第6話おまけ①「訪問者」
ノックスハーモニー
おまけ①「訪問者」
おまけ①【訪問者】
ここは、霧の深いどこかに存在している占いの館である。
そこのドアを開ければ、男が笑顔を浮かべて貴方を迎えてくれるでしょう。
青い髪に金の目、グレーのシャツに黒のサスペンダーとスラックス、そして茶色の皮靴。
以前はネイビーのチョッキを纏い、白い手袋をした格好でお客様をお出迎えしていたのだが、そんなシェドレの服装に文句を言った者がいたそうだ。
これは、その男が登場するお話である。
「邪魔するぜー」
まるで居酒屋にでも入ってくるかのように占いのドアを開けたのは、眼帯に両耳ピアスをつけた男だった。
「私はシェドレと申します。本日はどのようなお悩みで?」
「ああ、俺は隼人って言うんだけど、ある男からあんたのこと教えてもらってさ、来てみたんだ」
「・・・何を占いましょう?」
「そうだな。じゃあ・・・俺は億万長者になれるかどうかを占ってくれ!」
「無理です」
「えええええええ!?早くね!?占い早くね!?てか絶対占ってねぇだろ!!!ちゃんとやれよな!!」
「無理なものは無理です。貴方は億万長者どころか、今の生活がずっと続くことでしょう。お引き取りください」
「俺は諦めねえからな。こんな占いを全面的に信じたって、どうせ良いことねえんだから。俺知ってるから。俺が頑張ればなんとかなるって知ってるから」
「であれば、今すぐおかえりください。出口はあちらにございますので」
「出口は入口のことだろ。場所くらいわかってら。そうじゃなくて、じゃあ、別のこと占ってくれよ。俺のことはもういいや」
「何でしょう」
「じゃあ、そうだな。俺の知り合いの知り合いの知り合いの知り合いくらいに、イオっていう奴がいるんだけど、お宅とそいつって何か関係あるの?」
「・・・それは占いではなく質問ですね。それに関してはお答え致しません」
「えー、何にもしてくれねぇじゃん」
「貴方に問題があるかと思いますが」
「俺?俺はそうだよ。問題だらけだよ。いやそうじゃなくて。俺が優秀すぎるとか有能過ぎるとかイケメンだとか仕事が出来るとか、そういう話じゃなくて」
「そういった話は一切していません」
「あんた、俺のこと嫌いなの?」
「印象はあまりよろしくありません」
「あ、そう。まあいいや。俺の周りには碌な奴はいないってことだけは分かったよ。あいつらにしても、あんたにしても」
「そうですか。では、お帰りください」
「そんなに俺を帰したいわけ?」
「はい」
「・・・正直だな。せっかく、あんたが探してる男が見つかったから、連絡しに来たのに」
「・・・・・・」
隼人の言葉に、シェドレは表情を一変させた。
それまではニコニコと、人の良さそうな笑みを浮かべていたのだが、ピクリと眉を動かし、口角も若干ではあるが、下がった。
しかしすぐにもとの笑みに戻ると、足を組み、腕も組む。
「なんであの男を探してるんだ?」
「貴方には言う義務がありません」
「なら、どこにいるかは教えられねえぜ?占っても特定出来ずにいるんだろ?」
「・・・・・・」
「復讐、ってわけじゃねぇだろうが、あの男は気の向くまま、風の吹くまま色んな場所を巡ってる。そのうち、また移動しちまうだろうな」
「それ以上、詮索しないでいただけるとありがたいのですが」
「あんたのこと、少し調べたんだ」
すう、と目を細めて隼人を見ているシェドレの目は、一気に冷たさを帯びる。
それでも隼人は続ける。
「本名はシェーヌ・ド・レール。だから通称シェドレ。一応は占い師ってことになってるが、実際は人間の欲を見つけてそれを」
「そこまでにしていただけますか」
少し強めの口調でそう言えば、隼人は口を閉じた。
これ以上は本当に言ってはいけないことだと、そうシェドレから感じたからだ。
「私はここに潜りこんでいるわけではありません。正確に言うと、彼らが勝手にこちらに入りこんでくるのです。そして助けを乞う。私は占いという形で助言を呈しているのみです」
「だが、その助言を聞かなかった奴には、それ相応の罰がある」
「私はペナルティと言っていますがね」
「あんたはこの狭間で、一体何をしようとしてるんだ?人間に関心があるとも思えない。かと言って、あの男を追いかけてるにしてはやる気を感じない」
「誤解なさらないでいただきたい」
「誤解?」
「私は何も、人間を陥れたり、屈辱を味わわせたり、闇に落とそうなどとは考えておりません」
「その言葉を聞いたらあんまり信じられねえんだけどな」
「私がここにいる理由は、至って明快。あの男は必ず、この道を通ると分かっているからです」
「この道・・・?」
「ええ。ここは所謂、“異世界の通り道”です。あの男が生きていて旅を続ける限り、いつか必ずここへ来る。だからこそ、私は探しているのです」
「・・・え?ここにいつか来るって思ってるのに探してるのか?」
「そういうことになります」
「え?俺にはちょっと理解出来ないんだけど、どういうこと?なんか難しい話してる?」
「貴方もいずれ分かります。ここはそういう場所であって、そういう人たちがおとずれる場所なのです」
首をこれでもかというほど傾げている隼人を見て、シェドレはここでようやくお茶を差し出した。
もっと早く出してくれと思った隼人だが、きっと早く帰らせようとしていたからこそ、お茶は出さなかったのだ。
結局、シェドレの口から詳しいことを聞き出せないまま、隼人は店を出た。
そしてそのとき、シェドレにこう言ったのだ。
「そういや、あんたその格好似合わねえな」
「・・・はい?」
「あんたの腹黒い一面を見たせいか、そういう紳士的な服装は似合わねえよ、って言ったんだよ。じゃあな」
すぐ目の前さえ見えないほどの深く濃い霧。
その中に佇んでいる占いの館。
隼人は一歩歩いてから後ろを見れば、もうそこには占いの館は無かった。
「・・・・・・」
ぽりぽりと眉間あたりを指でかきながら、隼人は何処かへと向かって歩きはじめる。
「なんて言えばいいんだかなぁ」
隼人が帰ったあと、シェドレは立ったまま腕を組んだ状態で、頭を壁につけて少し上を向いていた。
その顔には笑みなど1つもなく、ただ全てを蔑み、疎み、呪っている。
徐に手をポケットに入れると、そこから古びた懐中時計が出てきて、開けたその裏側には、何かが描かれていた。
すぐに閉じると、再びそれポケットにしまう。
そして、奥の部屋へと消えて行った。
火が灯っていた蝋燭は、風もないのに揺れたかと思うと、フッ、と静かに消えた。
また誰かが迷い込めば、シェドレはいつもの笑みで迎えるのだろう。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
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