透明人間と変わりものの話
あなたに肌を触らせて、と言われたら。
私は滑らかな石を差し出すでしょう。
あなたがいるから、私の世界は美しい。
私は生まれつき醜かった。
父母は私を愛そうとしなかった。父母すら愛さない私を誰が愛する?少なくとも、周りの人と私は私を愛さなかった。
愛の反対を聞いたことはあるだろうか?愛の反対は嫌いではなく興味がない。
興味がない、それを向けられているものの思いを知っているだろうか。私はそこに確かにいるのに、皆にとってはいないとされる。自分は透明なのだ。ここにいると精一杯主張しても、誰も聞いてくれない。興味を持たれない。何も、認識すらされない。
もう何をされても良いから。
誰か私を認識してほしい。
私はここにいるから。全身で叫んでいる。
誰か、誰か、私を認めてください。
誰も私を認識しない世界で、そうして叫んで今日も終わる。家に帰っても私の食事は自分で作らなければ出てこない。
材料を使いすぎないように、余り物をかき集めて簡単に調理する。それを一人で食べて洗い物をして物置部屋という私が許された場所で眠る。
父母と妹弟の楽しげな声が聞こえてくるが、私はその輪に入れたことはない。何度か勇気を出して入ろうとしたことはある。
結果、私は透明人間なのだと知ったのだ。
声をかけても、変なポーズをとってみても、誰も応えなければ見もしなかった。
それを何度か繰り返して、私は諦めたのだ。
家では諦めたけれど、外の世界は広い。外の世界では諦めずに私の存在を叫んでいる。例え無意味であろうと。
そんなある日、変わりものが現れた。いや、私にとってはかけがえのないものだった。
それは確かに私に声をかけたのだ。
「君は毎日おかしなことを叫んでいるね」
それが私の記憶の中で初めて私だけに向けられた言葉だった。
「ねえ、今私に声をかけたの?」
「私はここにいるー!って叫んでいたのが君なら君に声をかけたよ」
「なら私に声をかけたんだね」
「そうなるみたいだね」
そう変わりものは笑った。
私はもっと愛想良く話しかけたかったけれど、何せ初めての会話だったから自分の思うように話せなかった。
毎日楽しく話す家族を思い出して一生懸命言葉を紡ぐ。
「何のよう?」
私はとても不器用で、思い描いたことを中々上手くできないようだ。出てきた言葉はぶっきらぼう。せっかく話しかけてもらえたのに、これじゃあすぐに呆れられてしまう。呆れられてしまったら、興味を失われてしまう。
せっかくなのに、せっかくなのに。私の足は興味を失われてしまうかもしれない恐怖でガクガク震えていた。
「いや、ここにいるなんて当たり前のことを何故君は毎日叫んでるのか気になっただけだよ」
変わりものは私の恐怖なんて知ったことかとそう言った。この変わりものはなんて言った?気になっている?他の誰でもない私を?
「誰も……私を、認めてくれないから」
震える声でそう応える。
「うーん。よくわからないけど、君はここにいるよね。ならそれは君がここにいて良い証明になるし、君と似たようなものに認めてほしいなら僕が認めるよ」
なんてことないように言われたその言葉に私は大泣きした。
「なんで泣くのさー」
変わりものは少し慌てながらそう言っていた、気がする。気がするになってしまったのは、私の感情が昂りすぎていてあまり覚えてないからだ。
ああ、もったいないことをした。
変わりものは最近ここにやってきたと私に話した。そして自分は盲目なのだとも。
そうか、だから変わりものは私を認識してくれたのか。私の醜さを知らないから。
私はそれを良いことに変わりものとたくさん話した。変わりものはそれを受け入れて、私とたくさん話しをしてくれた。
変わりものは変わりものだったけれどとても素直だった。色とはどんなものか、空とは雲とはどんなものか。私の応えを全て素直に受け入れた。
「雲は食べられるんだ。甘くて美味しいよ」
と伝えた次の日
「嘘ついたなー!雲が甘くて美味しいなんて言ったら家族に笑われたぞ!」
なんていってきて、私は大笑いしてしまった。
そうして変わりものと私は仲良くなっていった。
ある日変わりものは私に言った。
「遠慮がない君の言葉が嬉しい」
「何故?」
「僕が盲目だと知ると、皆距離を取るんだ。僕はそれがわかる。遠慮して話すから僕は僕が知りたいことを知ることが難しかった。だって君に会うまで僕は雲のことすらよく知らなかった。遠慮がなさすぎて傷つくこともあるけどね……」
はあ、とため息をつく変わりもの。
「でも君のおかげで僕は色んなことを知った!君のおかげで僕の世界は広がったんだ。君と僕のいる世界は美しいね」
変わりものは両手を広げて満面の笑みを浮かべてそう言った。
私は
「そうだね」
と頑張って応えた。
変わりものとはその後も話したけれど、何を話したかは覚えてなくて。気が付いたらいつものように物置部屋にいた。
変わりものはこの世界を美しいといったけれど、私にとってこの世界はどうなのだろう。
私を無視するこの世界。
私が透明なこの世界。
私を愛していないこの世界。
私はこの世界を美しいと思ってる?
