異世界料理道〜奴隷を買ってシェフにした件〜

森 拓也

第1話

 俺の名前は直木


 二か月前まで少しオタクな普通の高校生だったが、気が付いたらこの異世界にいた


 最初こそは混乱しながらも喜んだ


 やった!


 やったぞ!


 これで夢にまで見た異世界で!特別な力を手に入れて!無双できるんだ!――って、


 でも、どれだけ探そうがチートスキルを与えてくれるはずの神や聖剣と魔王を倒す使命をくれる王様は現れなかった


 それどころか俺を召喚したやつすらどこにもいなかった


 異世界で一人、学のない俺は肉体労働者である冒険者になるしかなかった


 幸いにも普通に才能のあった俺は冒険者として普通に生活することができた


 昔から普通以上のことはできなかったが、逆に言えば普通以上のことはできていた


 そんな俺は今、奴隷商館に向かっている


 理由を話す前に謝らなければならない事がある。さっき普通のことは普通にできるといったが――あれは噓だ


 実は異世界に来てから料理だけがなぜか、全くできない


 というのも、手順道理に作ってもでき上がるのは暗黒物質ダークマターだけなのだ


 何度やっても料理ができない、異世界転移する前はできたのに


 急に異世界に来たことと関係があるのかとも考えたが、考えた所で答えは分からない


 必然的に外食するしかない俺は毎日三食外食していた


 そうなると自炊に比べてお金はかかるし自然と食生活も偏るから体に悪い


 普通に稼いでいるとはいえ流石に懐は寒くなる


 何より体が資本の冒険者としては偏った食生活は致命的だ


 かと言って俺には料理を作ってくれる恋人もいない


 そこで俺は考えた


 自分で作れず、作ってくれる人もいないのなら奴隷を買って作らせればいいと


 俺が転移したこの世界で奴隷という存在は当たり前の存在だった


 3K労働を押し付ける為に奴隷を使う奴も入れば性欲処理に使う奴も珍しくない


 とにかく、俺のいた現代日本よりも格差のある世界だった


 奴隷と言ってもピンキリで安い訳ありの奴隷は銀貨一枚あれば買える


 容姿が整っている処女はだいたい金貨10枚以上するので手が出ない


 まあそういう訳で奴隷を買うことにしたのだが……


「ここか」


 着いた場所は大通りにある大きな建物だった


 建物は五階建てぐらいの高さがあり、壁一面が黒く塗られている まるで魔王城のような外観の建物だが、中に入ると案外普通だった


 入ってすぐの受付カウンターでは綺麗なお姉さんが営業スマイルを浮かべていた


「いらっしゃいませー。ご用件は何でしょうか?」


 お姉さんの笑顔を見て、思わず頬が緩む


「えっとですね。ここに来たのは初めてなんですけど……」


「はい」


「奴隷を買いに来たのですが」


「かしこまりました。当店の説明を聞いて頂いてもよろしいですか?」


「お願いします」


 説明によると、ここは奴隷を扱う店で主に犯罪を犯したり借金を負ったりした奴隷を取り扱っており、奴隷に人権はないらしい


 だからといって暴力を振るったりしても問題ない訳ではないらしく、奴隷の主人が罪に問われることもあるそうだ


 また、奴隷は主人に逆らえないように首輪を着けられる為、反抗的な態度をとるとすぐに分かるとのことだ


 奴隷は奴隷紋と呼ばれる魔法陣が描かれたアクセサリーを身に付けているため、一目見れば誰の所有物なのか分かるようになっている


 ちなみに値段は安くても金貨1~2枚、高いものだと桁が違うとか


「以上が当店のシステムになります。何か質問はございますか?」


「いえ、大丈夫です。じゃあとりあえずこの子を見てもらえませんか?あとできれば契約もしたいんですが」


 そう言って俺は鞄から一冊の本を取り出す


『職業別!奴隷の選び方』という題名が書かれた本だ


 この本によれば、俺の選んだ職業は勇者ではなくただの剣士だ しかし、俺の持つ本にはこう書いてあった


【剣士】

 武器の扱いに長けた者に与えられる職業であり、前衛職の中では最弱と言われている


 ただし、それは一般的な話であって俺のように本の力で強化されていれば話は変わる


