第4話神も仏もここにはいない





ノックスハーモニー

神も仏もここにはいない



 世界にただひとつの羅針盤








































 第四償【神も仏もここにはいない】


























 夢を騙って生きる、空っぽの宝箱を持って。


 英雄気取りで腕を広げるだけ。


 涙は弱い自分より無力で、何も救ってなんかくれない。


 罪から逃れようと、今も必死に逃げる。


 何も残ってない、守りきれない腕を、斬り落とせば楽になれるのかと勘違いしていた。


 痛み悶えるだけだというのに。


 世界にただひとつの道しるべが君だとしたら、鎖を引き千切って、沼から這い上がって、君を守り抜く、君と生き抜いてみせよう。


 「御先に失礼します」


 「ああ、お疲れ様」


 小さな工場で働く、真面目な男。


 名は、ノリヒコ、という。


 見た目より少し老けて見えるのは、その苦労が絶えないからだろうか。


 「はー、疲れた」


 家に帰ったところで、癒してくれる人などいない。


 仕事一筋というわけでもなかったのだが、祖父から受け継いだこの小さな工場を守る為に必死に頑張ってきたら、結婚も出逢いもないままの日々が通り過ぎていた。


 小さな工場でも、何かに長けていて、世界のシェアの半分を占めている、とかならまだ良いのが、そういうわけではない。


 ただ小さな部品を作っている工場で、似たようなものを作っているところも幾つかある。


 中には取引先が良かったのか、大成功して工場を大きくしていたところもあるが、ノリヒコにそういう考えはない。


 ひっそりとやっていればいい、という考えなのだ。


 しかし、借金があるのも確かで、祖父から受け継いだ頃より減ってはいるものの、まだ赤字続きであった。


 それでもちゃんと給料やボーナスは払わなければと、社長でもあるノリヒコが一番少ない給料なのだ。


 従業員とその家族だけは路頭に迷わせてはいけないと、ノリヒコは日々削れるところは削って頑張っていた。


 「・・・ダメだ。今月の赤字か」


 はあ、とため息を吐いていると、テレビからお金がどうとかいう声が聞こえてきた。


 ちら、とそちらに目を向けると、女性が保険金を狙って夫である男を殺害しようとした罪で逮捕されたというものだった。


 恐ろしい世の中になったな、と思っていると、ふと、ノリヒコの脳内に何かが流れた。


 「保険金、か」


 生命保険には入っているが、幾らだっただろうか、それで借金はチャラに出来るだろうか。


 そんなことを考えていたが、ふと我に返り、ブンブンと顔を左右に振る。


 「俺がこんなんじゃダメだ」


 ぱんぱんと頬を強く叩くと、またカタカタと1人で電卓をたたくのだった。


 それから数カ月が経った頃、ノリヒコのもとに見覚えのない男たちが尋ねてきた。


 「何でしょう?」


 「お宅、保証人になってるんだよ。お金、払ってもらえるか?」


 「え?保証人・・・?」


 それは、以前ここで働いていた従業員の男の借金の連帯保証人になっているというものだった。


 そういえば、サインとハンコを貸してくれと言われたことがあって、何事かと聞けば、部屋を借りるのに保証人がいると言われたことを思い出した。


 あのとき、ちゃんと内容も読まずにサインをしてしまったが、それがきっと借金のものだったのかもしれない。


 「い、幾らですか?」


 「ざっと600万だ」


 「ろっ・・・!?」


 そんな額、すぐに出せるわけがないし、出せる余裕などない。


 なにより、自分の借金さえ返せていないのに、上乗せのようにやってきたその額に、ノリヒコは愕然とする。


 信じていたのに、こんなことに利用されるとは思っていなかった。


 「明日また来るから、用意しておけよ」


 そう言って帰ってしまった男たち。


 もうどうすることも出来ないと、ノリヒコはその日早めに仕事をきりあげて、1人でプラプラ歩いていた。


 もう事故にでも遭うしか道はない、そう思って道路に飛び出そうとしたとき、ぐい、と腕を引っ張られた。


 邪魔をするのは誰だと思って振り返ると、そこには1人の男が立っていた。


 にっこりと笑みを浮かべており、青い髪に金の目をしていた。


 グレーのシャツに黒のサスペンダー、スラックス、茶色の皮靴は英国の人にも見える。


 「危ないですよ」


 「もう、死ぬしかないんです。お願いですから、離して下さい」


 「・・・よろしければ、話しを聞きましょう。私、占いをやっているシェドレと申します。ここで死なれても、気分が悪いので」


 そう言うと、シェドレは何処かへ向かって歩き出したため、ノリヒコはその後ろを着いて行く。


 どんどん人が少ない通りになっていき、大丈夫かと思っていると、急に深い霧に包まれてしまい、視界が眩む。


 しかしすぐに霧が晴れれば、そこには男が言っていた占いの館があった。


 「さあ、どうぞ」


 「し、失礼します」


 中に入ると仄かな良い香りがして、脳がぼーっとする。


 椅子に座るように促されたため、そこに腰掛ける。


 出されたお茶を啜ると、なんだか落ち着いた。


 「死ぬしかないと仰っていましたが、何かお困りのようですね」


 「・・・もう、これしか方法がないんです。どう頑張っても、これ以上、お金を用意出来るわけがない」


 「つまり、保険金、というわけですね」


 「はい」


 「いきさつをうかがっても?」


 譲渡されたのは工場だけではなく借金も一緒だったこと。


 父親はそれを知っていたから継がず、普通の会社員になっていたこと。


 従業員に騙されて借金の保証人にさせられていたことや、そのお金はもうどうにも工面出来ないこと。


 静かに聞いていたシェドレは、蝋燭で揺らめく水晶を指でなぞった。


 その指で、カードの一番上のソレを捲ると、にこりと笑う。


 「では、こういうのはどうでしょう」


 「?」


 風もないのに、蝋燭が揺れる。


 ここには2人しかいないのに、他に誰かがいるような空気がある。


 背筋をゾクリとさせたノリヒコは、そこから逃れようと腰を少し浮かせるが、その時、シェドレの口から誘惑が漏らされる。


 「貴方に、お金のある生活を送らせてさしあげます」


 「どういうことですか?」


 「借金はなくなる、ということです。それに加え、貴方の工場は上向きになり、貴方自身好きに使えるお金も増える、ということです。不服がありますか?」


 「不服は、ありませんが・・・。どうしてです?貴方からお金を借りる、ということですか?」


 「いえ。私、お金を持っているわけではありませんので」


 「だったら」


 「しかし、私は占い師です。貴方の人生を変える助言は、出来るんです」


 「?」


 「その代わり、お金を貸す事は禁じます。貴方が出来ることは、給料の支払いと、自分に費やす分のみ。もし他人にお金を貸す、もしくはお金に関わる問題を抱えてしまった場合、私にはどうすることも出来なくなります」


 「まあ、貸すほど金を持ったことなんてありませんけどね」


 ハハハ、と自嘲気味に笑ったノリヒコは、店を後にする。


 たかが占い師の言う事だからと、期待しないでおこうと、ノリヒコは良い気分転換になった、くらいに思っていた。


 ところが翌日、なぜか借金の取り立ては来なかった。


 祖父の借金も全額返済されており、ノリヒコはまさかと思っていた。


 あの男の言っていた通り、工場は徐々に仕事を増やして右肩上がりに成長していき、従業員にしっかりとした給料も、ボーナスも支払えるようになっていた。


 ノリヒコ自身も、自分にご褒美として酒を買ったり、新しい財布を買ったり、時計を買ったりと、贅沢出来るようになっていた。


 「信じられない。あの占い、当たってる」


 どうしてこうなったのかは全く分からないが、とにかく、借金に追われていた日々が無くなったのだから、幸せだ。


 「最近羽ぶりいいですね、何かあったんですか?」


 「いや、俺にもよく分からないんだ」


 「これまで苦労してきた成果ですね。よかったです」


 それからというもの、ノリヒコの生活は本当に変わって行って、ノリヒコはマンションの一室を購入していた。


 小さな工場も大きくしようかと考えており、そうなれば当然従業員も増えるわけで、募集もかける準備をしていた。


 まるで人が変わったかのように、ノリヒコは以前にも増して明るくなり、なにより、ひっそりとした性格だったのが、大胆な性格になってきた。


 「よし。なんだかよくわからないけど、上手くいきそうだ」


 どこからくるか不明な自信でさえ、なぜか確信があった。








 1年も経つと、ノリヒコの会社は大分変わっていた。


 従業員もさることながら、ノリヒコは大企業の社長として立派にやっているが、まだ結婚はしていない。


 それでも、気になる女性はいるようだ。


 女性は常にニコニコしている笑顔が素敵な人だが、仕事中は真面目に真剣な表情をしている。


 この会社に入って3年ほど経つが、とても優秀な人材である。


 その女性のことを知ったのは、もちろん面接の時なのだが、気になり始めたのは、ノリヒコが久しぶりに工場の仕事を見にきたときだ。


 社長のノリヒコは見て回るだけの予定だったのだが、腕がうずくというのか、昔の血が騒いでしまって、どうしても一緒に仕事に関わりたくなり、無理を言ってその日だけ仕事をさせてもらっていた。


