない」
しかし、男は余裕そうに笑うと、仕事なのか、歩いて行ってしまった。
家に帰ると彼氏が起きていて、買ってきたそれを一緒に食べる。
何処かへ出かけるといったこともなく、ただ部屋の中で2人で一緒にのんびり過ごしているだけだが、これが幸せだった。
そんなある日のことだ。
彼氏が長期出張することになり、ミユキは落ち込んでいた。
どのくらいかかるのかと聞いたら、短くて1カ月、長ければ半年もいないということで、こまめに連絡してほしいと言った。
だが仕事が忙しいのか、連絡する暇がないのか、毎日来ていた連絡は来ない日も出てくるようになり、文章も短くなっていた。
忙しいのは分かっているし、それを理解したいという気持ちもあるのだが、寂しい。
1人、部屋でぼーっとしていると、あの男のことを思い出した。
ブンブンと頭を左右に振って正気を保とうとするが、棄てられずにいた名刺を手に取ると、テーブルに置いて、また手にして、を繰り返していた。
それを2時間ほど繰り返した時、ミユキはついに電話をしてしまう。
『はい』
「あの、み、ミユキです」
『・・・ああ、やっぱり、かけてきたね。随分待ってたんだよ』
また、男と会う約束をしてしまった。
仕事帰り、男の後ろを着いて行くようにして、ミユキは男と酒を酌み交わす。
それだけならまだ良かったのだが、この流れだと当然のように先日の如く、男と一夜と共にしてしまったわけで。
今日が休みで良かったと、ミユキは思った。
起きたらすでに9時を回っていたのだから、仕事だったら完全に遅刻だ。
ふと横を見ると、意外と顔立ちの整った男の寝顔があった。
じーっと見ていると、男が目を覚ます。
「そんなに見つめてくれるなよ」
「見つめてないです」
慣れた手つきでミユキの後頭部を包み込むと、そのまま額に口づけた。
男の左手には、指輪もない。
好きにならないタイプだと思っていたが、思っていたよりも悪い男ではないらしく、会社からかかってきた電話の対応は、同じ男とは思えないほど紳士的だった。
中性的な顔の今の彼氏と比べると、男らしい顔つきで、髭が少し伸びている。
細くて白い彼氏より、胸板も厚い。
天使のように微笑む彼氏より、悪魔のように笑ったり、かと思えば無邪気に笑う。
「出張?」
「はい。短くて一カ月って言われました」
だから寂しくて、と付け足すと、男は眠たそうにしながらも、ミユキの頭を撫でていた。
「言ったろ?俺に会いたくなったら連絡しろって」
「・・・はい」
「さて、俺は仕事行くけど、どうする?ここで待っててもいいぜ?」
「い、家に帰ります」
「そりゃ残念だ」
ククク、と喉を鳴らしながら笑う男は、やはり性格が悪いと思う。
スーツに着替えている男を見ていたら、なんだか格好良く見えてしまった。
いや、きっとスーツにそういう力があるのだろう。
スーツ恐るべし、と思っていると、男はミユキに近づいてきた。
「寂しくなったら、また連絡しな」
耳打ちをされると、ミユキは自分の身体の体温が上昇していくと感じた。
その日、彼氏から久しぶりに電話がかかってきて、帰るのは2カ月先に決まったという連絡だった。
そんなに待たないといけないのかと、ミユキは仕事に集中しようとしたが、ミユキの頭には彼氏よりもあの男の方が占めていた。
「はあ、どうしよう・・・」
彼氏の事が嫌いになったわけではない。
いつだって優しくて、自分のことを考えてくれている人なんて、そうそういるものではない。
しかし、あの男のことが気になっているのもまた事実。
ため息を吐きながら歩いていると、目の前に、占いの館が現れた。
「こんなところに占いの店なんてあったっけ?」
ミユキはそっと店の中に入ると、そこには誰もいなく、気配もなかった。
「すみませーん・・・」
「はいはい?」
「!!」
いきなり後ろから声が聞こえてきたため、ミユキは驚いて目を大きく見開いた。
そこに立っていた男は、青い髪に金の目、グレーのシャツに黒のサスペンダーとスラックス、茶色の皮靴を身につけていた。
「どうぞこちらへ」
男に案内され、ミユキは奥にあるテーブルの前の椅子に座る。
「シェドレと申します。どのようなお悩みがおありで?」
「えっと」
ミユキは、正直に全て話した。
「貴方は、どちらがお好きなんですか?」
「え?どっちって言われても・・・。多分、彼氏だと思います」
「そうですか。悩んでしまうほどなんですね」
すると、シェドレはタロットカードに似たカードをシャッフルし始める。
一枚を選別すると、そのカードを水晶に乗せ、しばらくじっと見つめていた。