その日は眠れず、ずっと自問自答を繰り返した。
答えは出てこなくて、あまりにも悩んだ私は変わりものにこの自問自答を打ち明けた。すると変わりものは笑った。
「そうかそうか、君はそれで悩んでいたんだね」
そう笑う変わりものの頬を思わず引っ張る。ごめんごめんと笑う変わりものに、引っ張る力を強める。
私は真剣に悩んで眠れもしなかったのに。
「僕は何もこの世界全てが美しいとは言ってないよ」
そういうと変わりものは立ち上がった。
「僕は盲目な分、他が敏感なんだ。それこそ悪意や善意も敏感にわかる。僕の周りは大体悪意に満ちていてね、いや、恵まれたことに家族は皆良い人さ。本当、家族に恵まれた。でも他が駄目すぎてね、家族で運を使い切ったなー。僕は家族の弱点でさ、利用されてきたんだ」
フラフラと歩く変わりものが危なっかしくて思わず手を差し伸べた。
「ありがとう。それでね、家族に迷惑かけるのが嫌で僕は引きこもることにしたのさ。家族以外と合わない。良い人以外と合わない。そうすれば面倒ごとなんて早々起こらないだろう。僕は僕の世界に蓋をした。この世界に諦めて」
変わりものは滑らかに話す。
「そうして僕はここに来た。そうしたらここに君がいた。この世界を諦めていない君の叫びを聞いた。そして君と話して君を知った。僕の世界に君がきた。僕はね、この世界全てが綺麗と言ったんじゃないよ。僕と君がいる世界は美しいと言ったんだ」
変わりものの目は見えていないはずなのに、しっかりと私の目を見つめていた。
「君も僕といるこの世界のことが好きなら嬉しいなー」
そういうと変わりものは笑った。
変わりものの言葉はすとんと私の心におちた。
「私もこの世界、好きだよ」
「そっかー!嬉しいな!」
そう笑った変わりものに、私は恋をした。物語でたくさん読んで、いつかしたいと思っていた恋を。
私は醜い。
肌はザラザラだし、物語やテレビで見るお姫様やモデルとは程遠い。変わりものは盲目だけれど、好きな人が出来たら可愛くしたいとずっと思ってた。
だから私は変わる。変わりものの隣に立てるように。変わりものの隣が透明なんて言われないように。
私が透明じゃなくなったその時に、変わりものに伝えよう。
「あなたがいるから私の世界は美しい」
と。
昔に襲った厄災は様々な爪痕を残して去った。
単眼で鱗が生えた姿で生まれた赤子を、この地では厄災の呪い、厄災の呪い子といった。
厄災の呪い子に関わればまた厄災が降りかかるかもしれない。機嫌を損ねればまた厄災がきっと来るぞ。ならばどうする?無関心になれば良い。興味を持たなければ興味を持ちもしないだろう。そこに好きも嫌いもないだろう。
こうして何も知らない何の罪もない無垢な赤子は呪いを背負った。
この地の呪いを祓うは別の地の呪いの赤子と呼ばれたもの。
呪いが巡り合わせた縁、祝福に変わる日はそう遠くないだろう。
今日も努力する透明人間と変わりものは言葉を交わしているのだから。
ただ息をすることすら難しい 永遠 @WhichTowa
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