ノックスハーモニー

maria159357

第1話この歌を歌頃には、君はいない






ノックスハーモニー

この歌を歌頃には、君はいない


   登場人物






         シェドレ




         タクト


         ミユキ


         マリーナ


         ノリヒコ


         モリス


































 君の笑顔を見たいから、僕はこの身を悪魔にも捧ぐ。






































第一償【この歌を歌う頃には、君はいない】




























 どこか遠くの世界に行ってみたい。


 だけど、それは叶わない。


 この海を泳ぎ切るには、あまりにも広すぎるから。


 後悔と歩いた道でさえ、手に入れようとしたけど、失ったものをもう一度手に入れようとして、いつだって苦しむのは僕自身だ。


 男は、すう、と息を吸った。


 そして白く細く伸びたその指先に意識を集中させると、黒と白が並んでいるソレを力強く弾く。


 それは演奏と呼ぶにはあまりにも美しく、人間が奏でる旋律としてはあまりにも神秘的である。


 男が演奏を終えると、一瞬、沈黙が鳴る。


 その後、一斉に歓声と拍手が響き渡る。


 「いやー、さすがは100年に1人と云われる逸材ですな。素晴らしい演奏です」


 「とても良かったわ。感動してしまいました」


 「若手のホープでありながら、我が国の誇りですよ。何度聴いても心躍ります」


 そんな感想には興味がなく、男はステージを後にすると、自分の名が書かれたプレートが貼ってある部屋に入る。


 眼鏡を取ると、目薬をさす。


 こんこん、とノックが聞こえてきたため、眼鏡をかけて「どうぞ」と言う。


 「タクト、今日も良い演奏だったわね」


 「ありがとう、母さん」


 「タルトは留守番してるの?」


 「ええ。タクトに負けないようにって、一生懸命練習してるわ」


 タルトは、タクトの弟である。


 タクトが注目されているのは、ピアノ演奏の技術や表現力だけではない。


 ピアノ以外にも、バイオリンで才能を発揮し、コンダクターとしても優秀な成績を収めているのだ。


 二足のワラジならぬ、三足のワラジ。


 とはいえ、メーンはピアノ奏者としてなのだが、自ら作曲もしているため、時にはバイオリンで、時にはオーケストラをまとめるコンダクターとしても仕事をこなしている。


 敵なしと言われているタクトの弟、タルト。


 兄の活躍を常に近くで見ている彼だが、兄のタクトにライバル心を持っていることは無いそうだ。


 というのも、小さい頃から兄はそういう存在と認識しているかららしい。


 タルトもピアノやバイオリンなど演奏出来るが、実力としてはまだまだだろう。


 自己流で好き勝手に演奏しているタルトは、楽譜を無視して演奏するため、タクトに注意されることが多々ある。


 そんなことがあっても、どちらかと言えば仲の良い兄弟である。


 その日の演奏会が無事に終わると、タクトは母親と一緒に家へと帰る。


 「お母さん!お兄ちゃん!おかえり―!!」


 ニコニコと人当たりの良さそうな笑顔で走ってきたのが、弟のタルトだ。


 「ただいま、タルト。今日はちゃんと練習してたの?」


 「今日は勇人くんと遊んでたの!公園で鬼ごっこしてた!!」


 「あら、良かったわね」


