第4話

 冬の寒さも過ぎ少しずつ暖かくなってきた頃、私は最後の登校時間を迎えていた。

 バレンタインデー以降はあまり学校に来ることもなく寂しい期間になるかと思っていたが、合格発表や友達と最後の女子高生ライフを送っていたらあっという間に過ぎてしまった。

 この卒業式が終わってしまえばきっと先生と会うこともなくなる。数時間後には喪失感に襲われていることだろうか。最後に告白をする勇気なんて私に持ち合わせてるはずもないし、一枚写真でも撮ることができたらラッキーだなという気持ちで過ごそうと決めた。

 「奏、おはよー!」

 空元気という状態なのか、夏美のテンションがいつもより明るく感じる。泣きそうになっているのを誤魔化しているのだろうか。

 「おはよう。ん〜最後だね」

 「言わないでぇ〜!今にも泣きそうなんだからぁ〜」

 しんみりとした空気にするにはまだ早いのかもしれない。でも、話すと言ったらやっぱり三年間の思い出だろう。

 「桜、咲いたね。三年見てきたからね。一番思い出深くて一番、きれい」

 そのとき、風がブワッと吹いて桜吹雪が起こった。私たちの卒業を祝福してくれるような、そんな気さえした。

 学校に着くと、行事らしく、多くの人で溢れていた。色々な思い出が飛び交い続けて、卒業らしさを私により一層思わせてくれる。この教室には私も多くの思い出が残っている。一年前に初めてこの教室で見た桜の木も変わらずに満開の花を咲かせていて、あのときの先生の顔を思い出す。思えば、あのとき先生に心臓を撃ち抜かれてしまったのではないだろうか。一年経っても鮮明に表情と、声色が頭に残っている。

 ホームルームの黒板には、でかでかと『卒業おめでとう』の文字と周りに一人一人の名前が書かれていた。その黒板だけで泣きそうになってしまったが、卒業式前に泣くわけにはいかないという謎プライドから必死で涙腺を死守していた。

 「藤原さんも写真撮ろ〜!いくよ〜!」

 知ってる人片っ端から写真を撮ってエアドロで送ってを繰り返していたらあっという間に朝の時間を過ぎ、チャイムが鳴った。

 「よ〜し、全員集まったか〜?まさか誰か欠席してるやつとかいないよな!?それはそれで別の意味で俺泣いちゃうよ!?」

 いつもと変わらないテンションで話す先生も、目元が少し腫れていたと思う。それを隠すように振る舞う先生からは大人の意地を感じてしまい、そんなところでさえも愛おしく感じてしまうのだった。それがたとえ最後だと分かっていても。

 体育館棟に向かい、卒業式が始まった。国歌斉唱や卒業証書授与も済ませた。小中の卒業式では授与の時間が長く退屈であったが、高校の授与ではゆっくりと感情に浸ることができた。 

 送辞や答辞等も行い、校歌斉唱が始まった。校歌に関しては音楽の授業を選択していなかったせいもあってか、メロディすら覚えないままであった。

 全てが終わって少しの疲れも出てきたところで、退場を行いホームルームに戻った。卒業式の途中からグスッグスッと、泣いている音が四方八方から奏でられていた。ただ隣の子に関しては花粉症が酷く、卒業式関係なく涙と鼻水を啜る音を出していた。こういうとき花粉症の子は勘違いを受けやすく周りの子から注目を浴びる。

 ホームルームに戻ると大多数の人が目に涙を浮かべていて、卒業式に泣かないと〜という歌詞が頭の中に浮かんできてしまった。

 「じゃあ…最後のホームルームを、始めます。月並みかもしれないけどさ、お前らが入学式で入ってきたとき心配で心配で仕方がなかったんだよ。一年の頃なんかは、平気で遅刻してくるやつはいるしさ?窓ガラス割る馬鹿とかもいてこれ後二年もあるのか〜って思っていたけど、いま考えるとあっという間だな。俺は担任を三年間持ったのお前らが初めてだからさ、分からないようなことも多かったし、他の先生から注意を受けたことも何回もあった。こんな不甲斐ないやつでハズレだな〜って思ったときも何回もあったと思う。だからさ、ありがとう。最後まで俺を担任に置いてくれて。……本当はさ?…ここで泣くつもりじゃなくって…帰ってから泣こうと思って、たんだけど、ダメだな。ごんなに、ボロボロ涙が、出できちゃ、って」

