第5話 僕も独りでやってたんで。

 しばらくは平和な日が続いた。

 とは言っても、相変わらず課長や黒田は自由に動いているから、どういう動きをしているかもわからないし、他の社員の目も死んだままだ。

 そんな毎日の中でも京子は黙々と仕事をしていた。


 ある日のこと。

「そういえば明日、イベントですけど、準備って大丈夫なんですか?」ふと疑問に思い、京子はそう目の前の同僚に話しかけた。

「あぁ、相良さがらくんに全部任せましたよ。」

 年齢的には1コ下。社歴としては、4年ほど先輩の男性社員、安西あんざいがそんなことを言ってきた。ちなみに相良くんは短大卒の新卒1年目、20はたちの男の子だ。

「え? 相良くん一人に?」そう質問する京子。

「いや~、僕も忙しいので、指示だけ出してやらせてみたんですけど、全然ダメみたいで、結局僕が明日の朝動く羽目になってるんですけどね。」

 あぁ~、と思った。よくある『新人放置』だ。

「えぇと、、イベントの準備、この間手伝いましたけど、あれ独りで出来る量ですか?」

「ん-、僕も独りでやってたんで。新人の洗礼みたいなもんですよ。」

((そんな昭和の部活の先輩後輩みたいな…))

「……安西さんは一人でやってどう思いました?」

「え? そんなのめちゃくちゃ嫌だったに決まってるじゃないですか。」

「それを後輩にもさせるんですか?」

「え…?」何かに気づき、はっとする安西。

「自分がやられて嫌だったことを、後輩にさせてはいけませんよ?」京子は滔々とうとうと安西をさとすように語りだした。

「いいですか? 初めから上手にできる人間なんていないんです。ましてや自分が出来なかったことを、相良くんが出来ると思いますか?」

「……いや、彼には出来ないと思います。」

「そうですよね。こう言っては何ですが、正直相良くんに安西さんほど能力があるとは思えません。であれば、安西さんが相良くんを教えないといけませんよね。」

「でも、アイツ、物覚えも、ものすごく悪いんですよ。」

「そうですね…、でも新卒ってそういうもんじゃないですか? 私も新卒1年目の頃なんて失敗ばっかりで、よく怒られてましたし。先輩たちや上司には『いや、先に言ってくれよ…!』って思うことばかりでしたよ。」

「…確かに。」何かを悟った安西。

「新人がやるべき仕事っていうのはあると思います。雑用や、誰でもできる仕事を新人にやらせること自体をダメとは言いません。でもやり方や、どう考えても独りでは出来ないこと、その子が出来ないことを、ただ『新人の仕事だから』と押し付けるのは違うと思いませんか? 自分がやられて嫌だったなら、どうしたら上手くできるか、大変なことは手伝うのも必要な時があります。」

「……。」真剣な顔で黙って次の言葉を待つ安西。

「安西さんはせっかく仕事ができる人なのに、後輩を教えられないのはもったいないです。新人を教えることができれば、自分の仕事ももっと楽になりますよ? 私は、後輩への教育は、将来の自分への投資だと思ってやってます。その子が一人前になれば、自分の仕事も楽になりますからね。」

「……なるほど。」

 どこか納得したような顔つきになった安西だった。


 『自分がやられて嫌だったことは、後輩にはさせない』

 その言葉が効いたようだ。その後の彼は、後輩を教えるのが誰から見ても上手くなった。

 丁寧に仕事のやり方を教え、どんなことで失敗したか、こうすると上手くいくということを率先して教える先輩になった。

((私が言ったことを素直に聞いて、実践できる。有能で素晴らしい人だな。))

 京子は安西の評価を各段に上げることになり、そして信頼できる人となった。

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例えば職場が『ブラック』だったなら~平社員でも改善してみせます!~ @addna

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