カードを一度水晶から下ろすと、今度はなぜか水晶の下に刷り込ませる。
そして水晶を頬杖をつきながら見ているだけのシェドレを見ていたミユキも、同じようにじーっと水晶を見ていた。
そこに何が映ったのかなんてミユキは知らないが、シェドレは笑みを崩さぬまま、水晶を一度だけなぞる。
「半年」
「半年?」
「ええ、半年間、仕事に集中してください。彼氏と連絡を取ることも、その男と会う事もデートすることもいけません」
「そんな!!」
「半年、ひたすらに仕事に集中していれば、プライベートも必ず解決します。良い方向に動くことでしょう」
「電話もメールもダメってことですか?」
「ええ、そうなります」
「一度も?」
「一度もです」
「・・・・・・」
明らかにしゅん、と項垂れてしまったミユキは、そのまま店から出て行った。
もっとこまめに連絡を取れとか、こういう場所にデートに行けばいいですよ、とか、そういうことを言われると思っていたのだ。
「連絡もとっちゃダメって・・・。嘘でしょ。どうしよう」
ミユキはとにかく、我慢してみることにした。
今は近くに彼氏もいないのだから、互いのために連絡は我慢するとしても、帰ってきたらどうしようと、それはその時考えることにした。
仕事一筋になってみると、占いの通り、どんどんいい方向に進んでいる気がした。
難しい仕事も回してもらえるようになったし、責任者として仕事を任せてもらえることも多くなった。
だが、試練の時はすぐに来た。
「あ」
それは、長年待っていた彼氏からのものではなく、あの男からのものだった。
彼氏はまだ出張中で帰って来ないが、ミユキはそれでもなんとか我慢してここまで頑張ってきたのだ。
何回かスマホが鳴ったあと、音は止んだ。
ふう、と何とか耐えきったと思っていると、今度は彼氏から連絡が来た。
出張が早めに切り上げられそうだから、来週には帰れるというものだった。
嬉しさがこみあげてくるミユキだが、一方で、仕事にのみ集中しろと言われてしまったため、返信することも出来ずにいた。
ミユキからの返信がないことを心配したのか、家に帰ってからも彼氏から何度か電話がかかってきたし、メールもきたのだが、返信せずにいた。
どうにか説明だけでもしたいのだが、会う事さえダメならばどうすれば良いのかと、ミユキは1人悩んでいた。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろうと、もしかしたら彼氏が会いに来てくれたのか、と思った。
いやしかし、会ってしまっては我慢していることが無駄になると、ミユキは覗き穴から確認して、彼氏なら居留守を使おうと決めた。
だが、そこにいたのは彼氏ではなく、あの男の方だった。
どうやって自分の家を見つけたのかと思ったが、そういえば以前、ついうっかり住所を言ってしまった覚えもある。
なにしろ、酒を飲んでいたため、あまり覚えていないが。
どうしようと思っていると、ガチャガチャとドアの鍵が動き始めた。
「ミユキ、いるんだろ?」
いないふりをしてみるが、部屋の電気はついているし、多分バレている。
男は何度かチャイムを鳴らし、ノックをしてみるも、部屋の中から返事が返ってこないため、ある手段に出た。
スマホを取り出して、ミユキの番号にかけるだけ。
「!!!」
手に持ってた自分のスマホがいきなり鳴って、ミユキは驚いてしまった。
今更どうしようもなく、ミユキはわたわたしていると、ドアの向こうから男が静かにノックを繰り返す。
「ミユキ、倒れてるわけじゃないんだろ?」
「・・・・・・」
ああ、そんな良い声で名前を呼んでほしくはなかった。
この時、ミユキの頭の中で、所詮あれば占いだ、という邪な考えが浮かんだ。
だからつい、開けてしまったのだ。
そこにいる男を見ると、今までの寂しさがこみあげてきて、男に抱きついてしまった。
その日、男を自分の部屋に泊めたミユキは、すぐに彼氏にも連絡を取った。
「他の男と一緒にいるときに彼氏にメールか?」
「だって、占いで我慢するように言われてたから、寂しかったんです」
「俺といるのに?」
「すぐに済みます」
ミユキの部屋の近くの電柱の陰には、1人の男の姿があった。
「やはり、我慢できませんでしたか」
それからミユキは、占いのことなど忘れて生活をしていた。
彼氏とは毎日のように連絡を取り合い、時間が合えば会っていた。
それ以外にも、あの男とも、会っていた。
彼氏がいるのにどうしてかと言われると、彼氏とは違うタイプの男に、惹かれてしまったから、としか言えない。