 剣聖、魔導士などの上位職に転職すれば一気に最強になれるだろう


 そんなことを考えながら受付嬢を見ると何故か目を大きく見開いて固まっていた


「あの……どうかしましたか?」


「……!あっ!す、すみません!少々驚いてしまいまして。失礼致しました。それでは奥の部屋へどうぞ」


 案内された部屋は応接室といった感じの一室で、革張りのソファーにテーブルが置かれているだけの簡素なものだった


「こちらにお座りください。いまお茶をお持ちしますね」


「ありがとうございます。ところで、さっきはどうしてあんなに驚いた顔をしていたんですか?」


「申し訳ありません。お客様が手にされていた本があまりに奇妙だったのでつい……。驚かせてしまって本当にすいませんでした」


「いえいえ。それよりその本ってそんなに珍しいものなんですか?」


「はい。実は私、鑑定スキルを持っているのですが、先程まで何も見えなかったんですよ。それが急に見えるようになったので驚きました」


 なに!?ということはつまり、この本は本物だということか!! これは凄いぞ!


「それは良かった。これでやっと安心して選ぶことができますよ。それで、さっきの話に戻るんですけど、やっぱり高くても良いので可愛い女の子の奴隷が良いと思うんですが、どう思います?」


「はい。やはり女性の奴隷の方が人気がありますし、おすすめですよ。では早速見てみましょう」


 受付嬢はそういうと部屋の隅にある机に向かい、引き出しから分厚い本を取り出した そしてパラパラとページをめくり、ある場所で手を止めた


「えーっと、まずはこの辺りが妥当でしょう」


 彼女が開いたのは、俺が最初に見た本だった そこには、奴隷の見た目や年齢、性別、種族などが書かれていた


「えっ?何ですかこれ。何にも書かれていないじゃないですか!」


 俺は彼女の手から本をひったくるように奪い取ると、食い入るように眺めたが、どの項目も真っ白なままだった


「ふぅ。やっぱりそうなりましたか。実はですね、この奴隷カタログには欠陥があるんです」


「欠陥、ですか?」


「はい。この奴隷カタログは確かに奴隷の情報を見ることができますが、あくまでカタログでしか無いんです。例えば、ここに載っている少女の奴隷が欲しいと思っても、実際に会ってみて気に入らなかったら買う必要はありません」


「でも、この子に決めろと言われても……」


「そこでです!当店では、他の奴隷商と提携しておりまして、そちらのお店で直接奴隷を見てから購入することもできます」


「なるほど……じゃあ、その制度を使って良い子を紹介してください」


「かしこまりました!では、こちらの奴隷からお選び下さい」

 

 彼女はそういうと、三枚の写真が載ったパンフレットを渡してきた


「この子は猫人族、こっちの子が兎人族、最後はエルフ族の奴隷ですね」


「えっと、皆さんとても可愛らしいですね……」


 正直言って、誰が一番好みかと言われたら迷ってしまう


「皆様それぞれ個性があり魅力的ですが、私はやはりこの方が一番だと思います」


 そう言って彼女が指差したのは、黒髪ロングの美人な女性の写真だ 年齢は20代後半ぐらいだろうか


「……分かりました。彼女にします」


「ありがとうございます。では早速参りましょう」

 

 そう言うと、受付嬢さんは部屋を出て行ったので、慌てて後を追う


 廊下に出ると、壁に沢山の扉があった


「こちらの部屋になります」


 受付嬢さんはその中の一つの前で立ち止まると、鍵を差し込み回した


 ガチャッという音と共に、木製のドアが開かれる


 中に入ると、そこは応接室のような部屋だった


 ソファーにテーブルが置かれていて、その上にはティーセットが置かれている


 ソファーに腰掛けていると、メイド服姿の女性が現れた


「お待たせ致しました。どうぞお召し上がりください」


 そう言って出された紅茶は今まで飲んだことがないくらい美味しかった

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