 タクトはそんな会話気にせず、自分の部屋に向かって歩いて行く。


 幾らピアノの演奏に長けているとはいえ、明日は学校があるのだ。


 宿題は終わらせているが、予習くらいしておかないとと、タクトは机に向かうと教科書を広げる。


 タルトとはすでに別の部屋にしてもらっている。


 その理由は、五月蠅いから。


 可愛くないわけではないのだが、人が集中しているときにも構わずに話しかけてくるため、タクトは両親にお願いをした。


 予習を始めて10分ぼどした頃、弟のタルトがバタバタと階段を駆け上ってくる音が聞こえた。


 バタン、とノックもせずにタクトの部屋を開けると、案の定、遊ぼうと言ってきた。


 「1人で遊んでろ。僕は今勉強してるから」


 「えー!!なんでなんで!!遊ぼうよ!」


 「昼間遊んでたんだろ」


 「やだやだ!!遊ぼうよ!!」


 駄々をこねるのは今に始まったことではないが、演奏会で疲れているというのに、全く人のことを考えていないタルトに多少なりとも苛立つ。


 幾ら言っても無駄なため、タクトは無視をすることにした。


 すると、今度はタクトの肩を後ろから掴んで、構って頂戴と揺さぶってきた。


 「止めろ」


 ただ一言、そう冷たく言い放つと、タルトは諦めたのか、部屋から出て行った。


 ふう、とため息を吐いて予習をし終ったところで、丁度夕飯の準備が出来たと母親が呼びに来た。


 下に降りて椅子に座ると、タルトがテレビをつけてアニメを見始める。


 両親が一応注意をするのだが、タルトには甘いようで、結局はそれを赦してしまう。








 夕飯を食べ終え部屋に戻ると、そこにはタルトがいた。


 「何してるんだ。出て行けよ」


 「見てみて!!ここ、登れるよ!!」


 タルトはタクトの部屋にある本棚に足をかけて、上まで登ろうとしているらしい。


 危ないから止めろと言ったのだが、タルトはいつもの通り止めることもなく、そのまま上に向かっていく。


 とその時、ぐら、と本棚がバランスを崩した。


 「!!!」


 タルトの身体が、本棚と一緒に倒れてくる。


 タクトは思わず身体を動かしていた。


 大きな音がしたからか、両親がタクトの部屋に勢いよく入ってきた。


 何事かと思っていると、倒れた本棚とタルト、そしてその下敷きになっているタクト。


 すぐに本棚を戻し、下にいるタクトとタルトを呼んでみると、タルトは平気そうだった。


 それよりも、タルトと本棚の間に挟まれた形となっていたタクトの方が重症で、すぐに病院へと連れて行った。


 「先生、タクトは」


 「身体の方は、すぐに回復するでしょう。しかし・・・」


 怪我の方は大丈夫だったのだが、タクトは指を挟んでしまい、演奏することが難しくなってしまった。


 学校帰り、いつもならピアノ教室やバイオリンの教室に通っているのだが、それはもう出来ない。


 こんなに暇なのも久しぶりだと思ってフラフラ歩いていると、見かけない占いの館を見つけた。


 「・・・なんて読むんだろう」


 店の前にある看板に書いているのは、


 ―Dechets bruts―という文字だった。


 怪しい感じのする店だったため、タクトはすぐそこから立ち去ろうとしたのだが、その時丁度、店の中から人が出てきた。


 「おや、こんにちは」


 「こんにちは・・・」


 店から出てきた男は、青くさらさらした髪に、金色の目、背丈は190近くありそうなほど大きく、グレーのシャツは腕まくりをしており、黒のサスペンダーをつけ、黒のスラックス、足元は茶色の皮靴だった。