浮気をしているという自覚はあるものの、それでも男と会ってしまうのは、男の温もりが忘れられないからだろうか。
彼氏とは違う心地良さに、ミユキはどっぷりとはまってしまったのだ。
そんな幸せな生活をしていたある日、出勤すると何やらザワザワとしていた。
ミユキが挨拶をすると、周りの人たちはみな一度ミユキを見るなり、目線を逸らしながら小さく挨拶をしてきた。
「?」
何だろうと思っていると、同期の子が腕を引っ張ってきて、物影に連れていかれた。
「ミユキ、あんたやばいよ」
「何が?」
「何がって、噂だよ!?不倫してるって」
「不倫!?」
「彼氏と上手くいってると思ってたのに。何かあったの?」
「ちょっと待って。それ、誰が言ってたの?どういうこと?」
心当たりがないわけじゃないが、どういう経緯でバレてしまったのか聞いてみると、ミユキが関わっていたプロジェクトの取引先の人が、ミユキが男といるのを見たそうだ。
初めはその人は彼氏かと思ったようなのだが、次に見た時は別の男と歩いていて、その男がまた、有名なIT企業の社長だったため、すぐに分かったそうだ。
まさか見られていたとは思わず、軽率な行動をしてしまったと、ミユキは自分を責める。
今日は休んだ方が良いと助言を受け、ミユキは早退することにした。
彼氏に連絡してみると、すぐに出たのだが、助けを求めようとしているミユキからしてみると、あまりにも酷な言葉を言われた。
『ミユキお前、売女だったのか』
「え?ちょ、何言ってるの?そんなわけないじゃない!!」
『やっぱり金がある男の方が良かったんだな。ごめん、もう連絡しないで』
「ちょっと待って!!ねえ!!」
一方的に切られてしまい、かけ直そうとしても、着信拒否されてしまったようで、無理だった。
どういうことだろうと、ミユキはもしかしてあの男がバラしたのではないかと思い、男に連絡をする。
数回コールが鳴ったあと、男は出た。
「あの!聞きたいことがあるんですけど!」
『悪いが、君とはもう会えない。それに、こうして連絡してくるのも止めてほしい』
「は!?」
『じゃあ、切るよ』
またしても、一方的に切られてしまった。
男の会社なら知っているのだからと、ミユキは男の会社の前で待ち伏せすることにした。
なんて非道な真似をするんだと文句を言おうと思い、会社から出てきた男を追いかけようとするが、男が車に乗ってしまったため、タクシーを止めて追ってもらう。
すると、大きな一軒家の前で止まった。
「何処・・・?」
タクシーから下りて様子を窺っていると、家の中から、綺麗な女性と小さな子供が出てきた。
「パパー!!」
「ただいま」
「あなた、お帰りなさい」
子供を抱き上げると、男は家の中へと入って行った。
「・・・嘘、でしょ」
男は、既婚者だったと、知った。
指輪もわざと外していたのだ。
騙された気持ちと、それでも寂しい気持ちが交差して、ミユキは彼氏の家へと向かう。
「ミユキ、何しに来たんだよ」
「だから、ごめん。誤解なの。ちゃんと聞いて」
「聞かなくても分かるよ。もういいから、帰って」
「お願い!!私、身体売ったりなんかしてないもの!!ねえ!!お願い!!」
「ミユキごめん。帰って」
静かに閉められてしまったドアは、更にミユキをどん底に突き落とした。
翌日、会社に向かったミユキだが、そこではミユキの不倫の話で盛り上がっており、大事なプロジェクトからも外されてしまった。
しまいには部署も異動させられ、まるで雑用のような仕事ばかり回されるようになった。
「なんで、こうなっちゃったんだろう」
一種懸命仕事してきて、大切な人がいて、それだけで充分幸せだったのに。
自分の中に隠していた寂しさが顔を出しただけで、こんなにも全てがガタガタと崩れてしまうなんて。
大切な人には信じてもらえず、裏切られ、嘘を吐かれ、もう何もかも失った。
「こんなことなら、ちゃんと我慢しておけば良かった」
一体私が何をしたというのか。
いや、第一に本当に大事な人を裏切ってしまったことが原因だ。
酒に呑まれ、寂しいからといって男に連絡を取った自分を今でも恨む。
仕事だって順調だったのに、こんなことで躓いて、転んで、もう誰も手を差し伸べてくれないなんて思ってもいなかった。
以前のミユキのポジションには、同期の子がいるらしいが、正直、そんな話を聞く勇気さえない。
「もう嫌・・・」
焼けている空は、残酷なほど綺麗だった。
その朱に包まれて消え去りたいと思うほど、闇に包まれるその瞳を、嘲笑っているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます