第7話おまけ②「願い事」





ノックスハーモニー

おまけ②「願い事」



 おまけ②【願い事】


























 もしも僕が魔法使いなら


 世界を愛で埋め尽くそう


 もしも怪獣が現れたら


 魔法の杖で退治しよう




 朝に月が笑い 夜に太陽が昇る


 空にはわたあめ キャンディが降る


 そんな御伽噺を贈ろう




 今から世界を変えるよ


 僕が指を鳴らせばほら、見て


 苦しむ人も悲しむ人もいなくなるよ




 もしも海と大地が逆なら


 僕は魚になれるのかな




 時に言葉が泣き 故に真実が霞む


 夢を形にする 呪文唱えて


 そんな御伽噺をこの手で




 今から景色を変えるよ


 君と僕が笑えばほら、ご覧


 苦しいことも悲しいことも消えて行くよ




 もしも僕が魔法使いなら


 世界を愛で埋め尽くそう








 昔流行った、そんな歌。


 僕には関係ないと思っていた。


 だって、僕には明日が来ないから。


 「どうしたの?また空なんか見て」


 「僕もいつかあの空に行くんだよね。そしたら、あんな風に綺麗になれるのかな」


 「そんなこと言わないの。大丈夫よ。さあ、リラックスして」


 目を瞑って、いつものように麻酔を打たれる。


 眠くなって、瞼が重たくなって、身体もだるくなってきて、気付けば寝ている。


 不幸を描いた物語を読むことにももう飽きてしまって、夢の中でも彷徨い歩いているだけの毎日は、とても退屈だ。


 魔法使いがいたとしても、きっと僕は何も願わない。


 なぜなら、魔法はいつか解けてしまうものだから。


 どれだけ綺麗な世界にしても、どれだけ見栄えのある姿にしても、どれだけ幸せな人間を演じても、どれだけ明日を期待して待っていても、僕には何も残らない。


 目を覚ませば、同じ朝がおとずれる。


 昨日のことなんてまるでなかったみたいに、実際、僕には何もないけれど、今日初めて息をしたみたいな感覚になる。


 美しい朝を迎えてみたい。


 だけど、僕に与えられるのは、ある一定の思考と決められた解答のみ。


 まるで、抗えるものなら抗ってみろと言われているような、逃げられるものなら逃げてみろと言われている様な、そんな日々。


 もし魔法使いが時間を操れるとしたら、僕は過去ではなく、未来に行きたい。


 それも、遠い遠い、遥か遠い未来。


 理由なんて決まっている。


 “僕”という存在から逃れるため。


 周りの人間は「いつか」という言葉を良く口にする。


 視えない「いつか」「未来」「希望」「永遠」なんて、僕には全く訪れることのなさそうな、そんな単語ばかり。


 ある人間は、「破壊」行為だと言う。


 ある人間は、「救済」行為だと言う。


 ある人間は、「摂理」そのものだと言う。


 ああ、僕の周りにいるこの人間たちは、そんな言葉たちを無下に扱って、自分の正当性を立証しようとしているんだ。


 僕が寝ている間、人間が僕に何をしているのかは知らないし、興味もない。


 感覚も切り取られ、感情もはぎ取られ、寝ている僕はただの骨と肉で作りあげられたプラモデルみたいなもの。


 「怖くないよ」


 耳元で誰かに言われた気がした。


 怖いなんて、思ったこともないのに。


 だって、これが当たり前だと思っているから。


 自由も無ければ、束縛さえ赦されない。


 どのくらいの時間が経ったのか分からないけど、僕は目を覚ます。


 「おはよう、気分はどう?」


 「いつも通り」


 「そう。今日はちょっと外に出てみようか」


 「外?」


 裸足のまま“外”に出てみると、ひんやりとしていた。


 だけど、部屋の冷たさとはまた違っていて、僕はこっちの方が好きかもしれない。


 ふと、後ろで歩いている人間の方を見たら、いなくなっていた。


 どうしてか分からないけど、僕はふらふらと適当に足を進めていた。


 今何処を歩いているのか、何処に向かっているのか、誰にも会わないし誰も追ってもこないから、分からない。


 そのうち、だんだんと空が暗くなってきた。


 “夜”が来たんだよ分かったから、帰らなくちゃいけないと思って、元来た道をまた歩いて行った。


 だけど、そこにはもう何も残っていなくて、僕が起きて、そして寝る場所が消えていて、代わりにそこにあったのは、踏みつぶされても尚そこにい続けていた、雑草。


 僕はどうするか考えて、そこでしばらく待ってみることにした。


 だけど、誰も来なかった。


 何回目かの夜が来たとき、僕の身体が宙に浮いた。


 あ、魔法使いになったんだ、と思ったけど、違った。


 僕の身体が浮いていたのは、人間が僕のことを持ちあげていたからだった。


 なんだ、魔法使いになったんじゃないのかと思って、息を思いきり吐き出したら、その人間は眉をぴくっと動かした。


 「1人か?」


 知らない人とは話しちゃいけないって、言われたけど、僕の周りにいた人間たちは、僕からしたらみんな知らない人だったから、その人間とも話した。


 「みんな消えちゃった」


 「そうか」


 「魔法みたいに、消えちゃった」


 「魔法?」


 その人間は、僕が変なことを言ってるみたいな顔をしていたから、なんだか胸がもやもやしてきて、その人間の髪の毛を引っ張った。


 そしたら痛いから止めろって言われて、止めた。


 「消えちまったもんはしょうがねぇな」


 「うん」


 「腹減ってるか?」


 「僕、お腹空かないの」


 「あ?」


 「お腹にね、みんなが何か詰めてるから、いつもお腹いっぱいなの」


