夜の河原に、鍵を売る
武江成緒
夜の河原に、鍵を売る
むずかしい仕事じゃねえ。
師匠の言った、その通りだった。
材料はただ、
ほんとにクズでいいらしい。ふるい鉛管。釣りの
残飯あさって歩くよりは、ずいぶんマシな仕事だった。
師匠についてこの稼業を始めてからは、ほとんど毎日食えるようになった麦飯ごくりと
「まんずまんずだな」
かびの生えたぼろい
師匠が川で水をあびるその間、河原につくった石の
使いふるして黒くなった
ふり下ろす場所もでたらめで、ガタの来た金槌はたぶんそこらで拾ってきた大工道具のなれの果てだ。
そうしてできたシロモノは、つぶれて崩れた人形か、鉛でできた芋蟲か、十に一つはなんとか道具に見えなくもねぇ ――― そんな得体の知れねえもんだ。
そんなもんでも作っていりゃあ、日は傾いて、夕風が河原を吹きわたる。
日が沈むころにゃ、麻袋いっぱいになるだろう。
くしゃみと一緒にとび起きると、河原はすっかり夜だった。
あたりに一軒の家もありゃしねえこの場所は、夜になりゃ真っ暗だ。明かりといやぁ空の星。それに一本の
川のすぐそば、頼りねぇ明かりに、師匠の背中がうずくまってる。
「起きたか。急げや。もう丑三つだぜ」
目の前の闇、星あかりじゃあろくに見えねえ石ころだらけの暗がりから、がたがた、ごろごろ、足音だけが近づいてきた。
蝋燭の光の中に手が出てくる。
青くて見るからに冷たそうで、野良犬の死ガイみてぇな
その手から小さな
師匠は何にも言わねぇままに、麻袋の中身をとって、からになった青黒い手におしつける。
手が引っこむと、また新しい手が出てくる。
前とおなじに、青くて冷てぇ、厭ぁな手だが、前の手とは違うやつだ。
小指がなくて、中指からは肉がごっそり腐れ落ちてるからわかる。
そんな手からこぼれる銭も、ちゃりん、という澄んだ音には変わりねぇ。
――― ちゃりん。
――― ちゃりん。
東の空がうっすらと青くなってくる頃にゃ、亡者たちの差し出す銭は、笊にこんもり積みあがってる。
「師匠」
「なんだ」
「おれたちが作ってるのぁ、ほんとうに、地獄の門の鍵なんですかい」
「おめぇ、俺に弟子入りしてもう
今夜も見たばっかりだろが。毎晩毎晩、亡者どもが三途の川の渡し賃まで削っちゃあ、ああして鍵を買ってくじゃねえか」
「へぇ、でも……あれでほんとうに、地獄の門を通れるんですか」
「三途の川を泳ぎ帰って、銭返せと言ってきた奴ぁ、今までひとりもいなかったぜ。
いやそれどころか、今夜だってよ、これが本当に地獄の門の鍵なのかと、疑ぐるそぶり見せた奴が一人でもいたかよ」
「疑うのを棄ててまで、地獄に行きたいもんなんですか」
「地獄だろうが、この
「……それでもし地獄の門をくぐれなきゃ、そいつぁ、三途の川のこっちにいるのと同じぐれえに苦しいもんじゃねぇんですかね」
「今日はずいぶんと疑ぐるな」
「いえ……」
「なんなら辞めていいんだぜ。
「……………………」
きりり、と腹がきしむ。
地獄の門のその先よりも、死んで
明日も朝から、
それを捨てて、物乞いをやり直すなんざ、とうてい考えられねえんだ。
俺がくたばったらどうなるんだろう。
でたらめな
地獄にも行けねえまま、なけなしの六文銭を削ってまであやしげな鍵を買い求める亡者ども。やつらの姿を毎晩見つづけて、いまとなっちゃあ地獄の門すら手のとどかねぇもんに思えて仕方ねぇ。
消えかけた蝋燭の明かりの中で、鍵ひとつ手に取って眺めてみる。
でたらめな鉛の塊が、つぶれた顔の形になって、にやにやこっちを
夜の河原に、鍵を売る 武江成緒 @kamorun2018
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