 そのとき、小さな女性が1人で真剣に仕事をしている姿を見たらしく、それがきっかけだとか。


 女性の方は、ノリヒコの気持ちなど知らないだろうし、きっと社長と一従業員としての立場から、ノリヒコと結婚、などということは全く考えていないだろう。


 これだけ従業員が多くなれば、全員の顔と名前を覚えることは難しいのだが、ノリヒコは出来るだけ時間が空けば覚える時間を創るようにしていた。


 そんなこともあってか、新人の従業員もベテランの従業員も、ノリヒコのことをとても慕っている。


 そんなある日、ノリヒコが車に乗って家に向かって帰ろうとしていると、あの女性がスマホで誰かと話している姿を見かけた。


 彼氏だろうかと思ってしばらく車を下りて見ていると、女性は珍しく声を大きめに出して拒絶するような言葉を叫んでいた。


 周りに人はいないため、それに気付いているのはノリヒコくらいだろう。


 話し終えたところで、ノリヒコは声をかけてみる。


 「どうかした?」


 「え?あ!!しゃ、社長!!いえ、別に、なんでもなんです」


 「何か困ってるの?」


 「社長にお話しするようなことではありませんので。家族の問題です」


 そう言って遠ざかってしまいそうになった女性の腕を無意識に掴めば、車で送って行くから乗ってくれと言った。


 そもそも社長なのに自分で運転するのかと聞かれると、ノリヒコは車や運転が好きなため、運転手は雇っていない。


 たまに運転してもらうことはあるが、基本的には自分で運転している。


 渋々といった形で女性はノリヒコの車の助手席に乗る。


 エンジンをかけてアクセルを踏めば、車は前に向かって進み始める。


 「俺に解決出来るかは分からないけど、相談くらいなら乗るよ」


 「・・・でも」


 「従業員が困ってるのに、放っておけるわけないだろ?」


 従業員が、というのは語弊があったかもしれないが、今この場ではそういう方が良いだろうと判断した。


 女性はそれでも話すことじゃないと言っていたのだが、ノリヒコが押しに押したため、観念して話し始めた。


 女性の話によると、女性は母子家庭なのだが、その母親の親、つまり女性からすれば祖母にあたる女性が入院することになったらしい。


 母親と女性は交代で様子を見に行っているようなのだが、そんなとき、離婚した父親から連絡があったそうだ。


 内容は、会社をクビになってしまって生活が厳しいから、お金を送ってくれというものだった。


 もちろん断っていたのだが、毎日のように連絡はくるし、最近では女性が勤めている会社のことを調べ上げ、良い給料をもらっているなら少し送ってくれとしつこく言ってくる。


 祖母の入院費や、これから手術もあるということでお金を貯めているというのに、そんなことをよく言えたなと、母親も女性も、父親からの連絡を毎日断り続けている。


 電話に出なければいいのだが、そうすると会社に行くと言いだしたため、それは会社に迷惑がかかるということで、なんとか電話には出ているのだ。


 そして先日聞いた話しでは、母親はあまりにしつこいその電話に、お金を少し渡してしまったらしい。


 もとは夫婦だから情があっても仕方がないとは思うが、それからというもの、当たり前のように金を送れと言ってくる父親に、先程のように怒鳴るなどして電話を切るしかないということだった。


 なんとも言えぬその状況に、ノリヒコはただ相槌を打つことしか出来ない。


 「お母さんは、まだ仕事をしてるの?」


 「はい、パートなんですけど。もともとは父親と同じ会社で社員として働いていて、結婚を機に退職したんです。私が生まれて、小学4年くらいの頃だと思うんですけど、父親のギャンブルが原因で、離婚したんです」


 「そうなんだ」


 「若いころはギャンブルなんて嫌いだったらしいんですけど、一度友人に連れられて行ったら、そこからはまってしまったらしくて。負けるのが分かってるのに、仕事帰りに毎日にように行ってました。お酒も飲むし、煙草も吸うし。本当に最悪です」


