なんて卑怯なカレー屋だ!

渡貫とゐち

寂れた街のカレー屋さん

 新天地に引っ越してきて数日が経った。

 暇を見つけて町の探検をしていたら、人通りの多い商店街とは別の商店街を見つけた。


 ただ、こっちはほとんどのお店のシャッターが閉まっており、定休日ではなく閉店しているようだ……。街灯が点いていないせいで、周囲は薄暗く、人通りもない。

 それでも数軒の店はあるようだ。


 クリーニング屋、お花屋、それと、あれはなんだ……? よく分からない置物ばかりが店に並んでいる。外国の置物を集めたのかもしれない。

 そしてもう一軒。これはカレー屋だ。


 チェーン店ではなく、個人経営だ。擦れて文字が見えなくなった看板を掲げるカレー屋だった……、横の立て看板には、『カレー以外もあるよ!』と大きく書かれている。


 カレーライスの提供だけでは、さすがに売上がなかったのか、別の選択肢もお客さんに与えることで、客足を増やそうとしているらしいが……

 しかし、場所が悪いだけだと思うけどな……。明るい街灯と多い人通り、陽気なBGMでも流せば、普通に入っていける店前だが、やはりそれらがないと足が進まない。


 商店街としての最低限の土台はあるのに、装飾がまったくないと、こうも路地裏のように通りにくくなるとはな……。

 雨を防ぐアーケードがあるから、太陽の光も入りにくいし、昼間なのに薄暗いのはもったいない。ここだけどんよりしている……、あと余談だけど、看板に書かれた『カレー』のスペルが間違っている。そこは『K』じゃなくて、『C』だろう。


「いらっしゃい、カレー、作ってるよー。美味しいヨー!」


 と、店前で呼び込みをしている店主がいた。


 黄色いシャツに白いエプロンを身に付けた男性だ。

 ちょっとカタコトだけど、見た目は日本人である……。

 カレーだから、外国人っぽくして興味を引いているのかもしれない。


 うわ、安易な考えだな……と呆れるが、店主の思惑通りに視線を向けてしまった俺は、手の平の上なのだろう……。まな板の上の鯉か? それとも寸胴の中のカレーか?


 偶然見つけた裏商店街(と、呼ぶことにした)……通り抜けて駅前までいこうと思ったが、手狭なここを抜けようとすれば、必ず店主の目に止まる。

 見つかったら最後、店内まで引っ張り込まれそうだ。

 なのでここは踵を返して、遠回りするしかない。


 確かに昼時、お腹はすいているけど、カレーという気分ではないし……。

 仮にカレーにするとしても、あの店ではない。


 いやまあ、第一印象が悪いせいで、『不味い』と思い込んでいるけど、もしかしたらめちゃくちゃ美味いかもしれないんだけどさ……。


 だとしても、あの店主やあのカレー屋が悪いわけではないのだが、初見の印象が悪いと、どうも、いきたくなくなる。それだけ、第一印象というのは大事なのだ。


 終わり良ければ全て良し、という言葉を否定する気はないが、終わりまで辿り着くにはやはり竜頭でないと難しい。たとえ蛇尾だったとしても……。


 一番良いのは、竜頭であり、終わりも良いことだが……。


 完璧な店なんて、そうそうない。


「…………カレーか……。気分じゃなかったけど、駅前を見てみるか……」


 特集されたことがあるブランド店でも、隠れた名店でもなく、どこにでもある普通のチェーン店を覗いてみよう。俺の舌はそれが一番合っているのだから。


 踵を返し、商店街から出ようとしたら――腰に重さがあった。


 一瞬、「呪われた!?」と思ったが、腰に手を当てれば触れることができた。


 腕。俺の腰にしがみつく、黄色いシャツと白いエプロンを身に付けた店主だ。


 カレー屋の。


 振り向けば店の前にはもういない。

 距離があったはずだけど、今の数秒で俺のところまで音もなく近づいてきたのか!?


「待ってくださいヨーっっ!!」

「うぎゃあ!?」


 振り解こうとしたが、離れない。大人の力だった……。


 店主が体重を乗せてきて、バランスを崩して尻もちをつく。

 中年の店主が俺を地面に縫い付けるように、馬乗りになってくる……――ふざけんな気持ち悪いッ、この視点でお前を見たくなんかねえんだよ!!


「な、なんですかッ!? 降りてください警察を呼びますよ!?」

「うちのカレー、食べていってくださいヨ」


「カタコトが腹立つな……それが本当ならなんとも思わないけど、そのキャラを作ってる感じが、絶妙にイライラさせるんだよな……!」


「ダメですか?」


 小首を傾げる店主。

 そういう仕草もイラっとする。それをしていいのは女の子だけだ。

 いや、『子』じゃなくてもいいけど……、年配の女性でも可愛いとは思うし。

 とにかくお前はするな、絶対に!


 俺の上から降りた店主が、「カレー、食べていってくださいよー」とメニューを渡してくる。

 ……流れで、メニューを開いて見てみる。

 結構、色々な種類のカレーがあり、全てが一律で800円だった。……高い料理も安くなっているのかもしれないが、同時に安い料理も高くなっているのだろう。


 具なしカレーとカツ山盛りカレーが同じ値段ってのはどういうことだ? 一律800円は親切に見えて、オーソドックスなメニューを好む客が損をしているようにも思えるが……。


「味噌汁もあるよー」

「カレーに合うのか……?」


 って、なぜだか食べる流れになっているが、入らないぞ?