 クラス全員のすすり泣く声がこの教室を包む。それは私も、例外では無かった。走馬灯を見るように三年間の思い出が頭の中に流れる。

 「……ふーっ。ごめんごめん。俺が一番泣いちゃったな。そうだな…みんなの門出を、これからを、素直に祝福します。就職する人も進学する人も、もう一年頑張るって決めた人も、みんなみんな、頑張れ。もしいつか俺と会うようなことあったらさ、そん時の自慢話でも聞かせてくれ。楽しみに、待ってるからな。……じゃあ、最後に。みなさん、ご卒業おめでとうございます。これからの人生に、幸あれ」

 そう言った先生のもとに、駆け込む子は少なくなかった。漫画やアニメにあるような、そんな状態が、私の目に映っていた。先生が好きなことすら忘れて、先生の言葉を受けて泣き続けながら近寄ることしかできなかった。そんな先生服からはタバコの匂いは全くしていなかったが、ほのかにしたその香りからはきっと朝ここに来る前に吸ったのだろうという推察がとれた。

 全員で最後に集合写真を撮った後、カメラロールを埋めるほどにたくさんの写真を撮った。他の子の流れから先生とのツーショも撮ることが出来て、最高の思い出を最後に飾ることができた。

 ほとんど話したことがないような人とも粗方撮り終わり、夏美と語りながら家路についた。



 高校を卒業してから六年が経った。それから彼氏も作っていたが、二十歳になってからは先生の匂いを追うように赤マルを買って匂いを思い出していた。

 夜の帳が下りた、会社からの帰り道。仕事の関係で母校の近くに来ていたのもあって、久しぶりに横の道を通ることにした。あの日見た桜は今も変わらずに懸命に咲いている。先生のことは今でも好きであるわけではないが、頭の片隅にはずっと残っている。

 卒業式の朝を思い出すようにブワッと桜吹雪が起こる。

 ちょうどタイミングを合わせたかのように夏美から電話が鳴った。

 「もしもし〜?」

 「あっもしもし夏美〜?急にどしたー?」

 「ごめんごめん!明日暇〜?最近流行りのカフェ行かない?」

 夏美とは今でもよく会って遊ぶ仲だ。

 「行こ行こー!ってか今高校の横通っててさ〜。何も変わってなくて安心した〜」

 「うわっ!懐すぎ!ほんと楽しかったなぁ」

 「ねー!あのときは若かった」

 「今でもまだまだ現役いけるいける!…あっごめん!休憩時間終わっちゃうからまた明日の時間とか送っとくね!急にごめん!じゃね!」

 夏美は今バスケットボールのチームに所属している。趣味が健康的で本当羨ましい。

 「うん、おっけー!じゃね〜!」

 やっぱり、高校生の頃の自分はまだ子供で、大人びた先生に恋するようなよくあるパターンだったんじゃないかと思うときが良くある。でも、それを否定する気持ちも持っている。タバコは体に悪いから毎年桜を見たときだけ、赤マルの、先生の匂いを思い出すように吸う。

 喫煙所に寄ろうかな。

 大通りから追いやられたようにある喫煙所に向かって4本減った赤マルのボックスからタバコを取る。匂いと思い出を頭の中で巡らせていると、たった一人でいた喫煙所にどこか見覚えのある男の人が入ってきた。

 「ふはっ。…赤マル、一本もらっても良い?藤原」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜にその匂いを @itsukidesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画