 「じゃあ、お母さんに似たんだね。真面目だし」


 「ええ、多分。お母さん、仕事すごく出来たんですって。だから、退職するときももったいないから、休職したらどうか、って言われたらしいんです。お腹には私がいたので」


 「寿退社だけど、妊娠もしてたんだ。じゃあ、良いタイミングといえば良いタイミングだね」


 「なんであんな父親と結婚したのか、本当に謎です。私だったら絶対にあんな人とは結婚なんかしません」


 ふん、と頬を膨らませて言う女性に、ノリヒコは思わず笑ってしまった。


 すると、真面目に悩んでいるのだと怒られてしまった。


 「あ、あそこの信号左に曲がったらすぐなので、この辺りで大丈夫です」


 祖母の入院をきっかけに、1人暮らしを止めて母親と一緒に暮らすようになった。


 路肩に車を止めると、女性はシートベルトを外してノリヒコに御礼を言う。


 ドアを開けて出て行こうとする女性を呼びとめると、ノリヒコは何か言おうと口を開くが、「気をつけて」とだけ言った。


 女性は笑顔で帰っていく姿を眺めながら、ノリヒコは自分の立場ならなんとか出来るのではないかと思っていた。


 昔の自分なら何も出来ずに終わってしまったかもしれないが、今なら、権力だって金だってあるのだ。


 きっとお金を出すなんて言ったら、あの女性は断るだろうが、女性のために何かしてあげたいという気持ちはとても強い。


 それからも、ノリヒコはどうしたら良いのかと考えていた。


 ボーナスを多めに出そうかとも思ったが、女性のボーナスを急に上げたりしたら、それこそ何事かと思われてしまうだろう。


 それに、女性の直属の上司からの評価もそれなりにないと、そう簡単には上げられない。


 うーん、と悩んでいたノリヒコだが、やはり金の問題は金で解決するしか出来ないだろうと判断した。


 金を貸すなと言われたことは、ちゃんと覚えている。


 しかし、自分の金をどうしようと、どういうふうに使おうと、あの男に知られるわけがない。


 そして、ついには、貸すのではなく、あげれば良いのだ、という、変な解釈をし始めた。


 後日、ノリヒコは女性の家の近くまで行って女性が帰ってくるのを待っていると、女性が寒そうに歩いてくるのが見えた。


 「お疲れ様」


 「あれ!?お、お疲れ様です。何かありましたか?」


 何か仕事でミスでもしたのかと、女性は心配そうに小走りで走ってきた。


 それを見て小さく笑っていると、ノリヒコは鞄から大きな封筒を取り出して、それを女性に渡した。


 女性は首を傾げていたが、さらに腕を伸ばして女性に示せば、それを受け取る。


 「あの、これは?」


 「俺に何か出来ることがないかと思って。ずっと考えてたんだけど、これしか思いつかなくて」


 封筒の中身を確認した女性は、驚いたように目を見開き、すぐにノリヒコに付き返してきた。


 「こ、こんなもの受け取れません!!」


 「そんなこと言わないで。それをおばあさんの手術や治療代に使ってくれても構わないし、父親に渡してもいい。自由に使ってくれ」


 「だ、ダメです!!社長にこんなことしていただくなんて!!」


 「どうしても?」


 「どうしてもです!!」


 「・・・・・・」


 少し口を噤み、どう言えば納得して受け取ってくれるだろうかと考えると、これしか思い浮かばなかった。


 「じゃあ、社長からということじゃなく、俺という男から個人的な気持ちで、ってことじゃダメかな?」


 「個人的、ですか?」


 「そう。俺は君のことが気になってる。だからそれを使ってほしい。従業員として助けたいわけじゃなくて、君だから助けたい。どうかな?」


 「・・・・・・」


 なんとなく、ノリヒコの言っていることが理解出来た女性は、しばらく考えてから、それを受け取ることにした。


 深深とお辞儀をした女性の頭を撫でると、恥ずかしそうにしながらも、笑いながら泣いていた。


 「ありがとうございます。きっと、おばあちゃんを助けられます」


 「良かった」


 ノリヒコの胸は、嬉しさでいっぱいだった。


 女性の笑顔も見られて、彼女が幸せになるのならと、家に向かって走っていく女性を見送りながら微笑んでいた。


 それからすぐのことだ。


 これまで順調に成長していたノリヒコの会社は、なぜか急にガタガタと崩れていった。