 「よろしかったら、お入り下さい」


 「え、いえ、結構です」


 「申し遅れましたが、私、占い師をしております、シェドレ、と申します。暇しておりまして、話し相手になってくださいませんか?」


 「え・・・」


 にっこりと微笑んでくる男の笑みに、タクトはそれ以上拒むことが出来ず、店の中に入ることにした。


 うっすらとしている店は、何かのお香の香りだろうか、しかし嫌な匂いではなく、ほのかに香る程度の良いものだった。


 丸いテーブルの上にはタロットカードに似た別のカードと、布が被っている何かがあった。


 男、シェドレがそれを取れば、そこに大きな水晶が姿を現す。


 「何か、お困りのことがあるようですね」


 「え?」


 「顔に書いてありますよ」


 目を細めて笑うその姿は、初めて会ったタクトでさえ警戒心を無くしてしまうほどだ。


 シェドレはタクトに椅子に座るように促すと、自らも向かい合う椅子に腰かけた。


 すると、シェドレは足を組んで近くにある別のテーブルに手を伸ばすと、そこに用意してあるお茶を差し出した。


 てっきり、見た目から紅茶でも出されるのかと思ったが、違った。


 すると、シェドレがカードを手にとって、シャッシャッとシャッフルし始めた。


 視線をそのカードに向けたまま、シェドレはお茶に口をつけたタクトに声をかける。


 「怪我なされたんですか?」


 「え?」


 「指、包帯巻いてあるので」


 「ええ、まあ」


 ピアノやバイオリンを習っていたこと、それなりに注目されていたこと、弟が本棚で遊んでいたことや、指を怪我して演奏が出来なくなってしまったこと。


 全てを話し終えると、シェドレはシャッフルしていたカードを数枚並べる。


 上に重ねるように置いたり、逆に下に入れて重ねたりと、どういうルールがあるのかは分からないが、とにかく並べていた。


 ペラ、ペラ、と4枚のカードを捲ると、シェドレはその中の1枚のカードを水晶の上に落ちないように置いた。


 じっと水晶を眺めていたかと思うと、ようやく口を開いた。


 「1年間」


 「え?」


 「1年間、何があっても演奏をしないでください。そうすれば、貴方の指は元のように動くことでしょう」


 「それだけですか?病院の先生には、復帰するのは難しいと言われました」


 「これは占いです。信じるも信じないも、貴方次第です」


 信じたい気持ちは勿論あるし、いつかまた演奏が出来るようになるならと、思わないわけがなかった。


 リハビリとして少しずつ演奏をしようと思っていたタクトにとって、1年間、という期間はあまりにも長い。


 それだけの時間と月日があれば、もっともっと良い演奏が出来るはずだ。


 実際、動かないとは言っても、全く動かないというわけではなかったため、鍵盤に触れるくらいのことはしようと考えていた。


 「占いとは、ギャンブルのようなものです」


 「ぎゃ、ギャンブル、ですか?」


 「ええ。信じてその道に乗るか、それとも逸れて別の道を選ぶか、貴方次第ですから。どちらに転んでも、貴方の人生に影響を及ぼすことでしょう」


 にっこりと微笑んでいたそのシェドレの店を後にし、タクトは家に向かって歩く。


 たった1年間待てば、元のように演奏出来るのだから、それくらい我慢しようと思っていた。


 回復したら毎日毎日、これでもかというほどに練習をして、再び築き上げてきた地位を取り戻せば良いだけだと。








 あれから1カ月ほど経った頃、バイオリンの発表会があった。


 とはいえ、出るのはタクトではなく、弟のタルトの方だ。


 タクトは見学に行くだけ。


 最後から2番目だったタルトの番までは、タルトは自分の発表会だということを忘れているのではないかというくらい、はしゃいでいた。


 男女が次々に演奏をしていくが、誰もが上手で、輝いていた。


 以前なら自分もあそこに立っていたのに、と思うタクトだが、仕方が無い。


 そろそろタルトの番になり、母親に連れられてタルトは舞台裏まで向かう。


 少しして母親だけが戻ってくると、ついにタルトの番になった。


 緊張でもしてるかな、と思って見ていたタクトだったが、大勢の前に出たタルトの表情はいつもと変わらず、元気に一礼をした。


 そして演奏を始めると・・・。


 驚くほど、吸い込まれてしまった。


 演奏が終わると、一斉にスタンディングオベーションが始まる。


 タクトは周りの人たちが次々に立ちあがって拍手をしている中、1人、座ったまま呆然としていた。


 席に戻ってきたタルトは、母親に褒められていたが、それよりもお腹が空いてしまったようで、ハンバーグが食べたいと言っていた。


 無事に全ての発表会が終わると、是非タルトの取材をさせてほしいという大人がいた。


 しかし、タルトは飽きてしまっているし、お腹も空いているからといって、その場は断った。


 美味しそうにハンバーグを頬張るタルトは、いつもと変わらない弟の姿だというのに、このふつふつとわき上がってくる感情が一体何なのか、タクトは分かっていたが、それを認めたくなかった。


