38 終幕

「賊を囲め!」


 ローズクイン候の声が飛ぶ。その合図を皮きりに、兵たちがマルルをぐるりと囲った。


「な、なな、なんじゃ……こやつらは!」


 急にマルルが狼狽うろたえだす。さきほどまでの大人びた声が、一気に甲高い子供のそれとなる。右頬を覆っていた白い鱗も消え、絶大な魔力の風も収まり始めた。


「申し訳ありません。フィーティア十二騎士、マルルーニャ姫。ここは我が国の古い祭壇の間。勝手に入られては困ります」


「そ、そのようなことは知らぬ……! 獲物を追いかけ、辿り着いたまでよ!」


「マルルーニャ姫」


 一度言葉切って、ロイドがマルルの前にかしづき、こうべをれる。


「王佐閣下!」


 兵たちがどよめきの声をあげる。しかしロイドはそのまま静かに言った。


「お言葉ですが、ことは外交問題に発展しうる行い。こちらといたしましても、ここで貴女様がひいて下さらぬようであれば、このまま姫を捕らえ、パトシナ聖王に抗議の文を送る所存でございます」


「文⁉ ……そ、そんなことをされては、父上に怒られるのじゃ……」


 落雷に撃たれたような衝撃。そう物語るような驚愕の表情をみせたあと、マルルはすぐにおろおろと、両手を宙に彷徨わせた。

 それをみたロイドが、さらに強烈な一手をたたみかける。


「そうですな。叱責だけならまだしも、かの君のように、御国おんくにから追放ということもありえますかと」


「つ、い、ほ、う……⁉」


「ええ、ですからどうかお引き取りを」


 にこりと、いい笑顔で言った。


 マルルはというと、さーっと顔を青ざめ、「そ、そうじゃったー。拙はこのあと急ぎの用があるのじゃ! ではな!」と、明らかに嘘だろうなという言葉を吐いて、広間の入り口まで走っていった。若干、涙目だった。


「なんだったんだ……あの台風みたいな子は」


「さぁ。僕もびっくりしたよ」


 リィグと一緒に退場する少女の背を見送る。


「遅れてすまなかったね、二人とも」


 ローズクイン候が小走りで近づいてきた。


「あ、いえ。助かりました。ありがとうございます」


「なんの。君が地下水道に行くといったきり、戻ってこなかったからね。公爵に頼んで、隠し通路を案内してもらったんだよ。しかしまさかこんなところに迷いこむとはねぇ。いけないよ、ここは地下水道の深部。立ち入り禁止区域だ」


「そうなんですか?」


「その通りだ」


 ロイドがこちらに歩いてくる。

 いつもは長い髪を肩まで垂らし、前髪をあげている彼だったが、いまは馬のしっぽのように髪を高い位置で結っている。腰の剣と、これまたいつもとは異なる騎士の格好も相まってか、なかなかさまになっている。


「ここは王都の結界を司る重要な場所だ。——まぁ、もっとも。古い時代のころの話だがな。みての通り、いまは使われていない」


 彼に言われて、描かれた床の紋様をみれば、たしかに何の力も感じなかった。


「怪我はないかな。ゼノと——そちらの子は先ほど会議場にもいた……」


「リィグだよー」


 リィグが左手をひらひらと振った。


「お前……いちおうこれでも国の偉いひとだから」


「ははは、構わないよ。ロイディールだ。よろしくリィグくん。私のことはロイドと呼んでくれ」


「うん」


 リィグとロイドが握手を交わす。そして、どこかほっとしたように笑った。

 ローズクイン候が考えこむように口元の髭を撫でた。くりんとした、立派な髭だ。


「まさかこんな早くにフィーティアがくるとはねぇ。それも聖国の姫君が直々にだなんて」


「パトシナ聖国の姫? あの、アホ姫って有名な……?」


 侯爵のつぶやきにぽつりとこぼせば、苦笑された。


「ところで、フィーティアってなに?」


 リィグが首をかしげた。その質問にロイドが答える。


「古くからある、大陸の調停機関……といったところかな」


 ロイドは優雅な動作で腰を曲げ、なにかの石の欠片のようなものを足元から拾った。


(……魔石?)


