尖塔のある風景 🗼

上月くるを

尖塔のある風景 🗼





 いつものカフェの清潔に磨きこまれたフロアを這っているのはクラシックだった。

 ずっとジャズだったのにいつ変わったんだろう、これからもずっとそうなのかな。


 そういえばあの壁の風景画、海外の港町らしいけど、気に留めたことがなかった。

 黄濁した曇り空に目立たない色彩の尖塔が伸び、低く重なる屋根もくすんでいる。


 平凡といえば平凡だけど、その凡庸がいまのヨウコさんの心情にはぴったり来る。

 明るすぎる原色、深みのない音楽&美術、直截に主張する文章、みんな煩わしい。




      🏺




 そういえば、よく似た雰囲気の小彫刻を自宅の冷蔵庫にマグネットで貼ってある。

 青空にカモメが数羽、高い壁と細い石段、出窓から蔓系の植物、荷車を挽く驢馬。


 友人の海外土産はとうにキッチンの風景の一部と化しているが、帰宅したら、縦横五センチ四方の美術品の精緻&情趣を仔細に味わおう、きっと慰めになってくれる。


 思いどおりにならないことはもちろん、ときには慶事も、心への刺激という意味でストレスになるそうだが、多彩な哀歓を複合的に交錯させるのは、なかなかきつい。




      🥃




 そうだよね、やっぱり潮時かも知れないよね、義理のおつきあいはこのあたりで。

 これからは人情の機微を解する、聡明で心温かい人たちとだけつながっていたい。


 気の進まない交流にかかる費用も、いまのヨウコさんには、大きな負担を強いる。

 そんな無駄はことわり、真に大切な若い人たちの将来のために使いたい。(#^.^#)


 それに、従業員用トイレで吐きながら品出しバイトをする偏頭痛のむすめの労働の何時間分にも匹敵するお金、もったいなくて、義理づきあいなんかにはとても……。




      🍧




 横の席に父親に連れられた小学生の姉弟が案内されて来た、春休みもあとわずか。

 マナーをわきまえた昨今の子どもたちは大人のカフェでもきちんとしていられる。


 通路の反対はノートパソコンの青年、そのとなり、横顔の美しい若い女性は読書。

 そこへ高齢男性のスマホの声……子どもたちに恥ずかしいでしょう、外へ出てよ。


 透き通った緑のメロンソーダにクリームを山盛りにしたドリンクが運ばれて来た。

 やった~!! かわいい歓声をあげる少年少女……未来はこの子たちのためにある。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

尖塔のある風景 🗼 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