 なぜなら、そんな感情抱くはずがないと、そうずっと思っていたからだ。


 兄弟だから、というわけではなく、自分とタルトとでは、その実力の差は歴然としていると思っていたからだ。


 いや、実際にそうなのかもしれないが、自分が演奏出来ないとなってしまえば、これから注目されるのはタルトの方だろう。


 あと11カ月なんて、待てるはずがない。


 そもそも、こんな怪我をしてしまったのだって、弟のタルトのせいだというのに、どうして自分だけがこんな思いをしなければいけないのか、納得がいかなくなっていた。


 あの時は赦せたことでも、なぜか時間が経った今だからこそ赦せない。


 「タルト、次はピアノの発表会があるわね。あと2カ月、練習ちゃんとするのよ?上手に出来たら、美味しいもの食べさせてあげるから」


 「本当!?やったー!!がんばる!」


 「タクトも聴きに行くでしょ?」


 「・・・うん」


 家に帰って机に向かって勉強をするが、身が入らない。


 その理由は、あの演奏だろう。


 イライラしてしょうがないだけでなく、自分の方が上なんだと言う気持ちが高ぶっていて、上手く感情をコントロール出来ていない。


 2か月、なんとかなるかもしれないと、タクトはその禁断の果実に手を伸ばす。








 「タクトくん、すごいわ。これなら発表会に出られるわよ」


 「そうですか」


 「タルトくんと兄弟揃って、本当に素晴らしい才能ね。楽しみだわ」


 「ありがとうございました」


 レッスンを終えて家路をたどる。


 先生は動かすと悪化する可能性があるからと言っていたけれども、そんなことはなかった。


 確かに最初は痛かったのだが、そのうち慣れてきたのか、指は以前のように、いや、以前よりももっと軽やかに動くようになった。


 タルトは相変わらずマイペースで、タクトがレッスンに通っている間、ずっと公園で遊んでいた。


 「タクト、指大丈夫?」


 「うん、平気」


 「先生が奇跡だって仰ってたわよ。まさかここまで回復するなんて、普通なら考えられないって」


 ピアノとバイオリンと、それからコンダクターとして、タクトは再び花を咲かせる時が来るのだと、ワクワクしていた。


 これまでの浴びていた喝采も歓声も全て、また自分に向けられるのだと思うと、タルトなんかやはり敵では無かったと思う。


 「タルトは?次の課題順調なの?」


 「うん!!でもまだ暗譜出来なくて、覚えるようにって言われたー」


 「ならちゃんと練習しなさい。いつまでも遊んでちゃダメじゃない」


 「はーい」


 タルトには、夢がある。


 それは演奏者になる、というものではなく、プロの野球選手になることだ。


 グローブをつけてボールを投げる、バットで打つ、それの何処が面白いのか、タクトには全く以て理解不能だった。


 運動が苦手ということもあるのだろうが、そもそも、そんな可能性が低いことを目指すなら、手短にある才能を伸ばす方が先決だ。


 体育の授業だってまともに出たことはないし、音楽の授業はあまりに幼稚でレベルが低いため、とても暇だ。


 成績は良いが、友達もそれほどおらず、1人でいる方が楽だ。


 そんなタクトとは真逆で、タルトは体育が大好きだ。


 動物のように動くものは追いかけるし、球技も得意でマラソンや水泳も上手ではないが、一生懸命やるタイプだ。


 威張ることもないため、周りの友達にも先生にも好かれている。


 それから月日は流れ、いよいよ演奏会の日が明日に迫っていた。


 いつものようにレッスンを受けたタクトは、1人で道を歩いていると、正面から誰かが歩いてきた。


 不審者だろうかと思っていると、それは見覚えのあるあの占い師の男だった。


 「こんばんは」


 「こんばんは」


 「どうです?指の調子は?」


 「え?ああ、いいですね」


 「そうですか。私の忠告を聞かずに、やはり、奏でてしまったんですね」


 確かに占いでは、そう言っていた。


 だが、たかが占いだ。


 タクトは男、シェドレに向かって、占いを信じるも信じないも自分次第だと言ったのはお前だと言った。


 すると、シェドレはニコニコしたまま、こう言った。


 「そうですね。つまり、貴方はルールを守らなかった、ということです」


