第3話

 誰かに恋をしているからか、それとも受験生だったからか、修学旅行、夏休み、文化祭、年末年始、受験と時間は留まることを私に教えてはくれなかった。どの行事でも先生をずっと目の端で追い、夏休みや冬休み等の長期休みでは寂しさを紛らすために勉強に没頭していた。

 耳が痛くなる程の寒さになり、高校生活最後のバレンタインデーが一日後にやってくる。去年は彼氏がいたから何にするかを悩んでいたぐらいだったが、今年はそもそも渡すか渡さないか、渡す場合は何を渡すべきかを考えなければならない。それとは別にほぼ交換会と化しているクラスの子や友達に渡す用のも考えなければならなかった。

 「夏美はバレンタインデーどうするの?」

 「んー?ひーみーつ!お楽しみだよ〜!」

 まぁ結局は毎年ストーリーに工程を載せているから前日には何にしたのかは明白である。

 「うちに聞いてきたってことはっ!奏誰かに渡すの〜!?」

 こういうとき本当に夏美の勘は鋭い。

 「いやいや、みんなにあげるやつどうしようかなって思っただけだよ!」

 「え〜?本当かな〜。去年聞いたときだって適当にクッキー作るよって言ってたし一昨年は生チョコ作る予定って感じで自分で決めてたじゃーん。でも彼氏にあげる用のは何にしたら良いか私に相談してきたよね?ということはそういうこと!」

 「…………」

 完全に図星をつかれた私には何も返す言葉がなかった。ただ、先生に渡すのが本命とは言いたくはないしバレるわけにはいかない。みんなは交換しているものと同じものを先生に渡すと思うし、実際人気あるから沢山もらうはず。そう考えるとさらに私が渡すのは迷惑なのかもしれないとすら考えてしまう。

 「……先生に渡すようでさ、色んな人からもらうだろうから逆にしょっぱいもの渡すっていうのは!?」

 「…がち?折角バレンタインデーなんだから渡したいもの渡した方がいいし態々先生に気を使う必要もないでしょ!ってか今年は先生に渡すんだ?荒木とかには渡してなかったよね?」

 「まぁ高校生活最後の担任くらいには渡しても良いかなって思って」

 「ふーんなるほどね。まぁこれ以上詮索はしないでおくけどさ、奏も楽しみにしててね!高校生活最後のバレンタインデー!悲しいことに彼氏はいないけどその分美味しいもの作ってみせるから!」

 「うん、楽しみにしてる。じゃあね、また明日」

 何かバレたような気もするが、詮索しないと言った夏美の優しさに甘えることにした。

 松田さんとか、去年マカロン作ってて凄かったな。普段からお菓子作りしているのが伝わってくるような、お店で出てくるもののようなマカロンをみんなに渡していて注目を浴びていた。

 「あれだけ上手く作れたら、私も自信もって渡すことが出来るのにな…」思わず口から出た言葉には、不安が詰まっていた。

 自分なんかから貰うのは困るんじゃないかなんて言う気持ちと好きな気持ちが積み重なっていき、処理しきれなくなって結局渡せたら渡すということに決めて作ってしまった。

 渡せたら良いなと思いながらもどういう感じで渡せば良いのか、なんて言えば良いのかを想像し、成功パターンだけを考えながら眠りについた。



 ついに迎えたバレンタインデー当日。友達用に作ったクッキーを袋に入れて持っていった。電車は変わらずの満員で割れないか心配であったが到着してから確認すると特に問題はないようで胸を撫で下ろした。

 「あっ夏美おはー。これっどーぞっ」

 「奏おはー!はいっバレンタインデー!」

 夏美の手にあったのは少し形が歪なマカロンだった。

 「えっマカロン!?去年焦がしチョコを作ってみんなを授業中トイレ送りにしたあの夏美が!?」学校中全てのトイレが使われている状態に追い込んだあの夏美がマカロンを作っているというのは衝撃であった。

 「実は音にめっちゃ手伝ってもらった!」

 「松田さんすご」

 あの壊滅的な料理センスの夏美でここまでの完成度までもってこれた松田さんには尊敬でしかなかった。

 学校についてからはとにかく交換しまくったりして忙しない朝の時間を送っていた。いつものこの時間にはいないような男子もいて、やっぱりバレンタインデーを意識しているんだなと思いながら三年間一緒だった人には一応渡しておく。

 ホームルーム後にみんなが渡しているのに便乗して渡せれば良いかとも思ったがみんな職員室に行って渡していたようでそのときには誰も先生に渡す人はいなかった。計画が狂ってしまいどうしたものかと考えていたが、まだ渡すチャンスはくるかもしれないと思考を膨らませ、気づけば帰りのホームルームも終わりを告げてしまった。

 「奏ー!そういえば長谷川にバレンタイン渡した?」

 「えっいや、機会なかったから別に渡さなくてもいいかなーって」

 思っていることとは裏腹に諦めの言葉を連ねていたが、夏美はやはり全てを理解しているようだった。

 「本当にいいの?それで後悔しない?最後の高校生活なんだよ。特に先生なんて、これからずっと会うこともないかもしれない。折角先生用に色々考えて作ったんでしょ…?」

 先生のことは、好きだけど。この気持ちにだって嘘はつきたくない。だけど…この一年間、自分から話しかけたりもせずにただただその顔を、その声を、その匂いを感じてきただけ…。そんな私が渡す資格なんてあるのだろうか。もう全部、無かったことにした方がいいのではないか。

 「んっお前らまだ残ってたのか。そういえば今日バレンタインだったが好きな奴に渡せたのか?結構あちこちで本命っぽいの飛び交ってたし、やっぱ一大イベントだな」

 「ほら…奏なら大丈夫」

 夏美にそう後押しされ、心臓バクバクで仕方なかったし、なんて言おうとしていたかも全部忘れてしまったけど、口を開ける。

 「先生…これ、よかったら。一年間のお礼です」

 まるで告白するときみたいなポーズで先生に向かって渡した。好きな気持ちは何一つ伝わってないと思うけど、これで良かったんだと思う。いや、これが最善なのだとすら思う。

 「おー、さんきゅーっ!藤原から貰えて嬉しいよ。残り一ヶ月もないけど、最後までよろしくな!」

 「はいっ!」

 そう返事をした後、挨拶をして夏美の手を掴んで逃げるように教室を後にした。

 「お疲れ様っ奏」

 「うん、色々ありがとね」

 今でも心臓が鳴り止むことなく音を感じている。渡すことができた嬉しさと、喜んでくれたあの表情で、頭の中はいっぱいいっぱいになっていた。

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