 「・・・・・・」


 また変な顔をしたから、また髪の毛を引っ張ろうとしたら、掴もうとしてた腕をその人間に捕まった。


 だから、今度は頭突きをしてみた。


 痛そうな顔してたけど、僕は痛くない。


 「変なガキだな。まあいい。だが、連れていってもなぁ、俺も目立つわけにゃいかねぇし。どうするか」


 「僕、ここにいる」


 「みんな消えたんだろ?」


 「ここで待つの。そう言われたの」


 「言われた?」


 「うん。僕は待つの。みんなが言ってた“いつか”を待つの」


 「・・・・・・」


 そう言ったら、なんでか、その人間は悲しそうな顔をしていた。


 僕にはその理由が分からなかった。


 だって、いつものことだから。


 いつも、僕はただ待っていただけ。


 人間はそのまま僕を連れて、僕の知らない道を歩いて、僕の知らない空気に触れて、僕の知らない場所に向かった。








 「・・・・・・」


 僕は、知らない人間に連れられて、違う知らない人間のところに来ていた。


 僕を連れてきた人間は、そこにいる知らない人間と何かお話をしていた。


 「頼むよ」


 「そう言われてもな」


 「俺とお前の仲だろ」


 「お前との仲なんて何も思い浮かばないがな。その子、一体何なんだ?」


 「知らねえ」


 「知らねえじゃないだろ。いきなり来ていきなり知らない子供の面倒見てくれって言われても、俺だって困るぞ」


 「どうせ独り身だろ。賑やかになるぞ」


 「賑やかになると思うか?」


 知らない人間と知らない人間が、僕のことを見た。


 それからすぐに、またお話の続きだ。


 「ならねぇな。ならいいじゃねえか。大人しくしてるんだしよ」


 「お前なぁ」


 「俺は行かなきゃならねえ。こいつを連れて行くわけには行かねえだろ?」


 「なら行かなければいい」


 「そういうわけにもいかねえんだよ。お前と違って、俺にはやるべきことがあるからな」


 「適当に生きてた奴が、よく言えたな」


 「適当に生きてるのは今もだけどな」


 「褒めてないからな」


 「で?」


 「・・・・・・ふう、わかったよ。俺が面倒をみよう」


 「ありがてェ。埋め合わせはしたいところだが、多分なにも出来ねえから期待しないでおけ」


 「なんだそれ」


 僕を連れてきた知らない人間がこちらに来ると、僕の頭を乱暴にかきまわした。


 「この怖い顔のおっさんが、お前の親代わりだ。何かあっても俺はすぐに助けには来れねぇから、逞しく生きるんだぞ」


 「どういう紹介のしかただ」


 「僕、怖くないよ」


 「ん?」


 「怖くないよ。僕、何も怖くない」


 そう言うと、知らない人間はまた僕の頭をぐわんぐわんした。


 そして何処かに行ってしまった。


 僕の後ろで、知らない人間は何かどろっとしたものを顔に近づけていて、何だろうと思っていると、それは“お茶”というらしい。


 飲んでみるかと聞かれたけど、僕は何も食べちゃいけないし、何も飲んじゃいけないって言われたから、首を右と左に動かした。


 知らない人間は、僕に何も言わなかったし、聞かなかった。


 干渉はしない、と言っていた。


 「僕、“いつか”あの空になれるよね」


 「空になる?」


 「うん。空になれば、何も考えなくていいでしょ?僕は人間にはなれないけど、空にはなれるでしょ?」


 「・・・・・・」


 「空にはどうやったらなれるのかな。僕、どうやってあんなところまで行けばいいのかな。空まで行く道があるのかな」


 「・・・さあな。俺は生憎、空への生き方にゃ詳しくないが、そのうち、行けるかもな」


 「嘘つき」


 「なんで嘘だと思う」


 「僕、知ってるよ。本当は空になんてなれないこと。みんな言ってるのも、聞いてた。僕は“不良品”なんだって。なのに、みんな僕を大事に扱ってた。僕がみんなの嘘を信じることで、みんなが僕を宝石みたいに大事にしてくれた」


 「・・・・・・」


 「だから僕ね、あの場所で待つの。ずっと」


 「どうして嘘吐きたちを待つんだ?お前は利用されてるだけなんだろ?それを分かってても、待つ意味があるのか?」


 「みんな僕のこと知ってるくせに、本当は何も知らないんだよ。だからね、教えてあげなきゃいけないでしょ?違うんだよって。僕はね、夢を見続けるの。違う世界の夢を見て、そこで生きて行くの」


 「・・・・・・」








 ある霧が濃い場所に、不思議な店ができたという。


 店の名はDECHETS BRUTS。


 1人の奇妙な男が、そこで占いをしているらしい。


 そこに訪れた客は、男からある助言をされるのだが、その助言を無視してしまうと、恐ろしいことが起こるそうだ。


 いやなに、これはただの噂ですよ。


 なんたって、私だって実際に見たことも会ったこともないし、聞いただけなのですから。


 しかし、その店を見つけてしまっても、決して入らないことをお勧めしますよ。


 なぜなら、店の名の意味は“生ゴミ”。


 そう、そこは生きている人間が決して入ってはならない、奈落の底へと続いている、地獄への入り口なのですから。


 いえね、これもただの、噂ですけどね。


 「いらっしゃいませ。本日はどのようなお悩みで?」


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ノックスハーモニー maria159357 @maria159753

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