 「ルール・・・?一体何を言ってるんです」


 「ルールを破ったらどうなるか、わかりますか?」


 「あの、急いでいるので、失礼します」


 シェドレの横を強引に通り抜けようとしたとき、シェドレは1枚のカードを取り出し、それを空に投げた。


 「ペナルティです」








 翌日、タクトとタルトは演奏会の準備をしていた。


 タクトは復帰する演奏ともあって、いつもの正装にプラスして、胸元に花をあしらうというちょっとしゃれたことをしてみた。


 会場に向かう車に乗り込むと、昨日シェドレに言われたことが気になってしまったが、無事に会場には着いた。


 指を暖めながら順番を待っていると、目がゴロゴロしてきたため、眼鏡を外していつものように目薬をさす。


 「タクトくん、出番よ」


 タクトは最初と最後、2度演奏することをお願いされたため、まずは最初の曲を演奏する。


 一筋の光に誘われるようにして、幕が上がると、まるで最後の演奏を聞いているかのようにして、みな大きな拍手を送る。


 一度裏に戻り、最後の自分の番になるまで、そこでじっと待つ。


 誰が演奏しているのか、どういう演奏をしているのか、そういったことにはあまり関心がないため、タクトは精神統一をするのみ。


 タルトの演奏が始まっても、タクトは備え付けてあるテレビをつけてみようともしない。


 「・・・・・・」


 久しぶりにあの強いライトを浴びたからか、少し目が痛む。


 眉間にシワを寄せ、そこを指で挟んでぐりぐりしてみるが、どうにも視点が合わない気がする。


 「タクトくん、次出番よ」


 「はい」


 もう一度だけ目薬をさしておこうと、いつものようにつける。


 ぽた、と目に沁みたその瞬間。


 「・・・え?」


 視界が、真っ白になったかと思うと、すぐに真っ黒になった。


 ガタン、と椅子から立ち上がり、手探りで歩いてみるが、色んなものにぶつかってしまって、思う様に進まない。


 「ど、どうして・・・!?」


 その時、タクトを呼びにくる女性の声が聞こえた。


 「タクトくん、どうしたの?もう準備しないと」


 「あ、目が・・・」


 「目?痛むの?大丈夫?休む?」


 「違う・・・目が、目が・・・」








 「脚光を浴びようと思うのは、悪いことではありません。しかし、1年待てば良かったものを、欲を出してしまうから、天罰が下ったんですね」


 演奏会を見に来ていた、1人の男が呟いた。


 最後の1人の演奏だというのに、なかなかその最後の1人が出てこないため、周りの客もどうしたのかと話していた。


 1人のスタッフらしき女性が階段を下りて行くと、母親と思われる女性に何やら耳打ちをしていた。


 すると、母親は血相を変えてスタッフの女性を一緒に舞台裏へと向かった。


 ざわめく会場、出て来ない演奏者、ステージの上には艶やかな姿をしたグランドピアノが一台。


 「そろそろ行くとしますか。せっかく、最後の演奏を楽しみにしていたんですがね。まあ、仕方ありません」


 外に出れば、1人の少年が母親とスタッフに支えられながら歩いていた。


 少年は目を押さえており、その後ろにいる弟は、何が起こったかも分からずに、ただ着いて行く。


 男の前を、少年が通り過ぎて行く。


 「・・・・・・」


 少年は車に乗ると、そのまま病院へと向かったらしい。


 演奏会は中途半端に終わってしまい、未来ある少年の噂はぱったりと消えてしまった。








 悩みある者が歩いていると、そこに現れるという占いの館がある。


 そこにいるのは1人の男。


 男の笑みは人の心を和やかにし、緊張を解すとともに、警戒心も解いてしまう。


 その男に言われたことは、絶対に守らなければいけない。


 なぜなら、それがルールだからだ。


 もしも破ってしまったらどうなるか、それは、体験した人間にしか分からない。


 一度きりの慰めも、永遠に止まない雨も、気休めにならないのなら、この歌を聴けばいい。


 どうせ、声を枯らす頃には、君はいないのだから。


 信念と誓いの隙間を駆け抜ける君がソルジャーだというなら、これから始まる物語でさえ、赦してもらえるのだろうか。


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