39 エピローグ

 それから数日後のことだった。

 フィーティアとユーハルド側で協議を行った結果、サフィールの処遇が決まった。


『ユーハルド王国、ベルルーク領内にて身柄を軟禁』


 流石に一国の王子という立場のためか、フィーティアの牢に収監されることだけは免れた。今後はベルルークにある、湖畔こはんの別荘にて軟禁生活を強いられることになる。


 当面の間は表に出られない。

 監視の元で彼に許されるのは、ただ静かに過ごすだけだ。

 それはつまり、王位の座が無くなったのも同然で、ライアス王子を脅かす者はひとり消えた。


「——以上が、此度の事件のあらましにございます。陛下」


 ロイドが片膝を折り、寝台に横たわる影にこうべを垂れた。その後ろで、ライアス王子は腕を組みながら部屋を見渡した。相変わらず、幾重もの薬香が混ざった香り。王の呼吸を楽にするためだと聞いたが、たまには窓を開けたほうがいいものを。


 ここは、ユーハルドの王レオニクスの寝室だ。長い天幕越しに、頷く父の影。先の騒動を報告したロイドは、立ち上がると、壁の端に立つ、灰緑髪の侍女へ目配せをした。侍女が無言で頭をさげる。その際、一本の太いみつあみがれ、ちりんと鈴の音が鳴った。


「宝剣の行方ですが、引き続き、鳥たちに探らせております。どうかいま暫くの猶予を」


「……、……」


 かすれた声。王子の位置からはよく聞こえないが、ロイドには聞こえたらしい。


「もちろんでございます、陛下。宝剣——いえ、そのさや。あれはどんな病も傷も癒すと言われている至高の品。必ずや探し出し、御身の病を癒してみせましょう」


 微笑を浮かべ答えたロイドに、満足そうにかの影は頷いた。



 ◇◇◇



「ライアス殿下。私はこれで。ロビン——いやエレノア。おまえは与えられた任務に戻りなさい」


「御意に。ロイディール様。すべては我らがひかりのために」


「よろしい。それでは殿下、失礼いたします」


 王の私室前。ロイドは王子に頭をさげ、長い廊下を歩いて行った。


「ライアス様。わたくしは先に離宮へ戻っております」


 侍女——エレノアが一歩下がる。しかし、それを王子が呼びとめた。


「待て」


「なんでございましょう」


 わずらわしそうに、エレノアが王子を見た。そんな彼女に無機質な声で問う。


「豊穣祭のおり、余は何者かに誘拐された。その際、やたらとうるさい鈴の音が聴こえての。なにか覚えはないか?」


「いいえ。ございません」


「そうか」


 顔色ひとつ変えず目を伏せる侍女に、「その鈴は外せ」とだけ告げて、王子はその場をあとにした。


「——まったく。どいつもこいつも敵だらけだの」


 ぽつりと漏れたつぶやきは、朝の静かな廊下を流れていった。



 ◇◇◇



「うーん……王子を誘拐したのって誰なんだろう」


 ゼノはパンを片手に頬杖をついて、窓をみた。早朝、自宅にて朝食をとっていたゼノは、手元の日記に目を落とす。


 先月の王子誘拐事件。実行したのはエドル含めた賊だが、裏で糸を引いていたのは、王子を敵視する高位貴族の者だった。ゼノとしてはてっきり、サフィールが指示したものだろうと思っていた。なにせ、例の魔石の件もある。最初から彼が仕掛けていたに違いない。そう考えていたのに、そんな予想はすんなり外れた。


「まぁ……いくらなんでも考えすぎか。そもそもピナートのことだって偶然だろうし」


 妙な魔石の流入。


 あれは確かにサフィールがイナキアから買い求め、ピナートの連中に流したものではあるが、ではいったい誰がピナートかれらをけしかけたのか?


 いくらなんでも、自国を陥れようとまではサフィールとて思うまい。事件は表上、サフィールの自作自演として片付けられたが、どうにも腑に落ちない。


 ゼノは昨晩つけた日記を見ながら、思考の迷路に陥っていた。


「——まぁ、でも。ひとまずひと騒動終わったし、いいか」


 ぱたんと日記をとじ、立ち上がる。


「出かけるの?」


「うん。ロイドに言われた研究所に寄ってから、王子のとこに行く」


 いつのまにか勝手に居ついたリィグに返事をかえす。


「じゃあ、僕も」


 暇そうにごろ寝していたリィグが、あくびをしながら扉へ向かうのを目の端でとらえ、こちらもいつものようにローブを羽織る。


 さぁ今日も仕事だ。気合を入れてゼノは家を出た。


—— 完 ——


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

こちらは第一章にて打ち切りENDです。詳細は近況ノートをご覧ください。

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王佐ゼノ ~妖精国の魔導師~(旧版) 遠野いなば @inaba-tono

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