痩せる豆乳大福の行方

桑鶴七緒

次に流行るスイーツとは?

私の自宅の近くにある商店街の一角に老舗の和菓子店がある。


ここ数年前からある商品が日中になると行列ができるようになり、以前から気になって仕方がない。


なんせ私は大の和菓子好き。餡系はもちろん、上生菓子やまんじゅう、串団子やきんつば、ういろう、どら焼き、金平糖など取り上げればきりがないくらい年中食べているのだ。

その行列ができるくらいの人気の商品がどのようなものか体がうずいて居ても立っても居られない。


ある日仕事の有給休暇を使い、化粧で整えて好きな衣服を選んで着て和菓子店へ向かい、店の近くまでやってくると最後尾に並んで待っていた。ある人が会話しているのが耳に入ってどうやらそのお目当ての商品について話しているようだ。


「大福は何の味にする?」

「何種類かあるんだよね。定番の餡でもいいし、抹茶味も捨てがたいよな。」


会話を聞いているだけでもヨダレが出てきそうだ。そうこうしているうちに行列はどんどん前へ進み、店内が見える窓ガラスのところまで近づいてきた。中から店員が出てきてメニュー表を配布していたので、私も手に取ると先程会話していた色とりどりの大福が目に入る。


癒し系、進化系大福という文字が書かれていて面白いキャッチコピーをつけているものだと心の中で笑っていると、ある項目に目が留まる。


「食べると痩せて綺麗になれるもっちり豆乳大福?……」


その名前に色々なことを連想している時、自動ドアが開き店内へ入ると、中は人で賑わっていた。


「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いいたします」


ショーケースの中に並ぶ和菓子たちの数々に心が躍る。手にしていたポップを見て、迷わず大福にしようと決めて、店員に売れている種類を聞いて、私は先程の痩せる豆乳大福といちご大福、抹茶クリーム餡が入った大福を各二個ずつ選び購入した。


自宅に帰ってきて着替えてからコンロに水の入ったやかんを沸かし、手提げ袋から箱をとり出して中を開いてみると、店内で見たような大福たちがキラキラと輝いて居座っている。

生つばを飲み込み、早く沸いてくれないかと台所へ行きやかんを見張る。


やがて沸騰して、マグカップにティーバッグの上からお湯を注いで立ちこめるハーブティーの香りに気持ちが揺られながら、テーブル席にかけて大福を眺めた。

どれから先に食べようかと考えているとスマートフォンが鳴り出てみると、実家の母から来ていた。しばらくら長話をしているうちにハーブティーも冷めてしまい、夕飯の支度の時間が近づいていた。食後にでも食べようと一旦箱を閉じて袋にしまった。


夕食後、お風呂に入ろうした時に白い箱が気になって仕方がなくなり、我慢の甘い私は誘惑に負けて箱を開いて痩せる豆乳大福を一つ手に取る。

手のひらに乗せたその大福は外見にしてふっくらと成形した丸みが黄金比率のように想像を膨らませて、ツンと人差し指で触れるとほんのりと跡が残る。


職人はきっと丹精を込めて一つ一つ丁寧にたくさんの人に食べてもらいたいのだと考えながら作ったのだろうと思うくらいの、見事な出来栄えだ。もったいないと思っていても食べるものは食べる。ひと口かじった。


ああ、一瞬で妄想に浸りたいくらいだ。餅の弾力と中の豆乳クリームと粒餡が一体となって口の中で調和している。甘さも控えめで餡の粒の噛み心地もとろけるように消えていく。

ひとときというのはなんて愛おしいのだと我を忘れるくらい大福に恋焦がれていると、お風呂に入る時間が狭まっていたので、口に含みながら脱衣所で衣服を脱ぎ浴室へ入った。

四十分後上がって火照りが残る中、さりげなく頬を触ってみると肌の張りが減ったかと思い洗面台の鏡を見てみた。


「疲れているのかな?目の下も窪んでいるなぁ……」


恐らく気のせいだろうと思って衣服を着て髪をドライヤーで乾かした。

リビングへ行きテレビを点けテーブル席に座ろうとした時に大福のことが頭によぎり、台所から箱を取りに行きソファに座って中を開けた。

残りが五個もある。もう一つくらいは太らないだろうと思いいちご大福を一つゆっくり味わいながら食べていった。

これは自分だけのご褒美スイーツだと考えながらその日は幸せな一日を過ごせたと思いを馳せていった。


翌朝、いつもの時間に起床して朝食後に身支度をしようとドレッサーの椅子に座り鏡を見たら昨夜よりまた顔の目元や頬に窪みができているので、様子がおかしいと思い、体重計に乗ってみた。


前日より三キロ痩せている。


それなりに体型は気にしていたので体重が減って気持ちが嬉しくなった。仕事が忙しくなると顔色が変わる時もあるので、普段通りだと思い込ませて支度を済ませて家を出て会社に向かった。

夕刻が過ぎて退勤をし電車に乗ってしばらくぼんやりとして窓の外を眺めていると、今朝よりも更に顔が痩せているのに気づいて、映り方のせいだと思い駅に着くと、ホーム内に風が吹いて背筋がゾクっと走った。


そのままスーパーへ立ち寄り食材を買って自宅に帰ってきて、夕食前に甘いものが欲して冷蔵庫の密封容器を取り出して中から抹茶クリーム味の大福を食べた。更に夕食後にお腹が満たないと感じて痩せる豆乳大福をもう一つ一気にたいらげた。


翌日会社にて業務に取り組んでいると、上司から来客にお茶を出してほしいと言ってきたので、給湯室でお湯を沸かしいる合間に、腰に手を当ててみるといつもよりくびれているのに気づいてまた痩せたのかと思い、気持ちが浮かれてしまっていた。席に戻りパソコンを見ようとしたら、隣にいる同僚が声をかけてきた。


「ねぇ、なんか最近綺麗になったわね。体も痩せているみたいだし。ダイエットでもしているの?」

「そうかな?顔はやつれた感じがするんだけど……やっぱり痩せたかな?」


軽く雑談を交わして再び作業にあたり退勤時間が近づいてきたので、帰る支度をして会社を出た。


翌日の休日。友人と食事をするのに待ち合わせ場所の駅で待機していると、急に喉が渇いてきたのでコンビニエンスストアに寄り烏龍茶を購入して、すぐさま蓋をこじ開けて半分くらいまで一気に飲んでいった。

まだ飲み足りないと思い残りの分を全部飲み切り、まだ物足りないと感じて再びコンビニエンスストアに行きミネラルウォーターを二本購入して、駅に戻ると友人が到着していた。


「喉、渇いていたの?」

「ああこれね。なんか最近よく喉が渇くのよ。さぁ、早くお店に行こう」


友人が行きつけだというカフェに入り、二人でパスタやピザを注文して昔話に盛り上がりながら食事を済ませた後、駅で別れて自宅に帰ってきた。


玄関で靴を脱ぎ洗面台の前を通り過ぎようとした時に体がふらついて、足を挫いてその場で倒れてしまった。痛みを我慢しながら太ももやふくらはぎをつかむとひと回り以上に痩せてほっそりしているのに気がついて、その場で衣服を脱ぎ体重計に乗ってみると、以前より十キロ以上減っていた。

数日のうちにこんなに減量していることに疑問を感じて冷蔵庫の容器に入っている大福を可燃ごみに捨てた。


体の中に入っている空気が次第に抜けていくような感覚になり、更に軸が上手くバランスよく取れずにふらふらしながらベッドに倒れ込んだ。また喉が渇いて水を飲み、一リットルは飲んだであろうと思うくらい次々とグラスのコップに水を注いで飲み干していく。

次第に震えが止まらなくなってきたので、近くに住む弟に電話をして、家に来てもらいその変貌した姿を見た彼も驚いて事情を話すと、少し気持ちも緩和した。


私は弟に商店街にある和菓子店に一緒に連れて行って欲しいと伝えて、支度をした後彼に支えられながら店の中に入った。

ちょうど店主がいたので、大福を食べてから体に異変が起きた事を伝えると、あの大福はキャッチコピーで販売していたものであり、特別に異物を投入したことはないと言い切って店を追い出されてしまった。


途方に暮れかけて商店街を歩いていると、日本茶の販売店の前に腰をかけていた老女から声をかけられて、具合でも悪そうだがどうしたのだと問われると、私は例の大福の話をしてそれを食べてから異変が起きた事を話すと、老女は店の奥から何かを持ってきて差し出してきた。


「解毒剤の代わりになるお茶だよ。無償で大丈夫だからこれを飲み続けなさい。この事は誰にも話すんじゃないよ。……お大事にね……」


再び自宅に帰りすぐにやかんを沸かして、パックにいれた茶葉にお湯を注いでゆっくりと飲んでいった。数時間後弟が帰り、夕食を済ませて再びお茶を飲み、一日でも早く元の体型に戻れるように祈りながら、その日から一週間以上毎日飲み続けていった。


しばらく経ったある日にドレッサーの鏡を見た時に以前の体型に戻っていたのでひと安心していた。


後日、和菓子店に行きもう一度大福の話をすると、ここではそのような商品は以前からも売っておらず、行列ができるのは月に数回販売する羊羹が人気があるくらいだと話していた。


それでは、私が今まで食べていた大福は何だったのだろうか。

自宅に戻り手提げ袋に印字してあるあの店の名前。


その日を境に私は甘い菓子を食べるのを避けるようになっていった。


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