 何が原因かなんて、誰にも分からない。


 崩れ始めたことをいち早く察知した従業員は、さっさと辞めて他の仕事に就いた者や、ライバル会社にハンティングされてそちらに行った者がいる。


 小さな工場の時から一緒に仕事をしていた仲間だけは、どれだけ業績が悪くなろうが、ノリヒコのもとにいてくれた。


 だが、この原因不明の急落に、ノリヒコはあの時あの男に言われたことを思い出す。


 いや、たかが占いくらいでこんなことがあってたまるかと、しかし、占いで大きな会社にまで成長できたこともまた事実だ。


 「なあ、俺達も頑張るからさ」


 「きっとまた立て直せるさ」


 そういって励ましてくれるが、ノリヒコは残っている従業員に向けて、こんなことを言った。


 「正直、この会社はもうどうなるか分からない。倒産する恐れもある。先に給料を支払っておくから、転職を進める。斡旋してくれるところも探そう」


 火を見るよりも明らかな会社の経営状態に、ノリヒコはもうダメだろうと思った。


 あの女性はまだ働いてくれているが、それでも、これからどうなるか分からない会社にいさせるわけにはいかない。


 小さな工場のままだったら、このままひっそりと頑張ろうと言えたのだが、ここまで大きくしてしまったからには、全従業員の未来に責任を持てない。


 いや、持たなければいけないことなのだが、それが出来そうにないと判断したため、そんなことを言ったのだ。


 ノリヒコの会社はそれなりに名をあげていたためか、転職しようとすればすぐに職場が見つかる。


 1人、また1人と、ノリヒコのもとから離れていった。


 買ったマンションも売り払い、それを金にして退職金として支払っていたが、それでも足りないため、車なども色々と売っていた。


 それからすぐに、会社の倒産が決まった。


 また一から始めなければ、と思っていた矢先、ノリヒコの前に、見覚えのない男たちが近づいてきた。


 「なんです?」


 「これ」


 「?」


 ぴら、と広げてみせられたのは、誓約書だった。


 「それが何か?」


 「ここに、書いてあるだろ?会社設立費用として、1億を銀行から借りる。もし3年以内に倒産した場合、1億をそのまま返済すること」


 「なっ!?そんな、そんなもの借りた覚えなんて!!」


 「ちゃんとあんたのサインとハンコもある。さあ、耳揃えて返してもらおうか」


 「あんたら、銀行職員じゃないだろ!こんなの払えない!!警察に訴えてやるぞ!!」


 「職員だろうとなかろうと、あんたは金を借りたんだ。そして会社を立ち上げ、失敗し、倒産した。ここに書いてあることはちゃんと守ってもらおうか。ああ、言っておくが、警察だって守っちゃくれないぜ?」


 「なんだと・・・!?」


 「官僚方も、この件に関わってるからな。あんたは良い餌だったよ。小さい工場でやってれば良かったものを、こんなにでかくしちまって。ま、不運としか言えないがな」


 会社建設の費用など、全く覚えがなかった。


 なぜなら、いつの間にか自分の手元には大金があったからだ。


 どこから金を使ったのか、どういう金なのか、全く気にせずに使っていた。


 「まさか・・・あの男!?」


 「それと」


 まだ何かあるのかと、ノリヒコに追い打ちをかけるようにして、男は言った。


 「従業員のある女が借金しててよ。ホステス通いに狂ってて。貢ぐ金がねえってんで、あんたを保証人にして闇金から金借りてたんだわ。だから、その分も払ってもらうぜ?しめて、1億900万。利子もつけると、もっとでかい金額になっちまうだろうけどな」


 明日また来る、とだけ言うと、男たちは去って行った。


 取り残されたノリヒコは、ただ愕然とその場にへたり込み、両手で顔を覆いながら発狂する。








 1人の男が、テレビをつけたままお茶を飲んでいた。


 「おや?」


 『昨日、廃工場内で男性の遺体が発見されました。男性は自殺と思われ、ただいま、身元の確認を急いでいます』


 「嘆かわしい事件ですね。しかし」


 男はカードを一枚捲ると、ビリビリと破いて散らせる。


 「苦痛に生きるか、楽に死ぬか、本人が決めることですからね」


 そう言って、男は綺麗に笑った。




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