 蜂蜜色の魔石だ。

 気がつかなかったが、マルルが落としていったものだろうか。


「あそこは主に神事と軍事の二つの局に分かれていてな。神事局しんじきょくは祭事ごとと、異郷帰りの保護が主な仕事だが、さきの魔石の管理なども行っている。軍事局ぐんじきょくは名前の通り、荒事あらごとを担当し、フィーティアの規約に違反したもの——つまり違反者の捕縛や、魔獣の討伐などに特化している部門だ。さきの姫は軍事局そこの長であり、フィーティア十二騎士でもある」


「十二騎士……って、確かフィーティアの幹部だっけ」


 ゼノのつぶやきにロイドが頷く。


「そうだ。フィーティア十二騎士というのは、軍事と神事、ふたつの局を統括し、組織全体を管理する幹部たちのことを指す。そのあたりはミツバ様に聞くといい」


「ミツバ?」 


「ああ。彼女もフィーティアの幹部に名を連ねているからね。もっとも、末席ではあるが」


 ロイドが近くの兵に魔石を渡した。

 兵たちに呼ばれて、ローズクイン候がそちらへ駆けていった。


(そうなのか。まったく知らなかった)


 シオンのところへ遊びに行っていた頃は、ミツバがそんな大役についているとは聞かなかった。最近の話なのかもしれない。そう思って、ゼノははっとする。


(シオン……!)


 なんでフィーティアなんかに。いや、それよりあいつは死んだはずじゃ……。

 ゼノはロイドに確認した。


「ステイルっていう十二騎士は知っていますか?」


「もちろん。天光てんこうの騎士ステイルだろう? さきのマルルーニャ姫と同じく軍事局の……確か第二師団長だったか。パトシナ聖王の案内でフィーティア本部を視察したときに、一度だけ話したことがあるよ」 


(天光……)


 言われてみれば、彼が剣を振ったとたんに、周囲が明るくなった。魔法なのかはわからないけれど、きっとそうなのだろう。しかし、ロイドがステイルに会ったことがあるのなら、仮にステイルがシオンならば気づくはずだ。それが何も言わないということは別人なんだろうか?


「彼がどうかしたのか?」


「い、いえ」


 ゼノは心のもやつきを払うように頭を振った。すると、ひとりの兵士がロイドの側まで走ってきた。


「公爵。そろそろ上へ」


「そうだな。戻ろうか」


 ロイドが頷く。そのままゼノたちは地下を出た。


◇◇◇


 地下水道から出て、地上に戻ると朝日が昇っていた。


(まぶしい……)


 目を細め、眉間を指で押す。


「——そうだ、あれを」


 ロイドが近くに兵にひとことかけ、なにかを持ってこさせる。

 すぐに折れた槍杖が現れ、ロイドがゼノに渡す。


「……あ、ごめん。これ貰ったやつなのに……」


 そうだった。マルルとの戦闘で、彼女に壊されてしまったのだ。申し訳なく思って謝れば、ロイドは手のひらを向けて、構わないよと言った。


「フィーティアの幹部相手では仕方がないことだ。それよりも、直るといいのだが」


「そうだね」


 魔導品は、戦闘中に折れてしまったこともあり、もとの羽ペンの形状には戻らない。ちょうど真っ二つ。折れた部分には焦げついたような跡が付着している。


(そっか……ペリードと戦った時に溶けた箇所か……)


 炎の剣。あれを受けて薄くなったところに、マルルの強打が入り、槍杖が砕けたのだろう。どうにか直らないものだろうか。ゼノはひとつ心当たりをみつけ、ぽつりとつぶやく。


「うーん……ロシェなら直せるかな……」


「ロシェ? もしかしてあの魔導品を扱う雑貨店のことかな」


「え、うん……」


(そういえば、いいカモなんだっけ、このひと)


 ロシェの言葉を思い出して、「あぁ……」と胸中で思った。


「雑貨店か……しかし、それなら難しいだろうな。このあいだ暫く店を開けると言っていた」


「うそ!」


「本当だとも。珍しい魔導品が入荷したと聞いたから覗いてみたら、見事に旧時代の初期型の珍しい品でね——ああいや、そうではなく」


 いちどロイドが咳ばらいをして仕切り直す。


(このひと、語り出すと止まらないからな……)


 今日はなんとか押しとどめてくれたようだ。


「——それで、ふたつきほど仕入れに出るからと言っていた。聞いたのはほんの一週間ほど前だから、戻ってくるのはかなり先だと思うぞ」


「そっか……」


(困ったな。こんなの直せる人なんかロシェくらいだろうし)


 その場で、うーんと唸る。

 そんなゼノを見かねてか、ロイドがひとつ提案をしてくれた。


「王立研究所に紹介状を書こう。あそこにはいい技師もそろっているから、直せるかもしれない」


「研究所……王立アルス研究所?」


「ああ。サフィール殿下の件は、すぐに沙汰さたくだるだろうから、それが終えたら一筆かいて渡そう」


「わかりました。ありがとうございます」


 ゼノは城へ戻り、地下での出来事を王子に伝えると、その日はいちど解散となった。

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