 貴重な客であるから、逃がしたくない気持ちは分かるが、俺だって少ないバイト代から必死に節約して、日々を生きているのだ……カレーが悪いわけじゃない。

 800円という価格のせいでもない。

 今の俺には、払うにはきつい金額というだけだ……――悪いけど、利用する気はない。


 そう伝えると、店主は耳を疑うようなことを言ってきた。


「食べないの? じゃあ、800円はいただくネ」


「は?」


 カタコトが戻っている……、もしかして罪悪感がある時だけカタコトになるの?


 カレーを頼んでもいなければ食べてもいない。そもそもお前は作ってすらいないじゃないか。

 作り置きしていたところで皿に盛ってすらいないし、仮に作って、盛っていたとしても、それはお前の自由であり、俺が指示したわけじゃない。


 利用していないのに800円を払って、なんて――……おかしくね?


「なんで払わないといけないんだよ……。

 あんたの店でカレーを食べる気はないし、これまでだって食べたことなんかないぞ!!」


 当然、これからもないだろう。


 少なくとも、こんな仕打ちを受けてこれから先、利用しようとは思わない。


「でも、君は僕のカレーを? 君がこの町にいる限り、いつでも僕のカレーを食べることができる。

 実際に食べても、食べなくても、それは君の自由だけど……料金はちゃんといただくよ」


「そんなバカな話があるか。法律で支払いを義務付けられているわけでもないだろ……、払わなかったら捕まるのか? そんな脅しが通用すると思うのか?」


「脅しじゃない。だけど、この町に住んでいる限り、僕は見ているよ?」


「……これまで、そうやって『まあ、800円なら……』と払わせてたのかもしれないが、俺には通用しねえぞ。というか、無理だ。払えない。金欠のヤツを脅したって金なんか出てこねえよ」


「そんなことない。金欠でも、お金は出てくるものだヨ」


 こいつ、俺に借りろって言ってんのかよ……!

 ふざけんな。


 こんな卑怯な手に、屈してたまるか。


「……これ以上の勧誘は攻撃とみなす。これ以上、俺につっかかってくるなら、こっちも捕まる覚悟でお前をぶん殴るからな?

 払うくらいなら捕まってやる。警察がきて俺とお前のどっちが間違っているのか、きちんと決着をつけようじゃねえか――」



「すいません警察だけは勘弁してくださいぃッッ!!」



 と、店主が額を地面に擦りつけて謝罪した。

 ……もっと粘るかと思ったが、警察という言葉だけでここまで弱味を見せるのか……?

 ぼったくりをするメンタルではないだろ……。

 向いていない。


「む、娘の学費のためで……、お客さんがまったくこなくなって、稼ぎがなくて……だからこういうやり方しかできなかったんです!!」


「そんなわけあるか。他にも色々、やりようはあるだろ……」


 いや、立地が全てを無にするのか?


 宣伝するにも金がかかるし……、その、娘さんの学費を稼ぐためにはこうするしかなかった……――確かにやり方は褒められたことではないが、犯罪に手を出したわけではない。

 強引だが、うちでカレーを食べていってくださいとお願いしているだけだ。


 店主のあの聞き方なら、「どうせ払うならカレーを食べていこう」となるだろうし……食べさせてしまえばこっちのものだ、という自信でもあるのだろうか。


 悪いのは立地だけ。


 味で勝負をする店なのかもしれない。


 ……立地が悪いなら屋台でも出せばいいのに。

 ……いや、そういう努力をしていない、と決め付けるのは俺の偏見か。


 そういう金もないのだとすれば……じゃあ店を畳んだ方がいいのではないか?


 店を維持するだけで金がかかるなら、いっそ閉店してしまえば……。


「無理なんです。これも、娘のためですからね」


「娘さんが、畳むなって言ったのか……」


 きっと板挟みなのだ。


 店を続けてほしい娘さんと、学費を稼ぎたい店主と――

 店を続けて、その上で娘さんの学費を稼ぐとなれば、あんな強引な方法を取ってしまうほど焦っているのも、まあ分かる。

 肯定するわけではないけれど……――それに、嘘かもしれないし。


 だけど、本当かもしれない。


 困っているなら――……悩ましいが、しかし800円くらい、いいか。


 明日、大学の友達にでも借りればいい話だ。


「……分かったよ、食うよ。

 食うから――800円で一番の大盛カレーをくれよ?」


「っ、はい! ただいまご用意しますネ!!」


 そして、800円で満腹になった俺は、廃れた(ギリギリまだ生きている)商店街を出る。


 味は……うん、まあ、不味くはなかったけど。

 普通のカレーだった。


 まあ、カレーなんて、だいたいの味は一緒か。

 濃いとか薄いとか、甘いとか辛いはあっても、不味いと分かるカレーなんて少ない。

 米が不味かったとしても、カレーのルーで誤魔化せてしまうし……。

 だからまあ、総合的に言えば、ありだった。


 800円でこの満腹感なら、味にこだわらなければ、ありか……?


「やり方は最悪だが、きちんと理由を説明してくれたんだ、通ってもいいかもな……」


 強引なやり方に嫌悪感があるものの、その後の説明で、事情があるのだな、と分かった。

 同情、でもないが、店主が抱える問題に、少しでも手助けできるなら、と思えたのだ――

 こちらが求めることをしてくれるなら、特別、法外な値段でもない。


 800円なら、また食べにいってやるか。


「……それに娘さん、可愛かったし」


 というか大学の同級生だった。


 カレーというか、高嶺の花に釣られたわけだった。



 ―― 完食 ――

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